第22話 友人

 ラファミルがレオルベンに解雇を言い渡した翌日、教室ではレオルベンの周りに多くの生徒が集まっていた。


 「ねえ、レオルベンくん。レオルベンくんは何科志望なの?」

 「きっと騎士科よ。だってあのジョセフ先輩を圧倒するほどの実力者よ」

 「それなら勇者科じゃない? あのティルハニア先輩とも旧知の仲って感じがしたし、それにティルハニア先輩がレオルベンくんの実力を認めてるって聞いたわ」

 「お前ら甘いな。レオルベンは魔王になる器だ」

 「そうだ! 俺たちを虜にしたあの演説は伝説だ。それに魔王科のポーラ先輩まで圧倒していたし」

 「何よりオティヌスカル先輩に魔王と呼ばれているくらいだ。魔王に決まっているぜ」


 昨日まで一人も寄り付かなかったことが嘘のようにレオルベンの席を囲むように集まる新入生たち。中には他のクラスに所属している新入生の姿まで見受けられた。


 一躍人気になったレオルベンとは対照的に、ラファミルの席の周りには誰もいない。レオルベンがラファミルの方に視線を向けると、彼女は無言で席を立つ。


 「ラファミル様!」


 席を立ったラファミルを呼び止めようとしたレオルベンだが、ラファミルはまるで聞こえていないかのような様子で教室の外へと姿を消す。


 その様子を見たクラスメイトたちが次々と口をそろえる。


 「いいよレオルベンくん、あの子は放っておこう」

 「この学園に入ったんだし、そこまでしてあの子に尽くす必要ないって」


 そう言ったのは昨日教室でラファミルのことを悪く言っていた二人。彼女たちは自分たちの会話がラファミルに聞かれていたとは微塵も思っていなかったし、仮に聞かれていたとしても何かを思うことはないだろう。


 教室から出ていったラファミルを見て、レオルベンは昨日の出来事を思い出す。




 忘れ物を取りに行ったラファミルが戻ってくると、突然彼女の口から解雇を言い渡された。しかも忘れ物を取りに行ったはずなのに、ラファミルの手にノートはない。


 不審に思ったレオルベンが尋ねる。


 「どうして突然そのようなことを?」

 「特に理由はないわ。ただ私にあなたは必要ない。そう思っただけよ」

 「なぜそのような寂しいことをおっしゃるのですか?」


 これまでも度々レオルベンを突き放す言動をとってきたラファミル。そのたびにレオルベンは自らの気持ちを伝えることでなし崩し的に彼女の傍に居続けた。


 ラファミルは例の一件で大切な人をつくることを忌避している節があることにレオルベンは気づいていたし、ラファミルが他者に対して一線を引いていることも知っていた。


 だから彼は何があってもラファミルの隣にいて、彼女の支えになろうとしてきた。しかし今回ばかりは事情が異なっている。


 「同情を誘おうって無駄よ。それにこれは命令。今後、私に近づくことを禁ずるわ」

 「もし私が解雇されたなら、その命令は効力を持たないのでは?」


 レオルベンの言うように、ラファミルがレオルベンの主人である限りなら彼女の命令は有効だ。しかし両者の上下関係が解消されたならば、レオルベンがラファミルの言いなりになる必要はない。


 つまりレオルベンは一人の同級生としてラファミルの傍に居ることが名目的には可能になる。もちろん実際はそんなに甘くはないが。


 「どう解釈しようと構わないけど、私はあなたを拒絶するわ」

 「理由を伺っても? 私に何か至らぬ点はありましたか?」


 そんなのない、と言いたくなる衝動をグッと抑え込んだラファミルが突き放すようにレオルベンに言った。


 「別に理由なんてないわ。ただ私にあなたが必要なくなっただけよ」

 「そう、ですか」


 いつもと違うラファミルの態度にやはり違和感を覚えるレオルベンだが、このまま問い詰めたところでラファミルが理由を話してくれるとは思えない。


 レオルベンは残っていた作業を淡々と終えると、ラファミルに挨拶をした。


 「短い間ですが、お世話になりました。くれぐれもご自愛ください」

 「ええ。今までご苦労だったわね、レオルベン。さようなら」


 そう言って部屋の扉を閉めたラファミル。廊下に取り残されたレオルベンは静かに隣の自室に戻っていった。




 翌日を迎え、何食わぬ顔でラファミルの傍に着こうとしたレオルベンだったが、ラファミルが彼の同行を拒んだ。そしてレオルベンがちょうど一人になっているところを見つけた先ほどの女子生徒が話しかけ、今に至る。


 「レオルベンは魔術も得意なんだろ?」

 「い、いえ。私はそこまで」

 「でもオティヌスカル先輩がレオルベンの魔術は天下一品だって」

 「一体どこでそのようなことを?」

 「普通に広場でみんなに吹聴してたぞ」

 「全く、あの方は……」


 思いもよらない情報提供に呆れるレオルベン。だがあのオティヌスならやりかねないというのがレオルベンの率直な感想だった。


 「それなら私も聞いたわ。ティルハニア先輩がレオルベン君の剣術は自分よりも数段上だって」

 「あ、私も聞いた! あれって本当なの?」

 「ちなみにそれはどこで……」

 「え、広場だけど」

 「あの人もですか……」


 オティヌスだけでなく、ティルハまでそのような事をしていたとは……と心の中で思ってしまうレオルベン。自分が目立つ行動はやめてほしいと二人には伝えているはずなのだが、どうやら二人はレオルベンの言葉を強度に曲解しているようだ。


 「で、その後に二人で言い合いになってたよ」

 「私もそれ見た!」

 「私も! なんか世界を救う勇者だーとか、世界を滅ぼす魔王だーと騒いでたよね」

 「そうそう。最初は怖い人かと思ったけど、意外と優しいんだよね!」


 思わぬところで新入生からの評価を上げる二人だが、レオルベンにしてみればいい迷惑である。二人との関係を隠したいレオルベンにしてみれば、この話題はあまりよろしくないものであったし、それにここまでくるとあの話題にも触れられてしまう。


 「それよりレオルベン、あのティルハニア先輩と一緒にお風呂入ったって本当なのか?」

 「あ、そうだよ。実際のところはどうなんだよ」

 「やっぱ見たのか、ティルハニア先輩の裸?」


 男子としてはティルハニア先輩のことが気になってしまうのも仕方ないだろう。なにせ彼女は優れた容姿の上にあの巨乳なのだから。


 「そ、それは……」

 「ちょっと男子ー、やめなよー」

 「そうよ。レオルベンくんがそんな不純な目でティルハニア先輩のこと見てる訳ないでしょ」

 「あんたたちみたいなエロ猿と一緒にしないでよ。ねー、レオルベンくん」


 レオルベンは他の男子とは違うと言い張る女子生徒たちに対し、男子生徒が言い返す。


 「男ならおっぱいにロマンを抱くのは自然のことだ!」

 「そうだ。レオルベンだって俺たちと同じ男だ」

 「レオルベンもティルハニア先輩のことを嫌らしい目で見ているに決まっている!」


 先ほどから男子三人目だけが自爆しているような発言を繰り返しているようにも思えるが、今は言及しなくていいだろう。


 他愛のないことで揉める男子生徒と女子生徒、その中心にいるレオルベン。それはどこでも見られる普通の学生の風景であり、普通の学園生活であった。

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