第17話 初めての休日

 入学式から数日が経ち、この日はレオルベンたちにとって入学後初めての休日。二人の姿は学園の中ではなく、学園の外の街中にあった。


 これから王立カルロデワ学園の学生として五年間住むことになるこの街のことを知り、少しでも早く新生活に馴染むべきだというマーティンの勧めで二人は街中を散策していた。


 けれども本来なら案内役を務めるはずだったマーティンの姿はない。彼は出発の直前になって魔王科二年のポーラに捕まってしまい、そのまま魔王城へと引き込まれてしまったのだ。ポーラに引き込まれる間際まで必死にレオルベンに対して救いの手を求めたマーティンであったが、ポーラは有無を言わせずにマーティンのことを連行した。


 おそらく先日の見学会で一人だけ逃げた罰を今頃償っているのだろう。そう言う意味ではマーティンの自業自得なので仕方のないことである。


 「思ったよりも賑やかなのね。前もこうだったのかしら?」

 「私が先日訪れた時は夜でしたので、今日ほど賑わってはいませんでした」


 街中に活気あふれる声が飛び交い、様々な人が買い物をしている街の光景に思わず面喰ってしまうレオルベンとラファミル。今も二人の周りは多くの人で溢れかえっている。


 その中にはレオルベンたちと同じく新入生の姿や、他にも上級生たちの姿が見受けられる。基本的に外出時も王立カルロデワ学園の学生は制服を着用するので判別はすぐにつく。


 特に学則で制服の着用を義務付けられているわけではないのだが、制服を着ていればすぐに王立カルロデワ学園の学生だとわかり、それが一種の身分証明になるため普段から制服を着用して外出する学生は少なくない。それに王立カルロデワ学園の学生相手に悪事を働こうとする者もまずいないので、いろいろな面で制服の普段使いは利点が多いのだ。


 かく言うレオルベンとラファミルたちも新入生の制服を身に付けている。そのため他人が二人のことを見たならばすぐに新入生が街の散策をしているのだと思ったであろう。レオルベンとラファミルの二人だけならば。


 「レオ、あっちに旨そうな肉があるぞ!」

 「魔王様、あちらに美味しそうフルーツジュースが!」

 「はっ、レオは肉が好きなんだ! そんなことも知らないとはやっぱり魔王モドキだな!」

 「何を言う、魔王様は肉よりも果物を好む至高の方だ。変な知ったかぶりは醜いぞ似非勇者!」

 「ほう、そこまで言うならどっちが好きかレオに聞いてみようじゃないか!」

 「望むところです。まあ正しいの私の方なんですけどね!」

 「レオは肉の方がいいよな!」

 「魔王様は果実の方がお好きですよね!」


 そう言ってレオルベンの方を振り返ったのは二人の男女。一人は勇者科の制服を身にまとった金色の髪にサファイアのような碧い瞳をした巨乳少女。現在最も英雄に近い一人と言われている少女で、前世では勇者レオの仲間として世界を救った経験を持っている。


 もう一人は魔王科の制服を身に着けた銀髪の男。彼もまた最も英雄に近い存在の一人と呼ばれている少年であり、前世で魔王ルベンの右腕としてともに世界を滅ぼした経験を有する猛者だ。


 二人はかつての世界で奇遇にもレオルベンとともに世界を変えた人物であり、この世界で何の因果かレオルベンと再会したのだ。


 ティルハニアとオティヌスカルに答えを促されたレオルベンは苦笑いでその場をやり過ごす。ちなみにレオルベンは肉も果実も大好物だが、その世界での職柄に変な影響を与えないように公言する好物は変えていた。つまりティルハニアもオティヌスカルも正しいことになる。


 「さ、こんななんちゃって魔王なんて放っておいて向こうに行こう。レオ」

 「こんな勇者モドキなど無視してあちらに行きましょう、魔王様」


 それぞれレオルベンの腕を掴み、自分の行きたい方向に引っ張る両者。二人に挟まれたレオルベンは嘆息しながら答える。


 「二人とも、私はラファミル様の従者です。ですから私が行くのはラファミル様の希望する場所です。いいですね?」


 笑顔で返事を促すレオルベンだが、その瞳はまったく笑っていない。それどころかレオルベンの周りには不穏な空気が漂い始め、ティルハニアとオティヌスカルはすぐにレオルベンの手を放し、彼の背後に回った。


 おそらくレオルベンから発せられる不穏な空気が身に覚えがあったのだろう。主に前の世界で。


 「さてラファミル様、どちらに向かいましょうか?」

 「ねえ、レオルベン。どうしてこの人たちがいるんでしょうね?」

 「さ、さぁ……どうしてでしょう?」


 ラファミルに問われて苦笑いするしかないレオルベン。別にレオルベンは二人を街に散策に誘ったわけでもなければ、街に行くことさえも伝えなかった。なのになぜか学園を出るときには門の外で待っていて、そのままの流れで同行している。


 「連れないことを言うな、ラファミル嬢。街のことを知っている案内人がいて困ることはない」

 「そうです、ラファミル様。魔王様の仕えるラファミル様が快適に過ごせるようにするのが私の役目です」

 「「まあ、こいつはいらないけどな!(ですけどね!)」」


 そう言って互いを指さすティルハニアとオティヌスカルにため息をつきたくなったのはラファミルだけではなく、レオルベンもであった。


 こんな街中で騒ぐ学生がいれば誰でも気になるし、その騒いでいる学生が人類の最も英雄に近いと言われている勇者科と魔王科の首席なら注目を集めるのは当然だ。ましてや二人はその知名度故に顔まで知られているので、先ほどからすれ違う人々によく話しかけられている。


 そしてそんな二人をつき従えているレオルベンをつき従えているラファミルは傍から見れば人類で最も英雄に近い二人を従えているような構図になっている。そのおかげでラファミルがいったい何者なのかという声が随所で聞こえてくる。


 この街は主に平民で構成されているので、ラファミルがあのディーハルト家の人間だと知っている者は皆無であり、そのことでより一層ラファミル一行は周囲の視線を集めていた。


 「申し訳ございません、ラファミル様」


 後ろで今もあーだこーだと騒いでいるかつての仲間と臣下について謝罪するレオルベン。今回の一件に限ってはレオルベンに非がないのは明確だが、主人であるラファミルに迷惑をかけている以上、謝罪しないわけにもいかない。


 ただラファミルはそこまで迷惑には感じていなかった。


 「別にいいわ。それにより今日はどうしましょうか」


 とりあえず街に来てみたものの、特に用事を決めていたわけではない二人はどうしようかと考える。そもそも今日の予定は全てマーティンに任せていたのに、そのマーティンがいないのだからどうしようもない。


 仕方がないので適当に出店でも見て回ろうかとしたレオルベン。だがその時だった。 


 「きゃっ」


 周囲の出店を見ていたレオルベンの耳にラファミルが悲鳴が届いた。

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