第7話 女騎士科リュシー
王立カルロデワ学園では入学式が終わると次の日から普通に授業が始まる。授業と言っても最初の方か各学科の体験に行ったり、そこで上級生の話を聞いたりするのが主流らしく、レオルベンたちもクラス単位で体験授業へと向かう。
王立カルロデワ学園のクラスは寮と同じく新入生は入学した順に振り分けられていくため、やはり同じタイミングで入学したレオルベンとラファミルはここでも同じクラスに配属された。
「いよいよですね、ラファミル様」
「そうね」
レオルベンとラファミルの二人はクラスの列の後ろ方についていきながら体験授業へ向かうが、他の学生たちはまだ一言も発していない。
入学翌日とだけあって、クラスメイトたちはどこか緊張した面持ちで周囲をうかがっている。おそらく新たな友人関係を作ろうとするものの、まずは周囲の様子を伺おうとしているのだろう。この学園には様々な階級の学生がいるので話かけた相手が上の身分だった時のリスクを考えると迂闊なことができないと思っているのだろう。
ただその中でも一人だけレオルベンに話しかける人物がいた。
「奇遇だな、レオルベン。まさか同じクラスになるとは」
「マーティンではないですか。昨日はどうも」
レオルベンに話しかけてきたのは商人科志望の茶髪の男子生徒マーティンだった。その持ち前のコミュニケーション能力で昨夜はかなり助けられた。
「レオルベン、こちらは?」
マーティンを知らないラファミルがレオルベンに尋ねる。
「こちらは私たちと同じ新入生で商人科志望のマーティンです。昨夜の買い出しの際に知り合い、そこで助けてもらったのです」
「そう、それは助かったわ。ありがとう、マーティンさん。私はラファミル・ディーハルト」
「おう、目の前で見るとより一層美人だ……」
ラファミルを前にして言葉を失うマーティン。昨夜のレオルベンを相手にしている時とは明らかに違う様子だ。今もフリーズしたままのマーティンのことをレオルベンが案ずる。
「マーティン、大丈夫ですか?」
「え、あ、ああ。問題ないぜ」
「とても問題のないようには見えませんが」
「何言ってる。商人たるものどんな美女の前でも平静を装わなきゃ商売は成り立たないぜ!」
「すでに平静を装えていないことについては言及するのをやめておきましょう」
「そうしてくれると助かるぜ、レオルベン」
なぜか焦っているマーティンを見てキョトンとした表情のラファミル。仕方がないのでレオルベンがマーティンのことをサポートする。
「ラファミル様。マーティンが悪い人ではないのは事実です」
「それはわかっているわ。それに私を前にしてそういう態度をとらないってことは平民出身ってことね」
「ええ。ですが、あまり出自を気にするのはよいこととは言えません。この学園では身分は関係ないのですから」
「そうね。無礼な発言を謝罪するわ、マーティンさん」
「い、いえ、滅相もない。それと俺のことはマーティンでいいですよ」
「そう。ならよろしくね、マーティン」
「はい、ラファミルさん」
このやり取りをきっかけにレオルベンたちのクラスの緊張は一気に和らいだ。貴族出身の者に無礼を働いたどうしようと憂慮していた平民出身の学生たちは、ラファミルの受け答えを見て勇気をもらったように近くの者に話しかける。
貴族出身の学生たちも話しかけられたら好意的に受け止めているようで、クラスの雰囲気が先ほどに比べてかなり柔らかいものになっている。
しかし当のマーティンはラファエルを前にすると緊張してしまうようで、それからはレオルベンを挟んでラファエルと会話をするようになったのはまた別の話だ。
クラスの雰囲気が良くなったところでレオルベンたちがまず連れてこられたのは女騎士科の校舎。ここでは女騎士科の学生たちが日々稽古に当たっている場所である。
「やあ、まずは君たちが最初の新入生たちだね。私は騎士科一年のリュシーで君たちの一個上に当たる」
