第4話 スクランブルな歩行者天国は側から見たら唯の地獄

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 俺とケイリは祭り会場をぶらぶら歩いていた。

「にしても、えらく混んでるな」

「まあ、祭だからね」

 当たり前のことを当たり前に返されてしまったアクトであった。


 しかし、この町自体、本来人口は1万人程度。その上農家も多く、土地も結構広いため、いつもの町はガラガラだ。

 それにもかかわらず、この祭には人が明らかに集まりすぎている。祭全日程合わせて、大体30万人程が集まるそうだ。町外からも本当にたくさんの人が集まり、臨時駐車場は飽和状態。人々によって通路は構成され、秋だというのに熱中症を引き起こす人が毎年少ないくない。

 何かこの町に変な力でも宿っているのだろうか?

 それとも祭に?


 この混み様だと、振袖はすごく暑そうだし、凄くしわになりそうだけど、ケイリは大丈夫だろうか?

「あ゛~、あ゛~つ゛~い゛~~」

 案の定だった。声を濁らせ、猫背になっている。

 如何にも昼の砂漠を後悔しながら歩く観光客のようだ。

「その姿じゃ暑いだろうな。どうする?着替えてくるか?」

「え~、それじゃ時間がもったいないじゃん。私が戻ってくるの24分31.33秒後になるよ」

「でも暑いんだろ?」

「どうしよっかなぁ…………、」

 おい、その「、」はなんだ。その如何にもなんか思いついた、みたいなやつは。

「……じゃあ、折角だけど浴衣、脱いじゃおっかなぁ~(ニヤニヤ)」

 ケイリは不意にとんでもないことをぶっこんだ。

「……はぁ!?おっおい!おっおま……そっそっそそれは……」

「(おっ?露骨に慌ててるな?やっぱアクト君も男の子だねぇ)」

「おっ、お前!……」

「(どういう反応してくるのかな?)」


「おっお前!?リュック持ってきてないだろ!脱いだ浴衣どうすんだよ!!手で抱えて持っていくっていうのか!?そんなの大変だろうが!!!」

「いや突っ込むとこそこかいぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「ふぇ?」

 ケイリはなぜかすごい勢いで突っ込んだ。

「もっと他にあるでしょうが今の会話に、も・ん・だ・い・は・つ・げ・ん・が・! い・っ・ぱ・ん・じょ・う・し・き・て・き・に・!」

「はあ?問題発言?正直浴衣を手に持つこと以外問題は起こってないように思えるんだが……」

「どんだけ浴衣を手に持つの大罪なのさ!天然か!!」

「?」

 ?

「もういいよなんでわざわざ『?』を2行で表現したのさ心の中まで疑問符しかないんかい!」

「?」

 ?

「いやだからもういいって!」

 ?

「往生際が悪いな!」

「……つってもどうすんだよ」

「あっ、普通に戻った」

「いくらこれから気温が下がっていくとはいえ、やっぱ今は暑いだろ。袖でも捲ったらどうだ?」

「んー、でもそれだと折角の浴衣の可愛さが2789/18923まで減っちゃうからね。今は我慢する。後で人気ひとけの少ない涼しい場所に行くから」

 相変わらず細かいな……。

 しかし人気のない場所か……人気のない場所…………?

「祭の様子を見る限り、人気のない場所なんてなさそうだが?」

「まあまあ、後で連れてってあげるから、楽しみに待ってて」

「おっ焦らすタイプですか~」

「焦らしていきますよ~」

「おー!…………ん?このノリ何?」

「アクト君が始めたんじゃん!」


「いやでもほんと、こんだけ人が多いとはぐれてしまいそうだな。ただでさえお前、背が低いんだし」

「あっ、ひっどーい!私だってさすがに人の顔ぐらい見えるから!」

「いやお前が探せるかじゃねえよ!俺がお前を探せないの!」

「………………」

 ピンク髪なら結構目立つだろ、と思っていたが、ケイリが型抜きに行ったときに15秒ほどで見失ってしまったからな。

 俺も背丈は並程度だからはぐれたら再会は絶望的だ。

「だからさ、ケイリ~…………ん?」

 ……あれ?ケイリの姿がない。

「おい!ケイリ!?」

 まさか、今の一瞬ではぐれちゃったのか!?

