第16話 嵐は突然に

 「いやーまさかレオルベンがあのオティヌスカル・エーデルワイスと知り合いだったとはなー」


 何食わぬ口調でそんなことを言ったのは昼食のタイミングでひょっこり戻ってきたマーティン。結局あの後、レオルベンとオティヌスカルは昔遊んだことのある仲だということで落ち着いた。


 オティヌスカルがレオルベンのことを魔王様と呼ぶのもその時の流れということで落ち着いた。というよりはそういうものだと無理やり押し通したのだ。


 魔王科首席のオティヌカルが言うのだから間違いない。そんな風潮が魔王科にはあるようで、比較的すぐに受け入れられたことは僥倖だっただろう。


 「ところでマーティン、随分と長いトイレでしたね」

 「ほんとね。あなたのせいで危うく私まで醜態を晒すところだったよ」

 「それが急におなかが痛くなって……」


 頭を掻きながら笑顔で乗り切ろうとするマーティンだったが、レオルベンとラファミルの冷ややか視線を向けられると素直に謝罪した。


 「ほんと逃げてごめん。レオルベンだけでなくラファミルさんにも迷惑をかけたみたいで」

 「まあ、いいわ。それでレオルベンはいったいいつあの男と会ったわけ? 確か昔の社交界で云々とか言ってたけど」


 二人の関係をポーラに問い詰められたレオルベンは苦し紛れに社交界で知り合ったといった。しかしもしそれが事実なら、レオルベンの主人であるラファミルもオティヌスカルに会っていないと不自然だ。


 だがラファミルの記憶にオティヌスカルの存在はなかった。だから彼女はレオルベンが嘘を言っているのではないかと疑っているのだ。


 「社交界の時、たまたま私が間違えて入ってしまった部屋がオティヌスカルさんの部屋だったのです。それをきっかけに私たちは交遊を持ちまして」

 「その割には私に紹介しなかったみたいだけど?」

 「それは……」

 「それは私が二人の関係を秘密にしてほしいと頼んだからですよ。ね、魔王様?」

 「は、はい、そうです」


 ラファミルに詰問されていたレオルベンに救いの手を差し伸べたのはどこからともなく現れたオティヌスカルだ。オティヌスカルは自身の昼食をテーブルに置くと、「失礼」と一言ってマーティンの隣に腰を下ろした。


 三人が昼食をとっていたのは魔王科の食堂なのでオティヌスカルがいることは別に不思議ではない。


 「初めまして、オティヌスカル・エーデルワイスです。魔お……ごほん、レオルベンさんとは古くからの付き合いです。以後、お見知りおきを」

 「は、初めまして! し、新入生のマーティンです! 志望学科は商人科です!」

 「どうも、ラファミル・ディーハルトです」


 簡単な挨拶を済ませると、ラファミルがオティヌスカルの方を見た。


 「レオルベンとの関係を秘密にしてほしいというのはどういう意味かしら? 私に忠実なレオルベンが私に嘘をついてまで隠していたということは大層な理由があると思うのだけれど」

 「そこまで大したものではありませんよ。当時の私には家の方針で男友達というものがいなくて、私はいつもどこかしらの貴族の令嬢と遊んでいました。しかしそんな時、ま……じゃなくてレオルベンさんが私の前に現れたのです。初めてできた同世代の男友達に私は嬉しくなってしまい、彼にこの関係を秘密にしてほしいと頼み込んだのです。もし私たちの関係が知られてしまったら彼が出入りできなくなってしまいますから」


 それはまったくの嘘なのだが、オティヌスカルはあたかも本当のように語っている。こういうところがオティヌスカルの優れたところなんだとレオルベンはしみじみ思った。


 だが当のラファミルはまだ納得していない様子だ。


 「それでその魔王様という呼び方はどういう意味なのか聞いても?」

 「ええ、もちろん。ですがこれはとても恥ずかしい話ですので……」

 「構わないわ」

 「ラファミル様……」

 「大丈夫です、魔王様」


 追及されるオティヌスカルを助けようとレオルベンが話に割り込もうとするが、オティヌスカルは大丈夫と言って説明を続ける。おそらく彼にはラファミルを納得させるだけの用意があるのだろう。


