第12話 学園長エドモン
騎士科の学生たちに注目されながら昼食を取り終えたレオルベンの姿は、なぜだか王立カルロデワ学園の学園長室にあった。本来なら昼食後にラファミルたちと商人科の見学に行くはずだったレオルベンだが、彼だけこの学園長室に呼び出されたのだ。
この学園でラファミルのことを一人にするのは不安だったがレオルベンは最初ラファミルの同行を求めた。しかしそれは学園側が許さなかったため、結果的にティルハニアがラファミルの護衛をすることで手を打ったのだ。
ティルハニアの実力をよく知るレオルベンは彼女ならとラファミルを任せたのだ。それにティルハニアの隣には情報通のマーティンもいるし、先ほどのジョセフのような一件は先ず起こらないだろう。まあ隣に最も勇者に近いとされているティルハニアがいる中でラファミルを侮辱する輩がいるとは思えないが。
「まずは初めましてと言っておこうか」
目の前に腰を下ろしている男性はこの王立カルロデワ学園の学園長にして有力貴族クロビィス家出身のエドモン・クロビィス。かつてこの王立カルロデワ学園の魔王科で最も魔王に近いと言われたものの、結局英雄になり切れなかった御仁で、自らの経験を踏まえて英雄育成に尽力している人物である。というのが情報通マーティンから得た情報だ。
その前情報に加え、浅黒く焼けた肌と巌のような肉体、それにどことなく支配者の覇気を感じさせるエドモンを見て、レオルベンは確かに魔王みたいだと感じた。
学園長エドモンの眼前に直立不動だったレオルベンは右手を自らの胸に当てると、軽く頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、新入生のレオルベンと申します。現在はラファミル・ディーハルト様にお仕えする従者です」
「面を上げよ。今日はそんな堅苦しいことをするために呼んだのではない」
「レオルベンくんはそちらの席に座ってくれ。今紅茶を用意する」
レオルベンのことを学園長室まで連れてきた教員に案内されるように部屋の片隅に置かれたテーブルに腰を下ろすレオルベン。その正面にエドモンが移動してくると、教員は二人分の紅茶を差し出してエドモンの背後に控える。
どうやらかの教諭は学園長エドモンの従者のような存在らしい。
「さて、まずは今回のことを謝罪したいと思う」
紅茶に口をつけたエドモンが開口一番で告げてきたのは謝罪だった。ただそれが何の謝罪かわからなかったレオルベンは困惑の表情を浮かべる。
「今回、騎士科一年のジョセフ・ローランが君たちディーハルト家に働いた無礼はとても看過できる者ではない。しかし彼の実力とその潜在能力を見るに、彼は昔の私や君と同じで英雄になれるかもしれない器だ。だから退学処分などということにもできない」
「なるほど、今回はその件で呼び出されたと言うことですか」
王立カルロデワ学園は身分階級関係なく完全に実力がものを言う世界だ。そのためジョセフがラファミルに行った侮辱の数々は到底許されるものでない。しかし実力のあるジョセフを学園側がどうこうするわけにもいかないので、今回はこのような形で謝罪をしているのだろう。
ただ、もしこれが謝罪だというなら言う相手が間違っている。今回ジョセフに侮辱されたのはレオルベンではなくラファミルであり、謝罪するならラファミルが筋というものだろう。しかしこれを言いだしてしまえば、そもそも一介の生徒の不祥事を学園長自らが謝罪するのもおかしいという話になるのでレオルベンは何も言わない。
「それで用件は何でしょうか?」
「ふん、話がはやくて助かるよ。レオルベン君」
レオルベンの質問に答えたのはエドモンではなく、彼の後ろに控えていた教諭だった。その教諭は懐から一枚の書状を取り出すと、レオルベンの前に置いた。
今回の呼び出しの真の目的は他にあることはレオルベンも薄々気づいていた。筋違いな謝罪の場は表向きにレオルベンを呼び出すための口実であり、本来の目的はこちらなのだろう。
「これは?」
「勇者科編入に関する同意書です」
「私はまだ新入生ですが?」
レオルベンの言葉には騎士科にも属していない自分にこのような提示をしてもいいのか、という問いとともに一生徒の進路を学園側が決めていいのかという非難の声が含まれていた。
当然そのことに気づいたエドモンが反論する。
「お前も知っての通り、今、我々人族は未曾有の危機に瀕している。故に我らは英雄を求め、英雄を渇望している。その英雄に無駄な時間を過ごさせるほど人類に余裕はないんだよ」
「学生生活を無駄と言いますか」
「別にこの学園のカリキュラムを否定しているわけではない。ただレオルベン、お前に関して言えばこれからの二年間は無駄になると確信している」
学園の長たるものがそのようなことを口にしていいのかと疑問に思ったレオルベンだが、その前に後ろに控えている教諭が補足する。
「君の実力はすでに証明されている。騎士科一年首席のジョセフ・ローランを圧倒した君の実力は今すぐ勇者科に編入したとしても十分通じるだろう。それに君の実力はあのティルハニア・オーデンクロイツも認めているようですし」
騎士科一年首席のジョセフを破り、勇者に最も近いと言われているティルハニアに認められているその実力を持ってすれば勇者科でもやっていけるだろう。それに彼らは知らないが、レオルベンは元々勇者であり、世界を救った経験もある。
だが問題はそこではない。今回のこの提案には一番大切なレオルベンの意志か介在していないのだ。彼らはレオルベンが喜んでこの提案を引き受けると信じて疑わない様子。だからレオルベンはその申し出を丁重に断った。
「大変ありがたい申し出ですが、辞退させていただきます」
「なぜだ、君は英雄になれる器なんだぞ!?」
「それでもです。私には使命があります」
「ディーハルトの娘か?」
驚きの声を上げる教諭を目で制したエドモンが尋ねた。
「はい」
「馬鹿か君は!」
レオルベンの答えに困った表情のエドモンと、信じられないといった様子の教諭。けれどもレオルベンにとってはラファミルが一番なのだ。
「こちらにはお前を遊ばせている余裕などないのだがな」
「遊んでいるつもりはありません」
「なぜお前のような実力者がディーハルトなぞの従者の地位に甘んじる?」
その言葉はお前ならもっと上を目指せるだろうということを暗示していた。
「それでも、私はラファミル様にお仕えしたい」
「君は何を言っているのかわかっているのか!? 世界と主人を天秤にかけているんだぞ!」
「知っています。たとえ世界が滅亡の危機に瀕していようと、私は主人であるラファミル様を優先します」
「信じられん。じゃあなぜ君はこの学園に来たのだ!」
おそらく彼らはレオルベンがこの学園に来たのはディーハルト家の従者という地位を捨て、英雄に成り上がるためだと考えていたのだろう。だが彼らの考えは前提から間違っていた。
レオルベンがこの学園に来たのは主人のラファミルがこの学園を選んだからであり、レオルベンにしてみればラファミルがいればどこも同じなのだ。
「私はラファミル様の従者です。それ以上でも、それ以下でもありせん」
「ふむ、それは困ったな」
結局この日、両者の話し合いは平行線のまま幕を閉じた。そしてその日の夜、何をしていたのかとラファミルに問われたレオルベンが事の顛末を話すと、思いっきり叱られたのはまた別の話である。
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