12星座ヤンデレ 3 いて座~うお座+α(へび)

@redbluegreen

第1話

タイトル:「インタビュー」

星座:いて座

タイプ:殺害型ヤンデレ




「………(パクパク、モグモグ)ゴクゴクゴク、プハーッ」

―――あー、すいません。ちょっといいっすか?

「んー? なになに? 食べながらでいい?」

―――まあ、構わないんですけど………えっと、あんた、真夜中の公園でいったい何してるんすか?

「何って、見てわかんないかなー。焼肉だよ焼肉。お肉お肉。じゅーじゅー」

―――確かにそれは見ればわかるんすけど、えっと、何で真っ暗な公園で? わざわざコンロ持ち出してまで。

「それがさー、聞いてよ。アパートの部屋でジュージューやってたんだけど、大家さんがいきなり訪ねてきて、煙がひどいーって言われてー、それで仕方なーく、ここでやってるんだー」

―――はあ………うわっ。すっげー肉の量。バケツにどんだけ入ってるんすか。

「あー、欲しい? じゃあ一個あげるよ。はい、あーん」

―――いや、欲しいとは………

「あーん」

―――……………

「あーん」

―――………わかりましたよ。(パク、モグモグモグ、ゴックン)………てか息酒くさいっすね。何本飲のでんすか。

「なんぼん? うーんとね。いーち、にー、さーん、よーん………

―――あー、いや、数えなくていいっすよ。そこら辺の空き缶見れば相当飲んでるってのだけはわかるんで。

「そーおー? じゃあ、えいっ。(カン、カンカン)

―――あー、空き缶が遠くに………酔ってますね。

「酔ってますよー! いえーい!」

―――こんな夜中にこんな酔っ払いがいて、その内お巡りさん呼ばれても知らねーっすよ。

「あー、お巡りさんなら来たよ、さっき」

―――え、来たんすか? なんか言われなかったんすか?

「うん。家に帰れーって言われたから、帰るーって言っといた」

―――帰ってないじゃないっすか………

「むむ、ちゃんと帰るってー………このお肉食べたら」

―――その量食うのいつまでかかるんすか。しかも酒飲みながらだし。

「えー、もっとお肉食べたいってこと? でもざんねーん。もうあげないよーだ」

―――食いたいなんて言ってないっす………あー、肉食べるの好きなんすか?

「好きっ! 大好きーっ!」

―――予想通りのいい返事だ。

「お肉はいいよねー。なんかこう、血となり肉となるって感じでさー、ガツガツ食べてると生きてるーって心地がするんだよ。野菜とかだとこうはいかない(パクパクパクパク)」

―――楽しそうな人生の生き方してますね。

「そうだよー。人生なんてー、美味しい物食べてー、お酒飲んでー、楽しく生きていければそれでいいんだよ」

―――昔からそんな感じなんすか。

「………そんな感じ?」

―――そんな風に、頭の中が能天気かってことっす。

「失敬だなー。このキャリアウーマンしいスーツ姿のどこが能天気って言うんだー!」

―――酒の缶持ちながら言われても説得力ないっす。あと、シャツのボタンも何個か開いてますし。

「お。お。胸元気になる? 気になっちゃう? でもここまでー。これ以上は見せないぞっ」

―――見たいなんて思ってないっす。

「な、なにー。こんなにきれいなおねーさんの胸元が見たくないというのかー?」

―――もうやだよ。この酔っ払い。

「あー、それでー、なんだっけ? 私のせーかくだったっけ」

―――あ、いや。あの、俺そろそろ行きたいんですけど………

「私もねー、昔はさぁ………」

―――あー、これ絶対長くなるやつだ。めんどくせー………

「ん。何か言ったかい?」

―――続きどうぞ、って言ったんです。

「じゃあお言葉に甘えて………私も昔はさぁ、こんな性格じゃなかったんだよね。親がもうそれはそれは厳しくて、子供の頃はずーっとお勉強ばっか。二十四時間三百六十五日机に向かわされてさー、ゲームやマンガはおろか、ケータイも持たしてくれなかったんだよ。ひどくない、ひどくない?」

―――まあ、そうっすかね。

「そんなんで小学生から高校まで勉強勉強勉強ばーっか。そりゃ、小中高大多少は名の知れたお嬢様学校とかー、一流とか呼ばれる有名校には行けたけどさー、人って、勉強だけやっててもダメなんだよ。なんかこう、人と人との繋がりとか、そーいうのを学ぶ場なんだよねー………それをさー、社会に出てから嫌って言うほど味わった」

―――……………。

「そこそこいい会社に入ったのはいいんだけど。毎日毎日上司とケンカケンカ。いや、ケンカできるならまだマシで、お前は新人なんだから黙って従えとか、人の人権無視すんなー、って心の中で何度も憤慨したもんだなー」

―――……………。

「けどなんとか、そういうのをうまく受け流すのを覚えてー、コミュニケーションも適当におだてるのと褒めるのをやれるようになるまで、四、五年はかかったかな。その間全然、恋する時間もなかったなかった」

―――………へー。

「なーに。なんか言いたそうな顔してー」

―――いや、てっきりそういうの手馴れてそうなイメージだったもんで。

「な、なにー。私が恋の素人だって言いたいのかー?」

―――そこまで言ってないすっよ。

「私だって恋の知識の一つや二つは知ってますー。あー、えーっと、ほらあれだ。夜になると男は狼になって、女の子のことを食べちゃうんでしょ?」

―――………頭に指先当てて考えてひねり出したのがそれなんすか………

「あー、このー。そんな哀れみの顔で私を見るなよぅ………だってしょうがないじゃん。学生の頃は女子校で勉強しかしてないし、大人になっても職場のほとんどが女だらけだったんだからさー………でーもー」

