第8話 首席の力
女騎士科で思いもよらない授業を見てしまった一行が次に訪れたのは女騎士科の校舎と隣接する騎士科だ。ここでは女騎士科の時と同様に一つ上で騎士科所属の学生が案内をしてくれるらしい。
「よお、お前らが次の新入生か。俺は騎士科一年のジョセフだ」
金色の髪を刈り込んだ特徴的な男子生徒は新入生たちのことを一瞥すると少しだけ笑みをこぼした。ただその笑みが好意的なものかと問われるとそうでもなく、どちらかというと嘲笑に近い意味合いを有しているように思えた。
全身からみなぎる自信が彼のことを大きく見せている。レオルベンはジョセフに対してそんな印象を受けた。
ジョセフは騎士科について説明することもなく、何も言わずにレオルベンたち新入生一同を建物内に用意されている闘技場へと案内した。
女騎士科のリュシーは移動中も自分の学科の特徴や普段の生活について説明をしてくれていたのだが、このジョセフという男はただ無言でレオルベンたちを引き連れていく。
「お前らはうちのカリキュラムについて、すでに向こうで聞いてきただろう。だから同じ説明をするのも無駄だし、ここでは実際に体験してもらいたいと思う」
本来のプログラムであれば、ここでも騎士科の制度の説明や授業内容の見学をするはずなのだが、ジョセフにはそのつもりがないらしい。プログラムを無視した進行はあまり褒められるものではないが、そこは進行役の裁量に任せられているのだろう。レオルベンはそんなことを思った。
新入生のプログラムを無視したジョセフに一部の新入生、特に男子学生が歓声を上げる。どうやら彼らはつまらない説明よりも体を動かしたくらしく、ジョセフの提案を喜んでいるようだ。
「とりあえずお前らはその辺に腰を下ろして待ってろ。すぐに戻る」
そう言ってジョセフはレオルベンたちを闘技場の端に座らせると、奥の部屋に姿を消した。気のせいか闘技場の上部に設置されているアリーナ席にはぞろぞろと上級生たちが集まってきている。
彼らがただ新入生の様子を見に来たとは考えにくい。おそらくこれから何か、それもレオルベンたちにとってはあまりよろしくないであろうことが執り行われることは容易に想像できた。
「まさかいきなり仕掛けてくるとはな」
「何か知っているのですか?」
まるでこれから行われることを知っているかのような口ぶりのマーティンにレオルベンが尋ねると、彼は苦笑いしながら答える。
「さっきのあいつはジョセフ=ローラン。去年の新入生次席にして今年の騎士科一年首席、今最も勇者科に近い男と言われている」
「よくご存じで」
「商人にとって情報は命だからな」
道理で自信ありげな風貌をしているわけだと納得するレオルベン。騎士科一年の首席なら自信たっぷりなのは当然だろう。
「ただ、その実力とは裏腹にあまりいい噂を聞かないのも事実だ。特に弱者に対しては容赦がないらしく、去年もそのことで度々問題になったそうだ」
「なるほど。そういう感じの方ですか」
「将来は悪名高い騎士になりそうね」
マーティンの説明を聞いていたラファミルが皮肉げに答えた。
三人がそんなことを話していると、両手に木製の剣を持ったジョセフが奥から戻ってくる。その姿を見た新入生たちはすぐにこれから何をしようというのかを察する。
「今日は特別に俺がお前らの相手をしてやる。ただ時間の関係もあるから俺と模擬戦を行えるのは一人だけだ。騎士科志望の奴で俺に挑みたい奴は前に出な」
ジョセフがそう言うと、一人の男子学生が立ち上がって前へ出る。その男子生徒は先ほどの女騎士科で戦闘にいた男子生徒だ。
「ジョセフ先輩、自分が立候補しても?」
「お前は?」
「自分はルイ・リオネル。ジョセフ先輩と同じく騎士科首席の座を狙うものです」
「ふん、面白い。お前にした」
立候補したルイを見てニヤリと笑みを浮かべたジョセフは彼に木製の剣を一本渡す。
「ほう、あれがリオネル家の一人息子か」
「リオネル家と言えば剣の名門で知られているあの?」
「そうだ。代々王家に仕える騎士を輩出している名門中の名門だ。まさか同じクラスにいたとはな」
「確かに、剣を構える様は相当な手練れのようです」
木製の剣を片手にジョセフに向かって構えるルイは素人目でもかなり様になっている。その構えからルイが相当な実力者だということは分かったが、相手のジョセフに方にはまだ余裕の色が見える。
「ルールはいたってシンプル。相手に敗北を突き付けた方が勝ちだ」
「わかりました。では、行かせてもらいます」
「せいぜい頑張りな」
ジョセフの言葉を合図にルイが一気に切り込み、二人の剣がぶつかり合う。突進の威力を加えたルイの一撃を一歩も動くことなく防いだジョセフに新入生の方から感嘆の声があがる。
「さすがは首席。やりますね」