「おーい、ケイリー?」

 マヂかよどうすんだこれ!?再会は絶望的だぞこれ!!

「……こっのー」

 ん?ケイリの声が聞こえる。どこにいるんだ?

「どれだけ私の背を馬鹿にすれば気が済むん」

 僅かに右斜め前の上空から聞こえる。なんでそんな位置から……

「だーーーーーーーーーーーーーーーー」

「って痛ってぇ!」

 ってこいつっ!右脇腹に飛び膝蹴り決めやがった!

 お前この人混みでどうやってそんなジャンプできるぐらい助走がつけられるんだよてかどうしてそんなうまく飛んで正確に腹にぶち当ててくんだよ痛すぎるわ!

 この人混みならほぼ垂直に落ちてきただろ他の人に危害加わってないもん。しかも最低でも人二人分、俺自身の主観からすると直前まで見つからなかったから人7人分ぐらいかそれ以上な感じがする。出来がいいのは頭だけじゃないってことかよ!(※尚、今のアクトはケイリの化け物具合を見すぎていて、感覚が半ばマヒしたような状況になっており、高跳び3mや10mを運動神経良いで済ませちゃっていますが、普通に考えてあり得ません完全に人類ではないです本当にありがとうございました:編集部)

「って痛ったあ!」

 っと思ったら、なぜかケイリも痛がっている。

「完璧に脇腹に決めたはず。なのに、膝が……」

 ああ、なるほど(ニヤリ)。

「飛んで火に入る夏の虫とは貴様のことだなぁ!ケイリよ」

「なんだとぉ!?」

 他人の目?知らん知らん。

 茶番、スタートでーす。

「我の体幹を舐め腐ったな!我の体幹は重厚!その硬度、防弾チョッキを凌ぐほどだ!」

「何!貴様は帰宅部、体幹を鍛える必要はなかったはず!」

「その考えが甘いと言っている!帰宅部だから、運動部じゃないからと言って筋肉をつけてはいけないと誰が決めた!!!」

「っく!!油断した……だと?この、私がぁ!?そんなバカな!!あるはずがない!」「ハッハッハ、何を言おうが全ては過去の出来事よ。全ては、たかが帰宅部と舐め腐ったお前の落ちd……痛てえ!もうギブ!もう無理マヂで!」

 はーいくっだらない茶番終了。

 雑に始まり雑に終わりましたー。

 いやほんと辛い……胃酸が逆流してきそうだ……いったいどこにその火力が出せる筋力があるんだよ……

 俺は脇腹を押さえ、ケイリは膝を押さえている。今俺たちは周りに凄くマヌケに映っているのだろう。

「ああ、膝が痛いー。割れたー絶対割れたー。

 …………にしても、ほんとなんでそんな体幹強いのさ」

「よく言われるよ。『なんでお前帰宅部のくせにそんな体幹強いんだよ!』って」

 片足上げは7時間ぶっ続けでできたほどだからなぁ。そんじょそこらの体幹とは出来が違う。

「まっ、この体幹の作り方は企業秘密だが、体幹が強いと何かと安心だからな。普段から鍛えるようにしてるんだ」

「ふーん。でも、ほんとにはぐれちゃったら困るよ。私達電話なんて持ってないし……」

 確かに。どうしたものか……




「あっ、あの……さ……」

 ん?

 アレ?

 ケイリの様子が変だ。

 ケイリは恥ずかしそうにもじもじしている。

 顔もだんだん赤くなってきているように感じられるが。

「おい、ケイリ。どうした?」

 まさか……

「お前……



トイレ、行きたいのか!?」

「もう一回膝蹴りかましてやろうか」

「ええー……?」

 どうやら違ったらしい。顔が一瞬ヒットマンになってた。

「そうじゃなくて…………」

「どうしたんだ?」

 あのケイリが珍しく慌てている(?)感じがする。

 そんな事象が何処に…………!