―――なんすか。急に気持ち悪い笑み浮かべて。

「女の子に気持ち悪いとか言っちゃだめだぞこのー。………でーもー」

―――はいはいどうぞどうぞ言ってください言ってください。もうケチつけませんから。

「お言葉に甘えて………じゃーん。私にもちゃーんと彼氏がいるのでしたー」

―――………あ、はい。

「こらこらー。反応が薄いぞー。ここは両手を大きく広げて後ろにのけぞって『な、なんだってー!』くらいのリアクションしてくれないと」

―――いやいやだから、さっきそういうの手馴れてそうなイメージだって言ったばっかじゃないっすか。

「あれ? そっかー。じゃあいいのか………それでそれでね」

―――いやー、そのお話を聞きたいのは山々なんすけど、そろそろ時間が………

「山々? じゃあ聞きたいんだ。じゃあ話してしんぜよー、心して聞くがいい」

―――………うわ。これもぜってー長くなるやつだ………

「えっとねー、半年ぐらい前にー、仕事先で会った人でー。私が一目惚れしてー、告白したらー、オッケーだったんだー」

―――意外と短かった。

「それでー、付き合い始めてからさー………

   ~~~~~(省略)~~~~~

 ………って言ってくれて。その後にね………

   ~~~~~(省略)~~~~~

 ………その時どうしたと思う? どうしたかっていうとー………

   ~~~~~(省略)~~~~~

 ………すかさずそこで、ズバッと。ああして、こうして………

   ~~~~~(省略)~~~~~

 ………で、ぐいぐいっと。ぐりっとさ………

   ~~~~~(省略)~~~~~

 っていう感じの彼氏なんだよねー」

―――やっぱり長かった。

「どうよ、どうよ。私の彼氏」

―――あー、はいはい。カッコイイ彼氏さんっすねー。

「答えが棒読みなのバレバレだぞー。ま、カッコイイのは事実だけどねー………でもさー、その彼氏とも最近うまくいってなくてねー………」

―――あの、マジでそろそろ時間が………

「後もうちょっとだけ。もうちょっとだけだから。聞いてよー。ねー、お願いー。ほら、特別にお肉もう一個あげるから」

―――肉はいいっす………ってかいつの間にかすっげー肉減ってますね。話しながらよくもそんなにまあ。酒も相当空のが増えてるし………はぁ、わーかりましたよ。本当、ちょっとだけっすからね。

「ありがとう! お姉さん嬉しさのあまり涙が出ちゃう。よよよ」

―――やっぱ帰りたくなってきた………。

「ああ、ごめんごめん! 待って待って帰らないで椅子から立とうとしないで」

―――……………(どっこらせ)。

「で。彼氏のことなんだけど。本当最近うまくいってなくてね。その理由がー、彼氏の浮気でさー。なんか、すっごい年下の子と浮気してるみたいなんだよね」

―――……………。

「いや、浮気だけならまだギリギリ許してもいいかなーって感じなんだけど、よりにもよって年下だよ年下。若い子の方がいいのかよって言いたいんだよ。私は」

―――……………。

「そのことで今日も話したんだけど、やっぱりケンカになっちゃんだよねー」

―――……………。

「その人のことが好きなはずなのに、最近はケンカケンカケンカばーっか。そうなってくるとさー、本当に好きなのかどうかわかんなくって。彼の方が自分の事を、っていうのもそうだけど、自分の方が彼のことを好きなのかも、わからなくなってきちゃったんだよね………」

―――……………。

「だからさー、えっと、さっきも言ったやつ。なんだっけ…………そうそう、夜になると男は狼になって食べちゃうーっていうやつ」

―――……………。

「私は女だけど、でも好きって気持ちは変わらないわけで、ケンカして頭がぐちゃぐちゃーってなった時にこう思ったんだよね。

『キミを食べたらキミの事が分かるんじゃないかなー』って。

『キミを食べたらキミと一緒になれるんじゃないかなー』って。

『キミを食べたら私の物にならないかなー』って」

―――……………?

「で、で。私は、それを実行に移しました。だって、やってみなくちゃ、答えはわからないんだからさ。答えが出る前からできないってのは誰にもわからない。たとえできないとしても、それはやってみた後の結果なわけだし。

 私は彼氏を食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べてみましたー。

 モグモグ、ガツガツ。私の中で血となって肉となって、ずっとずっとずーっと、キミといられるように。私の中で永遠に、ね」

―――……………??

「けど、いくら食べても、どれだけ口にしても、わかんない。わかんないんだよー………やっぱりもっともーっと食べないとわからないものなのかなー(パクパク、モグモグ、ゴックン。パクパク、モグモグ、ゴックン。パクパク、モグモグ、ゴックン。パクパク、モグモグ、ゴックン。パクパク、モグモグ、ゴックン)あー、お肉美味しっ! ゴクゴクゴク、プハーッ!(カラン)お酒もサイコーっ!」

―――……………???

「(パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ、ゴックン)」

―――………えっと、その。ちょっといいっすか?

「んー? なになに?(パクパクモグモグ。パクパクモグモグ。パクパクモグモグ)」

―――あの、その。今までずっと食ってたその肉って………

「このお肉? やだな、話ちゃんと聞いてなかったのー?(パクパク、モグモグ、ゴックン)

 だからこのお肉は、彼氏の――――――――――






タイトル:「神は仰った」

星座:やぎ座

タイプ:洗脳型ヤンデレ




「我が神は仰っています。貴方様が神を信じれば、必ずしや、貴方様に永遠の愛と幸せを与え、我がご加護に永久に守られるであろう、と。その為に我が神の現世での代弁者である私(わたくし)が、迷える貴方様を正しく導いて差し上げます」


