第14話 魔王再臨
魔王科のポーラに案内されてやってきた指導者の館という名の魔王城。その作りは俺が昔住んでいた魔王城とも共通しているところがあり、どこか懐かしさを覚える。
ただ一つだけ思ったのはこの魔王城で一体何をするというのか。ポーラは魔王の体験会と言っていたが、そもそも魔王は体験するものなのだろうか。俺的には魔王は実力でなるものだと思っているのでそこだけが疑問だ。
「さーて、この中で魔王の体験したいって人ー!」
「「「はーい」」」
玉座の隣に立つポーラが新入生たち尋ねると、新入生たちの中から三人ほどが手を上げる。その中には先ほどのローブを来た女子生徒の姿もあり、魔王体験にワクワクしている。
「じゃあまずはそこの君いってみようか!」
「はい!」
ポーラが指名したのは案の定ローブを着たその女子生徒だった。まあ一人だけ目立つ格好をしているから興味本位で選ばれるのは当然か。
「じゃあ君の名前を教えてくれるかな?」
「はい、私はシドニーです」
「じゃあシドニー、まずは玉座に座ってくれる?」
「はい!」
ポーラに案内される形で玉座に腰を下ろしたシドニーだったが、初めて座る玉座にどこか戯ことない様子でオドオドしている。
「さて残ったみんなは玉座の前で片膝立ててしゃがんでくれる? 君たちは今から魔王様の配下の役だよ」
なるほど、魔王体験会とはその名前の通りに魔王を体験するだけのイベントということか。こんな幼稚なイベントでいいのかと各所からクレームが届きそうだが、一昨日入ったばかりの新入生に普通の魔王科の授業が理解できるはずもない。
それならば魔王科が楽しい場所だと思わせて体験を終えた方がいいという訳か。意外と考え込まれている魔王科の体験授業に俺は感心する。
シドニーを除く新入生たちが準備できると、ポーラが玉座に座るシドニーに何かを耳打ちした。それを聞いたシドニーは赤面しながら何かを尋ねているが、ポーラは笑顔ではぐらかす。
「さあ、やって」
「でも……」
「やらなきゃ終わらないよ」
「うぅ……」
どうやらこれからやることに躊躇っているシドニー。けれども意を決したのか、直後大きな声で叫び始めた。
「わが名はシドニー! こ、この魔王城を統べる大魔王にして貴様ら配下をつき従える人類の英雄である。さあ行け、我が配下よ。今こそすたれたこの世界を滅ぼすのだ!」
恥ずかしながらもすべてを言い終えたシドニーは立ち上がってポーズをとる。だが顔はリンゴよりも真っ赤に染まっており、ゆでだこよりも赤いのではないかと思えた。
だが、いきなりあのようなことをさせられては赤面して当然だろう。しかも俺たち新入生は突然の出来事に唖然として何も言えなかったのだから。直後の沈黙がシドニーの心をさらに削ったのは必至だ。マーティンなんか先ほどから体を小刻みに振るわせて笑いをこらえている。
「いやーよくやったよシドニーちゃん。とってもかわいかったよ」
「うぅ……」
赤面するシドニーの頭を撫でるポーラはやっぱり笑顔だった。だがその笑顔が先ほどよりも意味ありげに見えたのは気のせいではないだろう。
「じゃあ次は君にしようか」
「え、俺っすか?」
「だってさっき手を上げたでしょ?」
「で、でも……」
ポーラに指名されて困り顔の男子生徒。まあ、あんな仕打ちを見ちゃうと躊躇うのも仕方がないと言えば仕方がない。ただ拒否することはポーラが許さない。
「シドニーちゃんだってやったのよ? 女の子がやったのに男の子の君がやらないのはお姉さんどうかと思うなー。なー」
怒ったふりをしながらチラチラ男子生徒のことを見るポーラ。ここで拒否すればあの男子生徒は一生の恥を負うことになるだろう。
その男子生徒は意を決すると立ち上がり、先ほどまでシドニーの座っていた玉座に腰を下ろす。
「じゃ、どうぞー」
「俺の名前はアンドレ! この魔王の城を治める大魔術師にして、この世界を救いし英雄。さあ配下たちよ、俺とともに世界を救おうではないか!」
アンドレがセリフを言い終えると、新入生たちから生暖かい拍手が送られる。シドニーの時とは違って何が起こるかわかっていた分、俺たち新入生も対処できた。ただ当のアンドレは両手で顔を覆いながらもうお嫁にいけないとか言っている。いや、お前はそもそもお嫁に行かないだろ。
だがこれでわかった。魔王科とは一見高尚な学科に見えて、その内実はただのイタイ集団だということが。女騎士科の時もそうだが、なぜそのような事までするのか、ということ疑問が生じる。オークに捕まった時の対処法の練習もそうだが、絶対にこの特訓もいらないと思う。
こんなのただの黒歴史を作るだけじゃないか。俺がそんなことを思っていると、ポーラが次の犠牲者を選ぼうとしていた。これまでの例から言えば先ほど手を上げた三人の内の最後なんだろう。ただその学生は……
「あの子トイレに行ったきり戻ってこないねー」
そう、シドニーが羞恥に悶えている隙にトイレに行くといって姿をくらませたのだ。おそらくその後起きる悲劇を察知しての戦略的撤退なのだろう。先見性があると言えば聞こえはいいが、その実はただの意気地なしということになる。な、マーティン。