「…………まさか、ケイリ……お前……デリケートゾーンがかゆぐふう!」

「もういっそその硬い筋肉に肺を圧迫されて死んでしまえ!」

 ぐふぅ、二発目はさすがにきつい。

 なんだよ、女子が言い難いことを察して代弁してやったというのに。

「っていうかそんなことを恥ずかしげもなく言うな!恥じらいを持て!女の子の事だぞ!」

「いや、むしろ恥じらいながら言った方が気まずいのでは?」

「……ん?あ、確かに。


……って、じゃなくて、違うから!そもそも……その……かゆくなって……なんか、、、ないから……」

 ケイリはまだ顔が赤いままだ。そんなに恥ずかしいなら掘り下げなければいいものを。


 しかし、それでもないのだとすると、わざわざあんな反応を示した意味は?

「そっ、その……」

 ケイリは何か踏ん切りをつけたかのように、でもどこか不安を持ち合わせたような、そんな上ずらせた声音で切り出す。

「……離れ離れにならないように……その……手でも……繋がない?」

「って……手をか!?」

 俺はキョドった。誰がどう見てもキョドった。


 俺はここで今の状況を冷静に分析する。

 それは、今僅かに生じた勘違いを徹底的に否定するためだ。

 俺は文系だが、ここで証明をしてみよう。

 皆さま少しお付き合いください。

 ケイリの「手を繋ごう」と提案したことについて、そこに何の他意もない事を証明する。

 まず、条件を確認する。

 ケイリが異性に「手を繋ごう」と言ってきたこと、これは本来絶対にありえない事である。

 ケイリは確かに普段からスキンシップ旺盛で、よく友人とハグしたりする様子も見られるが、それはあくまで同性の話。異性には一歩距離を置いているようで、そういう事は絶対にしない。むしろ、そういう一面があるから世の男子共は美少女であるケイリにちょっとした近寄り難さを感じており、入学してから今まで1度もケイリが誰かと付き合っている、なんて情報は耳にしていない。

 そして、ケイリが俺にそんなことを言ってきたこと、そんな事は本来一人息子が姉妹7人で肩車して宇宙に行くようなことだ。つまりどう考えてもあり得ない。

 俺とケイリは先にも話した通り、昨日まで接点はゼロ、いや、むしろマイナスまであった。

 つまり、今日初めて接した俺に対し、ただでさえ異性とのコミュニケーションなんて積極的に取ってこなかったケイリが、実質対面してまだ3時間と経っていない俺と手を繋ごうと言い出すなんて、全くもってらしくない感じがした。

 ここで今の証明の意味を記述する。

 俺は一瞬、ケイリが俺に好意を持っているのではないか、と思った。

 いや、思ったというわけではない。

 今までの文学の傾向から、男女のアレコレは古より好意が伴うものとある。

 人並み以上ぐらいはある俺の読書経験から、そういう可能性もあるのではないかという考えが浮かんだ。

 何故浮かんだかはわからない。

 俺は別に、ケイリと結ばれたいとかいう思いはない。

 むしろ今のこの一緒に祭を回るというだけでも十分特異なのだ。

 可愛いな、とか憧れとかはあるが、まさか自分が好意を向けるなどおこがましい話だし、ケイリもきっとその気はない。

 なので、さっきの浮かんだ可能性を全否定するために考える。自分の自惚れを正さなければいけない。これが今回の目的だ。

 ……アレ?その目的、達成できるのか?

 一旦、上の条件まとめてみる。

 普段男子にあまり話しかけないケイリが「手を繋ごう」と言ってきた。もっとやり方はありそうなのに…………アレ?

 いやいや、そんなことはない!

 彼女が異性に普段関わらないのに俺に関わっているっていうのは確かに好意の表れであるという見方ができる。だがしかし、今顔を赤くしてるのは先の俺の失言のせいだし、手をつなぐなんてあくまでお互いを見失わないようにする為の措置の1つでしかないはずだし、ちょっと遠慮しながら提案したのは異性にそう提案することによる気恥ずかしさがあっただけだろう。

 これらの事から、ケイリは俺に好意があったからそう言ったのではなく、あくまでそうすることがお互いにとって1番利益が高いから提案した、ということが分かる!Q.E.D.!!