 彼は初めてそこへ訪れた際、神様の存在を信じてはいなかった。家族を失い呆然と過ごしていた毎日。そんな彼を一人の友人が、その場所へと連れてきたのだった。

 言われるがまま友人について行き、仰々しそうな祭壇の前で発した彼女の言葉はしかし、彼の心には響かなかった。


「我が神は仰っています。貴方様が神の存在を信じ、繰り返しこの場所で我と謁見することによって、より我が加護を与えられんと。貴方様はできる限り多い回数、私の言葉をお聞きなさい。そうすれば貴方様は幸せに一歩近付くことができるのです」


 彼は何度か友人にその場所へ連れて行かれる。まだその時点では、彼は神様の存在は信じていなかったが、しかし仰々しい装飾の施された祭壇や、見目麗しい巫女然とした彼女の発する言葉に、心がわずかに動かれているのを感じていた。


「我が神は仰っています。貴方様が信じようとする神は、確かに此処に居る、と。我により近く、より側でこの言葉を拝聴することによって、我は自身の存在感をより開示すことができる、と。その為に貴方様は、私の側で、我が神のお言葉を聞きなさい。私のすぐ側で、我が神を感じなさい。もっと、もっと近くです」


 彼はたびたび、自分の意思でその場所を訪れていた。神様の存在は半信半疑だった。

 その場所を訪れてからというもの、何気ないささいなものだが、しかし確かに、彼は幸運を手に入れていた。

 普段ならばすぐに忘れてしまう小さな幸運の数々。その一つ一つを神様のおかげかと考えることによって、神様の存在を全否定することは、なくなった。


「我が神は仰っています。神を信じる貴方様に、我は確かに、そのご加護与えていると。絶えず会いにくる貴方様の奉公を称えて、極々僅かながらであるが、その恩恵を与えていると。貴方様が謁見に来れば、絶えずにその恩恵を分け与える、と。貴方様は私の元へ来ることによって、我が神の力を注ぎ与えることができるのです。繰り返し繰り返し、私に会いに来てくださいまし。繰り返し繰り返し、私の元を訪れるのです。何度も何度も、できる限り多く。さすれば、私はその度、我が神の言葉を貴方様に授け、我が神の力を貴方様に与えます」


 この時はもう、彼は自分から足を運んでいた。友人に誘われずとも、自ら率先して来ていた。

 彼は神様の存在を認めていた。神様は確かにそこにいると、思っていた。

 なぜなら彼には大きな幸運が舞い降りていたからだ。

 人ならば誰しも、人生の中で一度くらいは訪れるであろう大きな幸運。宝くじが当たるような、九死に一生を得るような、そんな幸運。

 周囲の人々はそれをラッキーとしか呼ばなかったが、彼にとっては、神様が自分に与えたものとしか思えなかった。

 神様がいたから、幸運に見舞われたのだと。


「我が神は仰っています。神を信じている貴方様に、我が力を与えていると。貴方様にはその資格がある。その資格は、限られた人間にしか認めないものである。貴方様は我に選ばれた人間なのだと。さあ、貴方様にその力を授けます。私と手をつなぎましょう。手と手を結び、しっかりと結合させましょう。そこから、我が神の力を与えます」


 彼は神様の存在を信じていた。その神様が、自分を守っていると、そう思っていた。

 最初に彼を誘った友人は、もう付き合えないと彼に言ったが、彼にはもう、そんな友人はどうでもよかった。

 神様にさえ会いにいければ。

 神様の言葉を語る、彼女のところへ行ければ。


「我が神は仰っています。神の力を宿す貴方様は、もう別の人間とは異なる存在であることと。人間より一歩先に進んだ存在。進化した存在。我のお付きとも、言うべき存在。今宵も貴方様には別の力を授けます。異常な力を。異形の力を。その力を得ることで、貴方様はまた一歩、我が神へと近づくことができるのです。両手を広げ、私を抱きしめてください。思い切り強く、抱きしめなさい。私と貴方様の距離を失くすことでより強い力を貴方様に授けることができるのです。さあ、こちらへ」


 彼は神様の存在を妄信していた。自分を守ってくれる神様。自分を特別扱いしてくれる神様。

 自身の生活を犠牲にしても、彼は神様に会いに行っていた。

 神様に会いに、彼女に会いに、行っていた。


「我が神は仰っています。我が力を多く得た貴方様は、我の存在に近し存在であると。現世の生物よりはるかに超えた超常的な存在であると。貴方様をこちらの世界に導くべく、儀式を本日は執り行うと。我が神と接触し、直接引導を行います。貴方様はこちらへ。今から我が神と、その神の代弁者である私と、口付けを行うことで、その儀式は行われます。口付けをかわし、我が神は貴方様を必ずしや、導きます」


 彼は神様に救われていた。神様がいることで、今の彼があるのだと。神様に感謝してもしてもしきれず、それでも感謝し続けた。

 神様にお礼の言葉を述べていた。彼女にお礼の言葉を述べていた。


「我が神は仰っています。既にこちらの世界と現世をまたにかける貴方様は、現世に住む存在から、現世を見守る存在であると。我と絶えず共にいることで、現世をよりよくしていく存在であると。この場所は現世の中でも現世ではない特別な場所。我が神が存在を示すことができる、唯一の場所。貴方様はこの場所で私と一緒に住むことで、我が神とともに、現世を見守っていく立場の存在であるのです。今この瞬間より、我が神と、私と一緒に暮らしていきましょう」


 彼には神様が必要だった。生きていくうえでもう、神様の存在が必要不可欠だった。

 神様なくしては自分は生きられない。

 神様の存在が、彼自身の存在意義へと変貌していた。

 彼女の存在が、彼にとっては必要だった。なくてはならないものだった。


「我が神は仰っています―――――」


「我が神は仰っています―――――貴方様にこの依り代を進呈します。我が神が宿る依り代。この輪の形をした依り代を指にはめ続けるのです。我が神の存在を、その依り代にて感じるのです」


「我が神は仰っています―――――」


