第11話 ティルハニア・オーデンクロイツ
「いやーまさかレオルベンがあのティルハニア・オーデンクロイツと知り合いだったとはな」
改めてレオルベンとティルハニアの関係に驚きの声を上げたマーティン。彼は目の前に置かれたスープを飲みながらつい先ほどの出来事を振り返っていた。
マーティンの前にはレオルベンが座っており、その隣にはラファミルの姿があるが、どこか不機嫌そうなラファミル。午前中の見学を終えた三人は昼食をとるために食堂を訪れていた。
王立カルロデワ学園の食堂は各学科に備え付けられているが、別に他学科だからといって出入りが禁じられているわけではない。だから騎士科で見学をしていたレオルベンたちはそのまま騎士科の食堂にお邪魔していたのだ。
レオルベンたちの周辺にも新入生の制服を来た見知った顔もあり、彼らもできたばかりの友人と食事を楽しんでいるようだ。
昼食を囲む彼らの話題はもちろんレオルベンとジョセフの決闘や、その後のティルハニアとの関係のようで、先ほどからレオルベンのことをチラチラと見ている。
「マーティンはティルハニアさんのことを知っているのですか?」
「知っているも何も、彼女はこの学園で最も有名な女子生徒だぞ」
「そうなのですか?」
「はぁ、お前なぁ……」
レオルベンのあまりの無知さにあきれるマーティン。その様子から察するに、ジョセフやルイはともかく、ティルハニアはこの学園の生徒なら知っていて当然らしい。
「彼女の名前はティルハニア・オーデンクロイツ。あの名門オーデンクロイツ出身にして十七歳の若さで勇者科首席の座を奪い取ったいま最も注目されている学生の一人だぞ。それに巷では最も英雄に近い少女と期待されているんだ」
「ほう、まさかそれほどまでとは」
ティルハニアの予想以上の説明に驚きを隠せない様子のレオルベンだが、逆にその無知さにマーティンは驚きを隠せない様子だ。
「むしろ何であんなに仲良さげで知らないのか不思議なくらいだ」
「知り合いと言っても、昔ちょっと会ったことある程度の関係です」
「へぇ、あなたは昔ちょっとあっただけの女と一緒にお風呂入ったのね?」
「ラファミル様……?」
レオルベンを咎めるような視線を向けるラファミルはやはり不機嫌だった。二人の間に流れる微妙な空気を察してか、マーティンが話を続ける。
「それでどういう関係なんだよ、レオルベン」
「どういう関係とは?」
「だからどこで出会ったかのかだよ。ティルハニアの口ぶりからするに、お前とティルハニアは旧知の仲って感じがしたが」
意外にも鋭いマーティンの指摘にレオルベンは感嘆する。以前からこのマーティンという男の人を見る目はかなりのものだとレオルベンは思っていた。
「簡単に言えば、昔一緒に仕事をした程度の関係です」
「仕事だと?」
「……昔」
「一緒に仕事をした程度とは随分の言いようだな、レオ」
レオルベンの答えに首をかしげるマーティンとラファミル。そしてどこからともなく現れた金髪美女がレオルベンの答えに文句を言う。
「ティルハニアさん」
「やあ、レオ。ご一緒しても?」
「私は構いませんが……」
「俺もいいぜ」
「私も特に問題ない」
「まあ、拒否られても座ったのだがな」
そういってティルハニアが腰を下ろしたのはレオルベンの隣。四人で食べるのなら隣の空いているマーティンの方に行けばいいのに、なぜかティルハニアは反対のレオルベンの方に座った。これではラファミルとティルハニアに挟まれたレオルベンが両手に花状態だ。
「それでどうしたのですか、ティルハニアさん」
「レオ、その堅苦しい呼び方はやめてくれ。昔みたいにティルハで構わないのに」
「そうはいきません。ティルハニアさんは先輩なのですから」
それにこの世界ではレオルベンは勇者レオではなく、ラファミル・ディーハルトの従者レオルベンなのだ。昔のように呼ぶわけにはいかない。
「はぁ、仕方ない」
まだ納得いかない表情のティルハニアだったが、とりあえずは理解してくれたらしい。ティルハニアはマーティンとラファミルのことを見ると、自己紹介を始めた。
「そう言えばちゃんとした自己紹介がまだだったな。勇者科二年のティルハニア・オーデンクロイツだ。君たちの二つ上になるが、気軽に話しかけてくれると嬉しい」
「俺はマーティンです。レオルベンと同じ新入生で商人科志望です」
「私はラファミル・ディーハルト。一応レオルベンの主人よ」
「ほう、君がラファミル・ディーハルトか。そしてこの世界のレオを縛る者」
「どういう意味かしら?」
「いや、他意はない。気にしないでくれ」
争う気はないと言いたげなティルハニアだが、ラファミルに対していい印象を持っていないのは事実。そればかりかラファミルの方もティルハニアに好印象を抱いている様子はない。まるで二人の間に火花が散っているかのようなにらみ合いに周囲の学生たちも息を飲む。
「なんでティルハニア先輩が新入生なんかと?」
「しかもあいつ今ディーハルトって」
「じゃああれがディーハルトの令嬢?」
「一体どういう関係なんだ」
ラファミルとティルハニアの関係を不思議に思う周囲。だがそれ以上に周囲の興味を惹いたのはラファミルとティルハニアの間に挟まれているレオルベンだった。
「ところであのレオとか呼ばれてた男は何者だ?」
「なんかさっきあのジョセフを打ち負かしたらしいぜ」
「まじかよ。なんかの間違いだろ。あのジョセフが新入生に負けるなんて」
「それが本当らしくてさ。しかも真剣勝負だったらしいぜ」
「でもディーハルトの従者だろ? 絶対何か不正してるって」
「てかそれよりもあいつ、前にティルハニア先輩と一緒にお風呂入ったらしいぞ」
「それ本当か? 本当なら許せないぜ」
「ああ。羨ましすぎる」
と、こんな感じで悪目立ちしたレオルベンはため息をつきたくなるのを我慢してティルハニアに問う。
「それで結局どうして私たちのところへ?」
「え、そんなの決まってるじゃないか。レオを勇者にするためさ」
「まだそんなことを……」
「私は諦めだけは悪いからな」
「わざわざそのためだけにここまで?」
「あとは久しぶりに会ったからもっと話したいと思って」
特に他意はないのだろうが、ティルハニアの容姿は平均以上で十分美少女と言えるものだ。年頃の男たちにしてみれば、ただでさえ美少女のティルハニアと同じお風呂に入ったことでも羨ましいというのに、このような会話をされてはその怒りをどこにぶつければいいのかわからない。男子生徒たちの嫉妬深い視線がレオルベンのことを襲う。
ただ、それ以上に好奇の眼がレオルベンに集められていたのだった。現在、世界で最も勇者に近いとされているティルハニアが勇者にしたいと言った男。それがレオルベンなのだ。
レオルベンがいったい何者なのか。そう思った学生たちは少なくなかった。
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