「お前の剣もなかなかだ」
「どうも」
一手目を防がれたルイはバックステップで距離をとると、次は剣をまるでレイピアのようにジョセフに向かって突く。その剣速はかなりのものであったが、この攻撃もジョセフは軽々と回避する。
ルイは一度剣を引き、そこから振り上げるようにしてジョセフの左わき腹を狙ったが、やはりこの攻撃もジョセフは自分の剣で受け流す。続けて右ひじでルイの鳩尾を殴ると、ルイはその場で倒れ込んでしまう。
「うっ……」
「攻撃そのものはいいが、どこか単調すぎる。それに戦いは剣だけじゃないんだぜ」
倒れ込んだルイに向かってジョセフは剣を思いっきり振り下ろした。いくら木製の剣だからといって、無防備な人間に振り下ろしたら骨折は免れないだろう。
だが剣が振り下ろされる寸前で、ルイが剣でジョセフの攻撃を受け止めようとする。一撃目と同じく再び剣がぶつかり合うのだろうと誰もが思ったその時、ルイ剣が折れ、そのままジョセフの攻撃が左鎖骨にクリーンヒットする。
「くっ……」
苦痛に顔をゆがめるルイだが、ジョセフは容赦しない。振り下ろした剣を再び持ち上げると、今度はルイの首元に向かって思いっきり振り下ろそうとしたのだ。
さすがにこのままでは危険だと判断したルイは大きな声で叫んだ。
「降参です!」
直後、ブン!という大きな音が鳴ってジョセフの剣がルイの首元寸前で止められる。その光景に先ほどまで元気だった新入生の他の面々は言葉を失い、女子学生の中には青ざめているものまでいる。
だが対照的にアリーナ席にいた上級生たちは二人の模擬戦、というよりはジョセフの一方的な攻撃に盛り上がっていた。
「だから言っただろ、いい噂を聞かないって」
「確かに。最後のは完全に首をとりにいってましたね」
「最低だわ」
改めてマーティンの言っていたことを理解したレオルベンとラファミルは左肩を抑えながらうずくまるルイを心配そうに見守る。
「ふん、これで騎士科首席を狙おうとは興ざめだ。これくらいの実力で取れるほど騎士科のトップは甘くないし、お前みたいな意気込みだけの剣士なんてこの学園じゃ生き残れないぜ」
「……」
ジョセフの言葉に何も言い返せないルイは黙り込んでしまう。だがその表情はとても悔しそうだ。
「おいおい、まさか今年の新入生はこれで何も言い返せないほどのいい子ちゃんなのか? それともこいつよりも雑魚ってことか? まあ、そりゃそうだろうな。あのディーハルトの令嬢でさえ入学できるほどのレベルなんだから」
自分たちを見下すジョセフの言葉だが、新入生の中に言い返すものはいない。今目の前でルイが何もできずに負けた姿を見てしまっては黙り込んでしまうのも仕方のないことか。
そして名前を上げられた当のラファミルはこれくらいの罵詈雑言は慣れっこなので気にしている様子もない。けれどもそのことがジョセフのことをさらに饒舌にさせてしまう。
「精霊族の前に何も出来なかった無能の娘がこの学園で何なるって言うんだ。あんな雑魚貴族の令嬢がなれる職業なんてせいぜい娼婦かどこかの貴族の性奴隷だろ。なのにこの学園に来ちゃってどういうつもりなのか。あ、もしかしてここに娼婦科でもあるかと勘違いしたか? それなら傑作だ。この騎士科首席の俺様が丁寧に夜伽の仕方を教えてやるぜ。なぁ、そこにいるディーハルトの没落令嬢!」
ラファミルに向かって剣を向けたジョセフ。どうやら彼は早くからラファミルの存在に気づいていたらしい。
「どうせその身体を使って生き残るしかない没落令嬢はどうしてこんなところにいるのか? まさかお前、学園長に身体でも売ったか? なぁ、なんとか言ったらどうだ。それともなんだ? 事実を言い当てられて何も言い返せないのか?」
まるで滝のように次々と出てくるラファミルに対する侮辱の言葉。しかしラファミルは特に気にした様子を見せずにただジョセフのことを蔑みの眼で見た。
「その口でどれくらいの男のモノを咥えたんだ? もしお前がどうしてもしたいって言うなら俺のも咥えさせてやってもいいぜ? この勇者科に最も近いジョセフ様のな。未来の英雄のモノをしゃぶれるなんて光栄に思えよ」
止まらないジョセフの言葉に非難の視線を向ける新入生もいたが、それ以上に皆俯いて黙り込んでしまう。ここで何かを発言してジョセフの対象が自分になるのは避けたいのだろう。
別にラファミルはそのことを責めようとは思わない。人間誰しも自分が一番大切だ。ただ、一人だけジョセフの言葉に口を挟む者がいた。
「いい加減その汚い口を閉じてはくれませんか、ジョセフさん」
「あぁん、なんだお前は?」
「私の名前はレオルベン。ラファミル様の従者です」
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