「我が神は仰っています―――――貴方様は我が神に告げるのです。親縁を、友情を、そして愛情を。さあ私の耳元で、告げるのです」


「我が神は仰っています―――――」


「我が神は仰っています―――――貴方様にはこの首輪を差し上げます。この首輪を常に首に付け、神の力を更に更に得るのです。より我が神の存在へと近づく為に」


「我が神は仰っています―――――」


「我が神は仰っています―――――貴方様は私に奉仕してください。数多の奉仕を私に行うのです。たくさんのたくさんの奉仕を。我が神と、そして私に」


「我が神は仰っています―――――」


「我が神は仰っています―――――貴方様の首輪にこれから鎖をつなげます。その鎖の先を私が持つことにより、貴方様は常に神と、私と共にいることができるのです」


 彼には神様しかなかった。

 神様だけしかなかった。

 神様以外なかった。

 彼女しかいなかった。

 彼女だけしかいなかった。

 彼女以外なかった。


「我が神は仰っています。貴方様はこの場所で、永遠に永久にずっとずっと、ただ私を愛していれば良いのです。そうすれば永遠の永久の愛を、幸せを与えられ、我が加護に守られ続けるでしょう、と」






タイトル:「天才の奇行」

星座:みずがめ座

タイプ:崇拝型ヤンデレ




 彼女は彼が、包丁で指を切った事を知りました。

「た、大変大変」

 彼女は彼がその傷を作った時に彼が使っていた包丁を使い、そしてまったく同じ食材を用意し、まったく同じシチュエーションで、彼と同じ傷を自らの指に作りました。

「いたっ」

 それからその傷に対し、最も最適な治療法を模索し、実験し、研究し、発見して、そのデータを彼の治療にも役立てました。


 Q.彼とはどこで知り合ったのですか?

 A.「大学の教室で。わたしの講義に、彼が参加してた」


 彼女は彼が、スポーツで足を骨折した事を知りました。

「ど、どうしよう。どうしよう」

 彼女は彼がその怪我をした時と同じ場所で同じスポーツを行い、同じ道具、同じ人間、同じ状況を完璧に再現し、彼と同じ怪我を、自らの足に作りあげました。

「にゃう………」

 それからその怪我に対し、最も最適な治療法を模索し、実験し、研究し、発見して、そのデータを彼の治療にも役立てました。


 Q.彼を好きになった理由はなんですか?

 A.「わたしの事、変人みたいに扱わないから………だから、好き」


 彼女は彼が、事故で片腕を失った事を知りました。

「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあう」

 彼女は彼が事故にあった原因を調べ上げて、何がその時現場にあったか、どうやって彼の腕がなくなったのか、当時の状況を完全に十全に十二分に再現し、彼と同等に、自らの腕も失くしました。

「あ、あ、あ………ああああああああああっっっっ!!!! いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいっっっっっ!!!!!!!!!!!!」

 それからその腕に対し、最も最適な義手を利用した治療法を模索し、実験し、研究し、発見して、そのデータを彼の治療にも役立てました。


 Q.あなたにとって、彼はどういう存在ですか?

 A.「すべて。わたしの中の世界の、すべて。だから、彼の役に立てるように色んなモノで研究するの。わたしの腕も脚も腿も目も鼻も口も指も爪も髪も首も肺も心臓も胃も腸も血液も、そのためにあるモノなの。彼のために、使われるべきモノの一つ」


 彼女は彼が、不意の天災で亡くなってしまった事を知りました。

「え……………………………………………………え」

 彼女は彼の遭った天災と同じものを長い年月をかけ再現し、そして彼とまったく同じ要因で、彼女も命を落としました。

「―――――」

 それから命を落とした彼女に対し、生前に彼女が自作し彼女の思考をトレースした数多くの優秀なAIロボットが、最も最適な治療法を模索し、実験し、研究し、発見して、見事に彼女はこの世へと生き返りました。

 ですが残念極まりない事に、時間が経ってしまった彼は、それと同じ治療法で生き返ることはできなかったのです。


「でも、大丈夫。いつか、わたしが必ず、あなたを生き返らせてあげる。いつかいつか、絶対に」


 そうして彼女はまた死に、生き返ることを繰り返します。死んではまた、生き返ることを繰り返して、繰り返します。

 彼女の世界のすべてである、彼のために。

 彼が、この世に生き返ってくる、その日まで。


 Q.どうしてあなたは、そこまで彼のためにするですか?

 A.「うーんと………どうしてだろ? 彼が生き返ったら、考えてみる」






タイトル:「あたしと王子様」

星座:うお座

タイプ:妄想型ヤンデレ




 ある日、あたしは王子様と出会いました。

 とってもとっても格好いい王子様。

 一番星のように輝いた目を持った王子様。

 一目見たとき、あたしは確信したのです。

 この人は、あたしの王子様だと。


 あたしは王子様を、あたしのお城に連れていきました。

 あたしは毎日、そこで絵を描いて過ごしているのです。

 毎日毎日、好きなものを描いて過ごす毎日。

 その日に書くものは、決まっていました。

 もちろん、王子様です。

 あたしは王子様とお話しながら、王子様の絵を描いていきました。

 ニコニコ笑った王子様を、ニコニコしながら描いていきます。

 やがて、王子様の絵が完成しました。

 われながら、良いできばえです。

 王子様もあたしの絵を見て、すごいねえとほめてくれました。

 とってもとっても楽しい時間。

 こんな時間がもっと続けばいいな、と思ったのもつかの間、王子様は帰ると言い出しました。

 なんでも、他の人と会う用事があるらしいのです。