レオルベンたちが教室に入るとリュシーと名乗る赤髪の少女が出迎えた。新入生たちはそれぞれのクラスごとに順番に各学科を体験していくため、例え男子であっても女騎士科を見学することになるのだ。逆に言えば男子はここで最初で最後の女騎士科の授業を体験できるという訳である。
そして当の女子学生たちの大半は女騎士科に興味を持っているらしく、その中でも特に女騎士科を志望しているであろう女子学生たちは目を輝かせながらリュシーに熱い視線を送っている。
「さて今日は女騎士科がどういう場所かだけでも知ってもらいたい。男子諸君はあまり興味がないかもしれないが、カリキュラムの根底にあるのは騎士科と変わらないから是非参考にしてほしい」
そういってリュシーが先頭に立ってレオルベンたちを先導する。
「ほう、これが女騎士科か」
「マーティンは女騎士に興味があるのですか?」
「そりゃ、男なら女騎士ってものに興味がないと言えば嘘になる。だがそれ以上に興味があるのはここに勇者科の人間がいるかもしれないってことだ」
勇者科は騎士科と女騎士科の中から特に優秀な学生が選ばれる仕組みになっている。つまり勇者科の学生は基本的に騎士科ないしは女騎士科出身であり、かなりの頻度で自分の古巣に出入りしていることで有名だ。
「もし勇者科の人間がいるなら一目見てみたいと思うのが当然の真理だろ」
「なるほど、そういうものですか」
「そういうものだ」
やはりこの学園に入学した者として英雄候補は気になる存在らしい。そうこうしている内に案内されたのは大きな修練場。部屋の中には木製の剣を持った女騎士科の学生たちが掛け声に合わせながら素振りをしたりする学生や、近くの学生と模擬戦をしている学生の姿もある。
「女騎士科でまず大切なのは剣の技量よ。だから女騎士科では毎日こうやって鍛錬を怠らないわ」
リュシーの説明を聞いて口々に感想を漏らす新入生たち。特に模擬戦をしている学生たちに男女関係なく目を奪われている。
真剣な表情で木製の剣を打ち合う学生たちの間にはまるで本物の剣を持っているかのような緊張感が存在している。
「ほう、意外と様になっているんだな」
そう口にしたのは列の先頭にいた男子生徒。
「へぇ、君は騎士志望?」
「はい。騎士になるために日々鍛錬しています」
「そう。なら次の騎士科を楽しみにしているといいわ」
「それはどういう?」
「向こうに行ってからのお楽しみよ」
答えをはぐらかしたリュシーは笑顔で次の教室へと先導する。
「ラファミル様は女騎士をどう思いますか?」
「そうね、最初の印象としては面白そうとしか言えないわ。私に剣術の才はないからこれ以上のことは思えないだろうけど」
「そんなことはありません。剣の腕は振れば振る程強くなるのです」
「お、やっぱレオルベンはナイトだな」
「だからナイトではないと何回言えば……」
そんな会話をしているうちに次なる教室へ到着した。ただその教室はなぜか薄暗く、他の教室に比べて灯りが少なくなっている。それどころか部屋の内装もまるで牢屋のように古びたものとなっている。
そして驚くべきは、なぜか教室内にいた女騎士科の学生たちは例外なくロープによって束縛されていたのだ。縛られて身動きの取れない彼女たちの前には何かを模して造られた黄緑色の巨大な蝋人形。
その蝋人形を前に彼女たちは恥辱にまみれた顔で口々にこう言った。
「くっ、殺せ!」
「くっ、殺せ!」
「くっ、殺せ!」
「くっ、殺せ!」
「くっ、殺せ!」
突然の光景に言葉を失う新入生一同。ただリュシーだけが喜々として説明を続ける。
「これはオークに捕まった時に生き延びるための訓練で……」
その後もリュシーは説明を続けたが、レオルベンの耳にはそれ以上の説明は届かなかった。彼の耳に届いたのはラファミルがつぶやいた一言のみ。
「女騎士科は絶対にない」
その言葉にレオルベンも静かに同意するのであった。
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