どこかへと消えたマーティン。そう、さきほど手を上げた三人の内、最後の一人はマーティンだった。商人科志望のマーティンはおそらく面白半分で手を上げたのだが、結果的にこうなった。
さて、この場合はどうなるか。本来なら三人目が戻ってくるのを待つのだろうが、今もニコニコしながら新入生を見渡すポーラがそんなことをするはずがない。出会ってまだ少ししか経っていないが、彼女が生粋のSっ娘だということはよく分かった。
「じゃあ代わりに君がやってみようか。そこの銀髪の彼女」
そう言ってポーラが指名したのはラファミル様だ。まあマーティンの近くにいた人から選ばれるだろうとは思っていたが、まさかラファミル様に当たるとは。
「私は別に立候補してないわよ?」
「そうね、でもこのまま彼を待つのもあれだしお願いできない? それにあなたの綺麗な銀髪と紅い瞳は魔王っぽいし適任かなって」
「お断りするわ。そんな恥さらしを誰が受けるとでも?」
「そっかー、これが恥さらしなのかー」
別に魔王ごっこは恥さらしではない。できる者がやれば体裁は整うし、やる相手が本当の臣下なら効果は絶大だ。ただ前の二人は魔王になりきる前に恥ずかしさが邪魔したから中途半端な結果になったんだ。あとやる相手が同じ新入生だから効果が薄い。
おそらくそのことをポーラは言っているのだろう。たしかにうちのラファミル様は銀髪に紅の瞳で魔王っぽいかもしれないが、これまで大勢の人の上に立ったことはない。魔王体験をためらうのも仕方のないことだ。
だが他の新入生たちは自分に火の粉が降りかからなければいいと思っているようで、ずっと俯いている。このままではラファミル様が選ばれかねないので、嫌々だが俺が行くしかない。
「あの、私で宜しければやりましょうか?」
「君は?」
「私はレオルベン。そちらのラファミル様に仕える従者です」
「へぇ、従者なんかに魔王が務まるのかしら?」
人に媚び諂う(へつらう)人間が人の上に立つことができるのかと言われれば難しいだろう。だが俺は一応前世で魔王経験者だからそれなりにできる自負はある。少なくともそこのポーラよりは。
「人心を掌握する自信はないですが、なり切ることはできるかと」
「ほう、そこまで言うならやってもらおうじゃない」
「お任せください」
ポーラに案内されながら玉座へと向かう俺はその道中、クラスメイトたちの熱いまなざしを感じた。おそらくすべてを引き受けた俺に対する感謝の念でも込めたのだろう。なら俺がやり切った時に歓声の一つでも上げてくれ、というのが俺の本音だ。
お手並み拝見と言わんばかりにポーラは俺のことを見ている。俺は玉座に腰を下ろすと、スーッと息を吐いた。
ああ、久しぶりの感覚だ。玉座に座る俺に向かって頭を下げる多くの者たち。玉座に前に広がる赤い絨毯、壁に掛けられた動物の骨、室内を照らす紫色の炎。そして俺の中に湧き出る支配者としての支配欲。
それは前世で俺が手に入れたすべてであり、同時に失望したものでもあった。
「ねえ、まだやんないの?」
久しぶりの感触に懐かしさを感じていると、ポーラが早くするように催促してくる。人が準備をしているのだからもう少し待てないのかな、この女は。
「騒がしいぞ」
「え?」
俺の口調が突然変わったことに驚きを隠せないポーラ。だが俺は構わずに魔王ごっこを続ける。
「今貴様の目の前にいるのが魔王と知っての狼藉か?」
「え、嘘……」
「嘘ではない。目の前にいるのは貴様の主では魔王だぞ。頭が高い!」
「は、はい!」
俺の口調の強さに圧倒されて慌ててひれ伏すポーラ。ああ、懐かしい。なんと懐かしい感覚なんだ。
俺の中でよみがえる魔王としての自分を抑えることのできなかった俺は玉座から立ち上がると眼前にひれ伏すクラスメイトたちに告げる。
「私の名前は魔王ルベン。貴様ら臣下の主にして、貴様ら臣下の絶対的な主である。今宵、私は魔王としてこの世界を手に入れ、そしてすべてを滅ぼす。そのためには貴様ら臣下の力が不可欠だ。だから貴様らはこの私に力を貸し、私が手にする世界の礎となれ!」
ふん、決まった。
「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」」」
俺が全てを言い終えると、新入生たちが一斉に歓喜に沸き立つ。どうやら俺の熱のこもった演説が心に突き刺さったらしい。それどころかポーラまで魔王様!とか言って湧き上がっている。
あれ、これやりすぎたかな? と俺が考えていると、壁際にいた上級生の一人がこちらに近づいてくる。あまりの熱のこもりように怒られるのかなと思ったが、どうやら違うようだ。
「魔王様! 魔王様ではありませんか!」
その男は俺のことをそう呼んだ。
あ、またこの展開か……………………。
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