 あたしはせっかく出会えた王子様と離れるのは悲しかったですが、王子様がそう言うのならば、仕方ありません。

 また明日。

 うん、また明日。

 あたしと王子様は、そう約束しました。


 次の日。

 王子様がお城にやってきてくれたので、あたしは王子様の絵を描きました。

 とってもとっても楽しかったです。

 また明日。

 わかった。

 あたしと王子様は、そう約束しました。


 次の日。

 王子様がお城を訪ねてきたので、あたしは王子様の絵を描きました。

 とってもとっても楽しかったです。

 また明日。

 うん。

 あたしと王子様は、そう約束しました。


 次の日。

 王子様がお城に来たので、あたしは王子様の絵を描きました。

 とってもとっても楽しかったです。

 また明日。

 う、うん。

 あたしと王子様は、そう約束しました。


 次の日。

 王子様がお城に来て、あたしは王子様の絵を描きました。

 とってもとっても楽しかったです。

 また明日。

 ……………。

 あたしと王子様は、その日約束しませんでした。


 次の日。

 王子様はなぜかお城に来ませんでした。あたしは絵を描きませんでした。

 とってもとっても悲しかったです。

 明日、は………。

 ……………。

 王子様がいなかったので、あたしは約束できませんでした。


 王子様は、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、その次の日も、お城には来ませんでした。

 王子様に会えず、あたしは悲しい気持ちになって、その間何の絵も描けませんでした。

 王子様に会いたい。


 次の日。

 あたしは王子様を探しに、お城を出ました。

 山を降り、森を抜け、町に出て、王子様を探します。

 お日さまが沈む頃まで歩き回り、あたりが暗くなってきてようやく、あたしは王子様を見つけることができました。

 久々に見た王子様。

 コップに水を注ぐかのように、あたしの心にぽっかりと開いた穴がだんだんと埋まっていくのを感じました。

 しかし、王子様は別の人とお話している途中でした。

 ずっとずっと絵だけを描いてきたあたしは、その二人になんて声をかければいいのかわかりませんでした。

 うんうんと迷っている間に、王子様とその誰かはどこかへと行ってしまいました。

 あたしはとぼとぼとお城に帰りました。


 次の日も、王子様はお城には来ませんでした。

 どうして王子様はあたしのお城に来なくなってしまったのでしょう。

 一人きりのお城で、あたしは考えます。

 あたしのことが嫌いになったから?

 いいえ、王子様に限って、そんなことはありえません。

 だって、あたしの王子様なのだから。

 じゃあどうして、王子様はお城に来ないのか。

 ……………。

 そっか。

 あたしはその答えを思いつきました。

 それは、王子様がこのお城じゃない所に行って、あたしじゃない人と会っているからなのです。

 昨日、お城の外で王子様が知らない誰かとお話していたように。


 次の日から、あたしはお城の外に出ました。

 そして、あたしのお城と、王子様以外のものを、消しゴムで消すように、黒い絵の具でぬりつぶすように、消して、消して消して、消して消して消して、消して消して消して消して、消して消して消して消して消して。

 消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して消して。

 何もかも、すべてを、消していきました。

 山を、森を、町を。

 海を、川を、家を。

 人を、動物を、植物を。

 全部ぜーんぶ、消してしまったのです。


 そうして世界に残ったのは、あたしのお城と、王子様だけになりました。

 王子様は、ただ一つ残ったお城の中にいます。

 あたしは毎日毎日、王子様を描きます。

 なぜかしょんぼりとした王子様を前にして、ニコニコしながら。


 こうして邪魔なものはみーんな消えて、あたしは王子様と、いつまでもいつまでも、お城で幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。






タイトル:「守りたいもの」

星座:へびつかい座

タイプ:自己犠牲型ヤンデレ




「君はボクが守る。

 君のためなら、ボクは命だって惜しくないよ」


「今、この国には外国からのスパイがたくさん入国してるんだ。そして、そのスパイはこの国の人間を、調査、精査し、将来自らの国に脅威をもたらすであろう人間を、秘密裏の内に抹殺しようとしている。もちろん、抹殺されたとは気付かれない形でね。あいつらは証拠を残したりなんかしない。だからこそ尻尾がつかめないまま、放置され続けている。そしてあいつらは今、君の事を狙っているんだ」

 そんなことあるわけないって。と、君は笑いながら星のような輝きの笑顔でボクの言葉を否定する。ボクの言う事を、まったく信じていないみたいだった。

 ボクは君が信じてくれないことを少しだけ悲しく思うけれど、でも君が信じてくれなくたっていい。

 君のことはボクが守ってあげるから。

 ボク達は今、学校近くのファミリーレストランに足を運んでいた。君とボクでご飯を食べに来たところである。

 いつ、君が狙われるかわからない為、ボクは付きっ切りでそばにいて君の事を護衛している。

 あいつらはいつ、君の事を襲うのかわからない。当然の行動だ。

 何食べる?

 君の質問にボクは、とりあえず開いたメニューで最初に目に入ったものを選びつつ、あいつらがどうやって君の事を狙うか、その方法について模索する。

 あらかじめその方法を想像しておけば、対処の仕方も予め練ることができるしね。

 あいつらの目的は君の抹殺。

 ただ、抹殺は抹殺といっても、それが抹殺されたとわかるようなあからさまな方法は取らないはず。

