第15話 魔王ルベン

 「魔王様! 魔王様ではありませんか!」


 俺のことを魔王と呼びながら近づいてきたのは魔王科の制服を身にまとった男子生徒。もちろんその相貌に見覚えはないのだが、二回目ともなればなんとなく察する部分がある。


 それにさっきの魔王ごっこで俺は魔王ルベンと言ってしまったのだから、大方そこで気づいたのだろう。後はこいつが誰かだが、まあ俺のことを魔王と呼ぶくらいだからかつての臣下に違いない。


 「お久しぶりです、魔王様! まさかこの世界でもお会いになれるとは!」

 「ど、どうも……………」


 いや、まず名乗れよ。俺は初対面の相手に名前は名乗るようにと臣下には教育したはずなんだが、どうやらそれができていないらしい。これは後でお仕置きが必要かもしれないな。


 俺がそんなことを考えていると、俺の考えを読み取ったのかポーラがその男の名前を教えてくれた。


 「オティヌスカル、どうして君がここに」

 「ぬ、ポーラか。ちょうど手が空いたので様子を見に来たのだ」

 「でも魔王科首席の君がどうして新入生なんかを?」

 「面白い噂を小耳に挟んでな」

 「噂って?」


 ふむ、この男はオティヌスカルといって魔王科の首席らしい。ポーラの口調からするにこのオティヌスカルはポーラと同級生、つまり俺たちの二つ上に当たるということだ。それにしてもどこかで聞いたことのある設定につくづく俺は呆れる。


 「今年の新入生にあの勇者科のティルハニアが認めた輩がいるらしい」

 「あのティルハニアが!? それは本当なの?」

 「ああ、間違いない。それにその新入生は騎士科のジョセフという小僧を打ち負かしたそうだ」

 「あのジョセフを? それはかなりの逸材じゃ……」

 「そうだ。だから私もそれに匹敵する実力者がいないかと探しに来たしだいだ」


 あのジョセフでも魔王科に知られているとは相当の実力者だったんだろう。俺から言わせればまだまだ磨きがいの原石だが、素材としては悪くない。


 ところでこのオティヌスカルという男はいったい誰なのだろうか。魔王の臣下といってもかなりの数いたし、ティルハの時みたいに前世と姿かたちが違っていては判別のつけようもない。


 とりあえず特定するところから始めなきゃな。


 「初めまして、オティヌスカル先輩。私は新入生のレオルベンと申します」

 「ま、魔王様! どうしてそのような改まった態度を取るのです! かつてのように私のことは呼び捨てにして構いません」

 「そう言うわけにはいきません。オティヌスカルさんは先輩なのですから」

 「たった二歳しか違わないのにどうしてそのような態度を取られるのですか。実力で言っても魔王様の方が上だというのに! これでは私の立場がありません」


 まったくこいつらはどうして前世のことをベラベラと話すのかなぁ、とイライラする俺を他所にポーラがオティヌスカルに尋ねる。


 「オティヌスカルはこの新入生と知り合いなのか?」

 「知り合い? とんでもない! 私はかつて魔王様に仕え、世界征服をたくら、ぶほっ!」


 オティヌスカルが変なことを言う前に彼の首根っこを掴んだ俺は、そのままオティヌスカルのことを玉座の裏側に引っ張り込む。


 そして顔を近づけて小声でささやく。


 「おい、オティヌス」

 「やっと思い出してくれたのですね、魔王様!」


 前世の名前を言った瞬間、目を輝かせたオティヌスカル。それは長年待ち焦がれていた待ち人がついに姿を現したかのような嬉しさを感じさせたが、今はそんなことどうでもよい。


 まず口止めをする方が先決だ。


 「お前はオティヌスで間違いないんだな?」

 「はい、魔王様。このオティヌス、魔王様に再び相まみえる日を心待ちにしておりました」


 玉座の裏で俺に向かってひれ伏すオティヌス。間違いない、こいつはかつて俺の右腕を務めていたオティヌスに間違いない。


 かつて魔王として俺は世界を手に入れた。だがその裏にはこのオティヌスの功績が確かにあり、このオティヌスを抜いて俺の魔王伝説は語れないといっても過言ではない。


 それほどまでにこのオティヌスは有能な部下として俺の下で働いてくれたのだ。


 「それで魔王様。魔王様はこの世界でどのようなご活躍を?」


 目を輝かせながら俺の功績を尋ねてくるオティヌス改めオティヌスカル。おそらくこいつの中では俺がこの世界でも魔王になるために動いていると思っているのだろう。


 だがあいにくと俺はオティヌスカルの期待に応えることはできない。俺はこの世界では魔王でもなければ特別な力を持っているわけでもないのだから。


 「この世界で私は従者をやっている」

 「従者!? 魔王様がですか!?」


 信じられないといった面持ちのオティヌスカルだが、事実なのだから仕方がないだろう。


 「一体どこの家の従者を?」

 「ディーハルト家だ」

 「なんと、あの没落ディーハルトですか? 魔王様はディーハルトを乗っ取って何を企んでいるのでしょうか?」

 「いや、何も企んでいないが」

 「なんですと!?」


 正気かこいつ、みたいな顔で俺を見るのはやめてくれ。


 「この際だからはっきり言うが。オティヌス、俺はこの世界で魔王になる気はない」

 「ですが先ほど世界を滅ぼすと……」

 「あれは体験授業の一環だ。この世界で私はディーハルト家当主、ラファミル・ディーハルト様にお仕えする従者であり、その地位を返上するつもりはない」

 「なんと……」


 予想外の言葉に唖然とするオティヌスカル。彼には申し訳ないが、これは俺が決めたこの世界での生き方なんだ。今更変えるつもりはない。


 「魔王様は何があってもディーハルト家当主を守る。そう言いたいのですね?」

 「そうだ。たとえ世界が滅びようとも」

 「そうですか、わかりました」


 流石はオティヌスだ。前の世界でもオティヌスはすぐに俺の考えを理解してくれて、それを実行できるようにサポートしてくれた有能な臣下だ。


 この世界でもその理解力は健在らしい。


 「わかりましたよ、魔王様。魔王様がそこまで言うのですから、その御仁はさぞ素晴らしい方なのでしょう。不肖オティヌス、この世界でも魔王様のお手伝いをさせていただきます」

 「……………はい!?」


 この日、俺はかつての臣下であるオティヌスに再会した。そしてこれが波乱の幕開けになることを俺はまだ知らなかった。

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