 ガバガバ理論だが、変な勘違いを正すためだ。致し方ない。

「……ねえ、だめ?」

「あっ……」

 その言葉で俺は、一気に現実に引き戻された。

 ケイリは依然頬を上気させたまま、不安げな上目づかいで俺の瞳を見上げる。

 俺が長々長々つらつらつらつらと謎の考察をしていたから、ケイリを必要以上に待たせてしまっていた。

 ずっと俺が考え込んでいたからだろうか、きっと勇気を出して提案してくれたケイリは、今にも泣き出してしまいそうなほど華奢で、萎んでいた。

 俺は大慌てで返事を返す。

「ダメじゃない」

 瞬間、ケイリは眉を上げた。

 俺は取り敢えず不安がケイリから無くなった事を確信、安心し、続けた。

「ダメじゃないけど……やっぱちょっと……恥ずかしい……」

 やっぱ彼女いない歴=年齢の俺にとって女の子と手をつなぐなんて刺激が強すぎる。

 だがそれを聞いたケイリは、顔をぱあっと綻ばせた。

 秋なのに、満開の桜が咲いていた。

「じゃあ大丈夫だね!私も恥ずかしいから!」

 なんだその暴論は。赤信号はみんなで渡っても大量虐殺が起こるだけなんだぞ。

「じゃあさ、ほれ」

 俺は左手を開いて差し出した。これで良いんだろ?

「ダメ。女の子からさせるつもり?」

「えっ、俺から!?」

「当たり前でしょ?男の子はいつも女の子をリードしてないと」

「そんなものか?」

「そんなものなの」

 女心は分からなさすぎる。

 こういうところだろーなー、俺が全くモテないのって。

「分かったよ、ほら」

 俺は観念してケイリの白く細い右手の指4本を左手の平で包んだ。

「37.394点かな。そんなぶっきらぼうじゃなくてさ、もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん」

「俺にそんなことを求めるなよ……」

「まあ今回は許してあげる。次からはしっかりするんだよ」

「……はいはい」

「はいは1回にしないとサンバイザーが身を貫くって知らないの?」

「あっはい、すみませんでs…………いや知らねえよ!どういう状況なんだよサンバイザーが身を貫くって!」

「え!?私はそう教育されたんだけど……」

「もう常識じゃ測れないねアッハハー」

 そりゃ家々の教育方針はそれぞれ違うから他人がとやかく言う物じゃないだろうけどさ。

 でもサンバイザーは流石に小さい子ピンと来ないだろ。俺だってサンバイザーって言葉知ったの小学校中学年、いや高学年ぐらいだったかなぁってレベルだぞ!?




 そして手を繋いだまま、僅かな静寂数刻。

 ……えっちょっと待って。

 身体の1部分が触れるだけで……ここまで恥ずかしいものなのか。さっきまではいつもの(というのもおかしい話だが)馬鹿騒ぎで気にならなかったが、今冷静になってみると……羞恥に心臓が押しつぶされているようだ。

 手を繋ぐ、ただそれだけのこと。そう言い聞かせても、治まらない。

 世の中の擬音は、案外その文字の並び通りに聞こえないものが多い。カラスは「カー」よりは「アー」がより鳴き声に近いし、「コトコト」煮込む、だって実際はごちゃごちゃな音の集まりでなんて言ってるのかわかりゃしない。

 だが、このドキドキは字面の通りに、心に直接この文字を叩き付けられたかのように、ハッキリ聞こえた。

「やっぱり、なんか恥ずかしいね、アクトくん」

「ケイリが言ったことだろ?」

「いやまあ、そうなんだけどさ……………………」


 …………

 ん?何この間?

「まあ、良いじゃん。別にさ」

「なんだよ?恥ずかしさに折り合いをつける時間が必要だったか?」

「あちゃー、察しが悪い男もヒロインを困らせるけど、察しのいい男もそれはそれで迷惑だねぇ」

「いや迷惑って……」

 じゃあもう男の子は無理だ。施しを待つしかねえ。

「じゃあ、準備万端だし、行こうか!」

 そう言うや否や、この人混みの中なのに、ケイリは俺をスキップしながら引いて行った。

 透き通った青空に、無邪気な桜はよく映えた。


 俺たちの祭は、ゆっくりゆっくり、しかし確実に、加速していく。

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