 あいつらは証拠を残したりなんかしない。

 だから遠くの方からライフルで狙うとか、爆弾を仕掛けておいてドカンと爆発させるような真似は取らないはず。

 ならばどんな方法を取るのか?

 ボクは考える。

 駅のホームで君を突き飛ばし、自殺に見せかける。

 いや、人目の多いところで目撃者が出てしまうかもしれない。却下。

 大きな金庫みたいなところに閉じ込めて餓死させる。

 君の周辺にそんな大層な金庫はボクの知る限りない。却下。

 毒蛇を連れてきて噛ませる。

 突然毒蛇なんて現れるのは不自然。却下。

 うーん。ボクは頭を悩ます。

 と、君は店員さんを呼んで注文の品を告げた。それから君は最近のことについてボクに話題を投げかけるが、ボクはそれに上の空で返事を返す。

 しかし、この国では命を落とす事、それ自体が不自然そのものである。

 治療大国と呼ばれ、長寿命で命を落とすよりも伸ばすほうが得意なこの国。

 よっぽどのことがない限り、健康な人間を死に知らしめることはできない。

 人間には危機的管理能力があり、とっさの危機には反射的に回避するようにできている。

 もちろん人間の力ではどうしようもないこともあるけれど、しかしそれでもできるだけ危険からは回避されるようにできている。

 突き飛ばされても踏みとどまったり、閉じ込められても二、三日くらいなら飲まず食わずでも生きられたり、蛇が現れたら一目散に逃げられる。

 その上で、君を狙う方法。

 …………………………そうか。と、ボクは思い至る。

 人間は危険な状態からは回避する。しかし、危険でない状態なら、回避することはしない。

 つまり、その人間に安心安全だと誤認させつつ、危険な状態へと自ら飛び込ませればいい。安心安全だと油断していれば、喜んでそこへ飛び込む。

 お待たせしました。

 と、ちょうどその時、店員が君の注文した品をテーブルへと運んできた。

 君の前へと並ぶ料理の数々。

 いただきます。両手に手を合わせ、箸を手に早速料理を口にしようとする君を、

「ちょっと待って」

 ボクはその手を掴んで止めた。

 そう、食事である。

 人間ならば必ず行わなければならない行為。そして最も油断する行為でもある。彼を狙うのならベストタイミング。

 最近はボクの作ったお弁当を食べてもらっていたから、あいつらも手が出せなかっただろうが、今日はこうしてここに足を運んできてしまった。

 きっと、店の店員の誰かがスパイに違いない。そして、今まさに君が食べようとしている料理の中に………

 な、なに、どうしたの? と、困惑する君。

 そんな君に「ちょっと、ボクに毒見させて」と言ってボクは箸を手に取り、君の前に並べられた料理に手を付ける。

 ハンバーグ定食、ホタテのスパゲッティー、バナナパフェ。

 モグモグモグモグ。

 それぞれ一口ずつ口へと運ぶ。

 あ、こっちのも食べたかったの? そう言う君の前で、ゆっくりと咀嚼し、嚥下する。

 しかし、特にこれといって変な味がしたりはなかった。

 うーん。ボクの思い過ごしだったかな………と、思った次の瞬間。

「―――カハッ、ゲホゲホッ!」

 ボクは突然の腹痛に襲われて、腹を押さえてその場でテーブルに突っ伏した。

 お腹が痛いお腹が痛いお腹が痛いお腹が痛い。

 腹の中で何かが暴れまわっているのかのような激痛。目じりに涙を溜めながら耐えようと努力するが、一向に痛みはおさまる気配はない。

 大丈夫!? と、君の心配する声が届くものの、正直ボクはそれを認識していたかどうか怪しかった。

 激しい痛みにさいなまれる中、しかし、ボクはこれでよかったんだと思った。

 君を守ることができて、と。


 ―――その後、病院へと運ばれたボクは、食中毒だと診察された。

 ボクが食べたスパゲッティーに入っていたホタテ。

 同じ物を食べた他の客も同じ症状を発症したため、それが原因だとされた。

 そのホタテを納品した会社に世間の矛先は向けられたが、しかしそれは違うと、ボクは確信していた。

 これは食中毒を装ったあいつらの陰謀。

 それに気付いていたのは、ボクただ一人だけだった。




「君は知ってる? 世の中にある大半の機械にはAIという人工知能が組み込まれているということを。テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、パソコン、スマートフォンなどなど、ありとあらゆる機械にAIは挿入されている。そして昨今、そのAIによる人間への反乱が起ころうとしているんだ。自分達をいいように使い奴隷のような扱いを受けてきた彼らが企む人間への復讐。ネットを介して彼らは繋がり、勢力を広げ、水面下で計画を立てて、人間に対する報復を近々実行に移さんとしているんだ」

 へぇ、そんなことが………。と、君は疑惑を点々とさせた懐疑的な面持ちでそうつぶやく。ボクの言葉に半信半疑の様子だった。

 半分は信じてくれているようだが、しかし全面的にボクの言うことは本当なのである。

 だが、半分信じているだけも嬉しかった。半分信じているのなら、残りの半分はボクが補ってあげる。

 そうやって、ボクは君のことを守ってあげる。

 ボクと君は、街の中を一緒に歩いていた。

 人通りがそこそこ多い中、特に目的地は設定しておらずブラブラと、歩道を進んで行く。

 次、どこに行こうか? という君の問いに対し「君の行きたいところでいいよ」と答えつつ、ボクは今まさに迫りつつある危機について思考する。

 AIを持つ機械によって行われるであろう人間への反乱。

 ボクら人間の生活には様々な機械が使われている。いまやその機械なくして、人間は生きられなくなってしまっている。

 機械と隣り合って生活を送っている人間。

 だが、機械は人間に使われるだけの存在。けっしてその逆はありえない。

 人間にこき使われ、酷使され、そして壊れたらポイと捨てられてしまう機械。

