第6話 マーティン

 「よっ、ナイト様」


 入学式があった日の夜、必要物資の買い出しを行うために学外にある市場に向かおうとしたレオルベンに一人の男子生徒が話しかけてきた。その男子生徒はレオルベンと同じ制服を身にまとっていることから新入生ということが分かる。


 ちなみにだが王立カルロデワ学園では学科ごとにブレザーのデザインが異なっており、どの学科にも属していない新入生は全員同じデザインの制服を身に着けている。そのためブレザーを見ればその学生がどこの所属かを知ることができるのだ。


 自分に話しかけてきた茶色いくせ毛が特徴的な男子生徒にレオルベンが尋ねる。


 「初めまして、失礼ですがどこかでお会いしたことがありましたか?」


 あたかもレオルベンを知っている口ぶりの男子生徒だが、レオルベンの方はその男子生徒のことを知らない。記憶力には自信のあるレオルベンでも知らないということは、全く知らない人違いか、向こうが一方的に知っていることになる。


 そして今回の場合は後者だった。


 「いや~悪い悪い。俺はお前のことを知っていても、お前は俺のことを知らないか」

 「申し訳ございません」

 「いいって、いいって。いきなり話しかけたこっちが悪いんだから」


 最初から砕けた口調の茶髪男子生徒にレオルベンは好印象を覚える。同時にこの初対面の相手にも好印象を抱かせる男子生徒の一種の才能をレオルベンは評価した。


 「俺の名前はマーティン。お前と同じ新入生で、商人科志望だ。よろしくな、ナイト様」

 「初めまして、私はレオルベンと申します。今のところは魔術科を志望しています」

 「へぇ、意外だな。てっきりナイト様は騎士科志望かと思ったぜ」

 「実のところを申しますと、魔術科と騎士科で迷っています。ところで、そのナイトというのは?」


 レオルベンには自分をナイトと呼ばせるような言動をとったこともなければ、自分をナイトだと思ったこともない。なぜマーティンが自分のことをナイトなどと呼ぶのか疑問に思うレオルベンはつい気になってしまう。


 「ナイトってのは文字通り騎士って意味だ。今日の講堂前のやり取りを見ちゃったら誰でもお前のことをナイトと勘違いしちゃうってもんだろ?」

 「なるほど。お見苦しい姿を見せてしまいましたね」


 どうやらマーティンは入学式前に講堂前でのレオルベンとラファミルのやりとりを見ていたらしい。確かにあのやり取りを見ていたらレオルベンのことを騎士科志望のナイトだと勘違いするのも無理はないだろう。


 だからと言って、いきなり初対面でナイト呼ばわりするかは疑問だが。


 「ところでマーティンさんは私に何か用でも?」

 「おいおい、さん付けはやめようぜ。俺たちは同じ新入生だぜ、レオルベン」

 「ですが」

 「それに俺は平民出身だ。何もかしこまる必要はない」


 どうやらマーティンは堅苦しいやり取りが嫌いらしい。確かに言葉遣いや初対面の相手に対する態度はとても貴族のそれには見えない。


 「そうですか。ならマーティン、私に何か用でも?」

 「いや、これといって用はないんだ。ただ有名人を見つけたから話しかけてみただけさ」

 「有名人?」


 自分が有名人という自覚のないレオルベンは首をかしげてしまう。レオルベンの仕えるラファミルはある意味では貴族の間で有名人だが、その付き人のレオルベンにはこれといって特徴はない。自覚のなさそうなレオルベンを見たマーティンは困ったように答える。


 「新入生集まる講堂前であんなことをしたら嫌でも目立つだろ。それにお前のご主人様のあの容姿も目立ってたぞ」

 「そういう意味でしたか」

 「あと一部の貴族たちは別の意味でお前たちを知っているみたいだったがな」


 マーティンの口ぶりからするに彼もラファミルの境遇を知っているのだろう。ただ貴族たちと違って露骨な態度は取るつもりはないらしい。


 レオルベンがそんなことを考えていると、マーティンが問うた。


 「それでレオルベン、逆に聞くがお前はこんな夜更けにどこに行くんだ?」

 「これから街に買い出しに行こうかと」

 「へぇ、それは面白そうだ。この辺は詳しいのか?」

 「いえ、お恥ずかしいことに右も左もわかりません」


 レオルベンとラファミルはつい先日この街にやってきたばかりだ。だからこの街がどのような場所かも知らなければ、この街で相場も知らない。仮に店主がレオルベン相手にぼったくろうとしたとしても、レオルベンは気づけないかもしれない。


 それにこれまでも転々としてきたレオルベンたちにとって長期にわたって一か所に住むことは久しぶりだ。それこそ七年前のあの日を境に二人の生活は激変した。だからここでの生活は二人の人生のやり直しという意味合いが強い。


 これまで転々としてきたものの、なんとか生活資金を稼いできたレオルベン。弱小貴族並みの収入を維持してきたレオルベンにしてみれば新生活にかかる費用を抑えたいというのが本音だ。


 そんなレオルベンの本音を知ってか知らずか、マーティンがある提案をする。


 「なら俺が案内してやるよ。俺はこの街の出身だからいろんな店に顔が利くぜ」


 どうやらマーティンはこの周辺について詳しいだけでなく、それなりに人脈があるそうだ。よそ者が無計画に歩き回って買い漁るより、顔の利く街の者が買い物をした方が効率的な買い物ができるのは事実。


 しかし、それではマーティンに何のメリットがない。レオルベンにとってはありがたい提案だが、マーティンの好意に甘えていいものかと迷ってしまう。


 「別に俺の都合を気にする必要はないぜ? 俺は好きでやっているんだからな」

 「本当にいいのですか?」

 「ああ、同じ新入生の仲間だ。それにもう俺たちは友達だろ? 困っている友達を見捨てるようじゃ商人なんてできっこないしな」

 「マーティン」

 「それに商人にとって大切なのは信頼だ。もし将来レオルベンが大物になった時、お前が一番信頼できる商人が俺だったら、それは俺にとって一番のメリットだ。だから今回のお礼は出世払いって言うことで俺に任せろ」


 そこまで言われてしまったら断るわけにもいかない。むしろここで断るのは無礼に当たるだろう。


 「では、お言葉に甘えてお願いしても?」

 「ああ、任せろ! 道案内だけでなく、値切り交渉も俺の得意分野だ!」

 「ふふ、マーティンは愉快な人ですね」

 「それが俺のいいところだ」

 「たしかに」


 自信満々に自らの力拳をたたいたマーティン。事実、その後に彼が見せた交渉術は目を見張るものがあり、レオルベンは当初の予算の半分程度で買い出しを済ませてしまったのだからマーティンは凄腕の商人になるのかもしれない。

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