 「あれはまだ出会って間もなかったころです。初めてできた同性の友人と何をするかとなれば、当然ごっこ遊びです。当時は勇者に憧れていた私は勇者ごっこをレオルベンさんに提案しました。するとレオルベンさんは勇者ごっこなら魔王が必要だと言い出し、自ら魔王役を引き受けてくれたのです」


 ごっこ遊びは男の子なら誰もがやったことのある遊びだろう。かく言うマーティンもオティヌカルの隣でうんうんと頷いている。


 「それから出会えば勇者ごっこと称して私は魔王様に挑み続けました。けれど結果はいつも私の敗北。いつしか勇者である私は魔王様に尊敬の念を抱くようになったのです」

 「それでレオルベンのことを魔王様と?」

 「呆れたわ」


 ぶっ飛んだ理由だが、筋は通っているオティヌスカルの説明に否定しようにも否定できないラファミルは頭を抱える。そしてなぜかマーティンはとても納得したように頷いていた。


 当のレオルベンもオティヌスカルの説明に感心しているようで、なぜか得意げな顔をしていた。三者三様の反応を見せていた一同の下に新たな客人が現れる。


 「やあ、ここに座ってもいいかな。まあ、座るんだが」

 「あなたは……」

 「よ、レオ。探したんだぞ」


 そう言ってレオルベンの隣に腰を下ろしたのは金色の髪にサファイアのような青い瞳をした体の一部がとても豊かな女子学生。曰く人類で最も英雄に近い女性と言われる勇者科の首席ティルハニア・オーデンクロイツだった。


 「おい、あれって」

 「間違いない。勇者科のティルハニアだ」

 「でもなんであのティルハニアが魔王科なんかに?」

 「てかオティヌスカルと一緒じゃないか?」

 「なんであの二人が一緒に……?」


 レオルベンたちの周辺に座っていた魔王科の学生たちはティルハニアという珍客に驚きを隠せていない様子だ。


 「これはこれは、偽りの勇者ティルハニア・オーデンクロイツ殿ではないですか」

 「誰かと思えばこの世界の不要の塊、自称魔王のオティヌスカル・エーデルワイスではないか」


 突然の来客を挨拶とともに手厚く出迎えるオティヌスカルと、その歓迎に感謝の意を示すティルハニア。しかしこの二人は王立カルロデワ学園史でも類を見ないほどの仲の悪さで、カルロデワの龍虎と呼ばれるくらいの仲である。


 「貴様のような若輩者が勇者を語っているのは本当に片腹痛い」

 「そっちだって、ちょっと魔術がうまく使えるからって魔王を名乗るとは馬鹿らしい」


 バチバチと火花を散らす二人を見てマーティンが小声でささやく。


 「なんでここに人類で最も英雄に近い二人がいるんだよ、レオルベン!」

 「なるほど、人類で最も英雄に近い男はオティヌスカルさんでしたか」


 ティルハニアの紹介を受けた時、彼女が人類で最も英雄に近い女子生徒だと言われた。なら当然ながら人類で最も英雄に近い男子生徒がいるはずだ。どうやらその男子生徒がこのオティヌスカルらしい。


 「てかどっちとも知り合いってお前何者だよ」

 「私はラファミル様に仕える従者ですよ、マーティン」

 「でもその主人である私はこの二人のことを知らなかったけどね」

 「ラファミル様ぁ……」


 ラファミルの態度に困った表情のレオルベン。一方のティルハニアとオティヌカルはいまだに言い争っていた。


 「貴様のような偽りの勇者、魔王の前では何も出来ずに散っていくに決まっている」

 「その偽りの勇者にさえ勝てない偽りの魔王が何か言っているわね」

 「聞いて驚け、偽勇者。貴様のような偽りの存在を滅ぼすために真の魔王が降臨なさったぞ!」

 「はっ、奇遇ね。ちょうどこっちも魔王を滅ぼすために本当の勇者が現れたところよ!」


 そう言って二人はレオルベンの方を振りかえって言った。


 「「ね、レオ(魔王様)!」」


 二人の会話にレオルベンは頭を抱えたくなるのだった。

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