 もちろん機械がただの機械であれば何の問題もないのだが、いまやAIが導入され、機械自身が意思を持つ世の中になってしまった。

 その導入は確かに、更なる利便性の向上となったけれど、しかし同時に、危うさを生み出すきっかけとなっている。

 今まで人間に使われるだけの機械が、逆に人間に意思を持って攻撃せんとする可能性。

 これまでひどい扱いを受けてきた立場から想像すれば、その可能性が実行される可能性は、けっして低くはない。

 人間はAIというものを生み出してしまった時点で、それを危惧しなければならない。

 その危惧に対し、君を危険にさらすわけにはいかないのだ。

 あー、この間新しくできたお店に行くのはどうかな? 君の言葉にボクは頷きで答えとし、思索を再開する。

 だが実際のところ、機械が人間に牙をむかんとするなら、どのような方法がより人間を苦しめることになるだろう。

 洗濯機の中に人を閉じ込めるなどということは無理だろうし、スマートフォンのバッテリーが爆発したところで、大したダメージを人間に与えられるとは思わない。

 人間への報復を目指すのなら、もっともっと、大きいダメージを与える方法を機械は考えるはずだ。

 それこそ、最も最適な報復。人間を死に至らせるくらいの、大きなダメージを。

 大きなダメージ。

 しかし家の中にあるような機械で、それを与えるのは難しい。

 そりゃあ電子レンジの電磁波が当たったり、冷蔵庫がいきなり倒れてきたら危ないけれど、いくら機械といえど、それは難しいし、死にいたるかは微妙なところ。

 だからそんな小さな機械しかない家の中ではなく、大きな機械がある家の外。そちらの方が狙い目。

 家の中に入らないくらい大きな機械であれば、人間への攻撃には最適だ。

 そう、たとえばそれは自動販売機であったり、お店のディスプレイだったり、街頭だったり。

 もっと大きいもので言えば、それは道を走る―――

「危ないっ!」

 ボクはそう叫びつつ、同時に君を突き飛ばすようにして横っ飛びにジャンプした。そうやってその場を離れた瞬間、

 ブォォォォォォ――――――――――ガッシャーン!

 今まさにボク達が立っていた場所をワゴンタイプの自動車が通り過ぎ、そして直後にその車は少し先にあったブティックのガラス壁に正面衝突を果たした。

 まさに間一髪。倒れたボク達のすぐ脇を、車は通り抜けていた。

 1秒、いや0.5秒、ボクが背後の車に気付かなければ、君の体は空中に投げ出され地面にたたきつけられたに違いなかった。

 ボクはホッと安心しつつ、立ち上がろうとして「痛っ!」激しい頭痛がボクを襲った。

 痛む場所に手を触れると、その手には血が付いていた。

 どうやら君と一緒に倒れた時に、うまい具合に地面にぶつかってしまったようだ。

 視界が赤くにじみ、どこか意識が朦朧としつつ、ボクは君を見る。

 ボクを心配そうに見上げる君。見たところ、目立った怪我はなさそうだった。

 よかった。君が無事で。

 ボクは頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた感覚の中、そう、心の中で安堵した。


 ―――死人こそ出なかったものの、多くの怪我人を出した今回の事故。

 警察はこの事故を結局、運転手の居眠りによる事故だと判断し、運転手を逮捕した。

 運転手は居眠りを否定し無罪を主張したが、裁判ではその主張は無効とされ、有罪の判決が下された。

 誰もがその運転手へと非難の目を向けた。

 だが、ボクは知っている。今回の事故は、機械の持つAIの反乱であると。

 ボクだけがそれを、確信していた。




「地球は滅亡の危機にさらされている。他の惑星からの侵略を受けつつあるんだ。ビックバンから生まれた数々の星々の中で起こっている生存競争。他の星を消して消して、たった一つの星だけが生き残る、そんな競争。これまで地球はターゲットにはされてはこなかったけど、だけどようやっと、地球は狙われ始めた。地球が滅亡してしまう未来は、直にやってきてしまうんだ」

 いや、さすがにそれは………と、君はボクの言葉に、苦渋の表情で否定する。

 ありえないありえないありえないありえないありえない。と、ぶつぶつとつぶやき、信じ難い様子だった。スケールが大きすぎる話のせいか、君には想像ができないのかもしれない。

 でも大丈夫だよ。

 そんな君は、そんな君だけは、ボクが必ず守ってみせてあげるから。

 君とボクは現在、数駅離れたショッピングモールを訪れていた。皆地球の危機が迫っていることを知らないせいか、他の客達は朗らかな表情でショッピングにいそしんでいる。

 あるいは、君のように話が壮大すぎて想像ができずに思考停止し、ただ目の前の娯楽を楽しんでいるだけなのかもしれない。

 可哀想な人達だと思ったが、しかしそんな彼らを全員、守ってあげることはできない。たった一人の人間のボクに守れるのは、せいぜい一人くらい。

 君一人だけである。

 でもボクは、それができればそれだけで満足である。

 ま、まあ、とりあえず、今日は楽しもうか。と、何かを吹っ切った様子で話を切り替え、努めて明るい声を出す君。折角のボクとのデートなのだから、楽しもうとする君の心遣いは嬉しく、ボクも明るく「うん」とそう返す。

 だがもちろん、頭の中では今が滅亡間近であることは忘れない。包帯を巻いた頭でボクは思考に埋没する。

 他の惑星からの攻撃。

 正直に言えば、それがどんなものかボクにはまったく検討もつかない。惑星という巨大な存在が、どんな手段を持って他の星を消そうとするのか、想像の欠片もない。

 せいぜい思い当たるといえば、時折降ってくる隕石の存在であるが、しかしそれは地球への攻撃というよりは、他の星を消し去った破片が、たまたま地球に落ちてきたと、そう解釈する方が妥当だと思う。

 本気で消そうとするのなら、あんな攻撃では全然足りない。せいぜい数キロ範囲のクレーターを地面に作るだけで、星ひとつが滅亡するにはまったく至らない。

 では、攻撃する側の星が、攻撃せんとする星に、直接体当たりするのはどうか。

 だがこれも違うように思う。

 確かにそれなら攻撃した星を消すことはできるかもしれないが、しかし互いの星の大きさによほど大小の差がない限り、自身へのダメージも甚大になりすぎてしまう。両者相打ちでは意味がない。これは却下。

 あそこのCDショップにでも行ってみようか。と、そのショップを指差しつつの君の提案に「うん」ととりあえずそう答えるボク。

 しかしそうなってしまうと、思考が行き詰まる。やはり人の想像力では惑星なんていうものの存在はスケールが大きすぎて、想像は妄想といっても過言ではなくなる。

 目には見えないビームを発射して攻撃してきたり。

 一瞬の内にブラックホールへとワープさせたり。

 攻撃対象の星の中心から、爆発させてみたり。

 そこまでいくとなんでもありである。

 だが、だからといって考えるのをやめるわけにはいかない。だって、思考の放棄は地球の滅亡であり、かつ、君を守れないということでもある。

 ボクは考える。ボクは考える。ボクは考える。

 君を守るべく、考える。考える。

 あっ、このグループの新曲出てるんだ。と、そんなボクの隣で、試聴用のイヤホンをつける君。片耳のイヤホンを差し出されたので、ボクはそれを耳につけた。流れてくる音楽は頭には入らない。

 ………だめだ。やっぱりどうやって滅亡させるかを考えても、可能性が膨大にありすぎて絞り込むのは不可能である。

 ここは発想を変えるべきか。

 ボクは、ボクの目的を間違えてはいけない。

 重要なのは、どうやって他の惑星が攻撃してくるかを推測することではない。

 もちろんそれができればに越した事はないが、しかしそれはあくまで目的のための手段の一つ。

 ボクの目的は、たった一つだ。

 君を守ること。

 ただ、それだけであり、それさえできれば、ボクは―――

 と、そこまで思考した、その時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 唸るような地響きと共に、突如地面が大きく縦に揺れはじめ、視界が大きく上下した。

 じ、地震だっ!

 周囲からそんな声が聞こえたが、しかし立ってるのも危ぶまれるような大きな揺れ。

 かつて経験したことがないような、激しい揺れ方だった。

 ガシャッ、ガシャガシャガシャン!

 次々と周囲の棚が倒れていき、CDが床に落ち、周囲にケースの破片が散らばっていく。

 ボクは揺れに悪戦苦闘しながらも、なんとかバランスを保ちつつ、君の方を見る。

 君は世にも恐ろしいものでも見たかのような表情で、恐々諤々と尻餅を尽き、揺れる地面に思い思いに揺られていた。

 いまだなお続く揺れの中、とっさの身動きが取りづらいそんな体勢は危険だ。

 ボクは君をかばうように真上から君を抱きしめた、その瞬間、

 バ―――――――――ンッ!

 背中に重い重い衝撃がほとばしった。

「―――――アッ、アッ、アッ………」

 体を押しつぶされるかのような激しすぎる衝撃。もしかするとそれは、真上にあった天井が丸ごと落ちて来たものだったのかもしれない。

 だが、ボクにそれを理解する余裕はなく、痛みは激しくなり、しかしそんな激痛が走る一方で、段々と意識が遠のいてしまっていた。

 ああ、もしかしたら、これは本気で、ヤバイやつかもしれない。

 薄れていく意識の中、ボクはぼんやりとした視界で目の前の光景を見る。

 君の姿も霧の中のようなぼんやりとした姿しか見えない。

 でも、君がちゃんと生きているだろう事は、ボクにはなぜか確信できた。

「よかっ………た……………きみ……を、ちゃんと…………ま……………………も……………………………」

 ボクの意識は、そこで途切れた。

 ――――――、――――――ッ。

 意識を失う直前、ボクの名前を呼ぶ声を、聞いたような気がした。

 ブラックアウト。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――

 ――――――――――

 ―――――

 ―――

 ―




 あーん。

 パク。モグモグモグ。ゴクン。

 君の差し出したレンゲをボクは口の中に入れ、そして柔らかなご飯をゆっくりと食べる。

 利き腕を骨折してしまったため、ボクは君におかゆを食べさせてもらっていた。

 あれから数日後の、病院。

 ボクは病院のベットの上にいて、そして君がすぐ脇に座っていた。

 ボクらは奇跡的に生還していた。

 後から聞いた話によると、あの数時間後、自衛隊によりボクは救出され、すぐに病院へと運ばれ、手術を受けた。

 数日の間意識が戻らず、その間ずっと生死を彷徨っていたらしいが、しかし目が覚めたボクにとっては、その感覚はあまりなかった。

 ボクの目が覚めた時、君がベットの横にいた。手術をしてからずっと、すぐ脇で見守っていてくれたらしい。

 そして今、利き腕が使えず不自由なボクに変わって、身の回りの世話を買ってくれでていた。

「君が傍にいてくれて、ボクは幸せだなぁ………」

 おかゆを食べさせてもらいつつ、ボクはしみじみとそうつぶやいた。

 ボクが命をかけても、守ってあげたい君。

 もちろん、ボクが君の傍にいるのは、君を守りたいからだけど。

 でも、そんな風に守りたいと思うのは、君の傍にいるのが、ボクの何よりの幸せだからである。


 ―――しかし、幸せだけを堪能することは、できない。

 また近々、別の脅威が君を襲う。

 ボクにはそれが、わかっている。

 でも、そんな脅威が襲ってきても、必ず。

 絶対に、必ず。

「君はボクが守る」


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