第39話楓奈、激怒する




「がう、フーナ姉ちゃんあっちだぞっ!」

「うん、わかったっ!」


「がうっ!? 違う、向こうだぞっ!」

「うんっ!」


「あ、あっちかも、確か近くに山があったからっ! がう」

「う、うん」


「がう? もっと大きな山だったような……」

「…………うん」


「あ、この山じゃないなっ! がう、もう少し木が多かったぞっ!」

「あ、あのさ―――――」

「なんだい、フーナ姉ちゃん?」


 飛行しながら、私に抱かれているアドに視線を落とす。

 そんなアドは、なぜか上機嫌に案内してくれている。


 それはいい、それはいいんだけどさ――――



「あのさ、他に特徴的なのないのかな? 山なんていくらでもあるんだし……」


 ご機嫌なアドには悪いけど、さすがに聞かずにはいられない。


 だって、アドの案内で、シクロ湿原を目指してお屋敷を出発したはいいが、かれこれ数時間探しても見つからない。そもそも目的地に近づいているのかさえ、怪しい。


 なぜか途中から湿原ではなくて、山探しになってるし。

 まるで山の間違い探しでもしているみたいだ。



「がう~、そうだな…… 後は近くに小さな街があったぞっ!」


「え? だったらそれ探そうよっ! 街の方が特徴あるじゃんかっ! そもそも街で聞いた方が早いしっ!」


 アドの答えを聞いて、思わず声を荒げてしまう。

 見渡す限りの山を探すより、もっとも効率的だ。



「………………え?」

「え?」


 って、なんでそこで不思議そうな顔してんの?

 もしかして今の説明でわかってくれないの?


 そもそもこの子、こんなに天然だっけか?



『あ~、そう言えばアドって最初、わたしの事怖がってたんだっけ。だからゆっくりと話も出来なかったから、どんな子なのか知らないんだよね』


 アドと私は、エンドとの戦いの途中から、何となしに仲良くなったんだ。

 理由はわからないけど、前みたく、威嚇されて噛みつかれるよりずっといい。



 まあいいや、この際だから――――


『むふふっ! 二人で旅をしながら、もっと親密になっちゃおうかな? アドもまんざらでもなさそうだし~、旅の恥は掻き捨てって言うしねっ! うっししっ!』


 飛行しながらも風圧で形を変える、アドの柔らかな塊を見てそう決心した。

 そしてこれはきっと女神の思し召しだと、メルウちゃんに一方的に感謝した。



――――



「あ、あれじゃない? アド。なんか街っぽいよね?」


 かなり小さく見える、建物を指差して聞いてみる。


「がう、もっと下に行ってくれ、フーナ姉ちゃん」

「うん、わかった」


 ひゅ~ん


 私たちはさっきよりも高度を上げて、かなりの上空から大陸を見下ろしていた。

 その方が探しやすいという事で。

 そして、その眼下で街っぽいものを見付けた。



「どう?」

「がう、正直よく覚えてないんだよなぁ~、人間が住む街なんて行く事なかったし」

「あ~」


 そうか。

 アドってそもそも人間の姿に慣れてなかったんだっけ。だから飛行も上手に出来ないし。

 その流れで街へ行く機会が無かったんだ。



「でも取り敢えず行って見ようっ! 街の人に聞けばわかるかもだし」

「がう、そうだなっ! フーナ姉ちゃんの言う通りだっ!」

「よし、なら街から離れたところに降りるね? 飛んでいったらびっくりされるかもだしね」

「がうっ! わかった」


 そうして、ようやく見つけた街を訪ねてアドと二人で歩いていく。




「ようこそノトリの街へ」


「う、うん、どういたしまして」

「………………」


 よく整備された街道をトコトコ歩き、この世界に来て2度目の街へやって来た。

 そこで街の門を守っているのであろう、高年くらいの門兵さんから挨拶された。

 


「お嬢ちゃんたち………… もしかして二人で来たのかい?」


 私とメドの目線に合わせるように、腰を屈めて聞いてくる門兵さん。

 白い口髭と同じ白髪の、気の優しそうなお爺ちゃんに見える。



「え? も、もしかして保護者がいないとダメなの? それならわたしがアドの保護者だよっ! わたしの方がお姉ちゃんだからねっ!」


 私の後ろに隠れているアドをチラと見ながら、平らな胸を張り高々と宣言する。

 ここで私の良いところ見せて、もっと好感度上げないと。 



「い、いや、そうじゃなくてだな。よく子供が無事にここまで来たと思ってな…… 途中で魔物に襲われなくて幸いだったなぁ。それで、どこから来たんだい?」


「がうっ! あっちだぞっ! 人族っ!」


 後ろに隠れてたはずのアドが、ヒョイと顔を出して南西方向を指差し、また隠れる。もしかしなくても、人間が苦手なんだろう。



「ん? ひとぞく?」


 門兵さんは、後ろに隠れたアドを首を伸ばして覗き見る。


「あ、い、今のはちょっとした遊びの延長なんだっ! 出会う人たちを『人族』って忘れないで言えるかのっ! だから変な事言ってごめんなさいっ!」


 アドを後ろ手でグッと抑えながら、門兵さんに謝る。



「うむ、ならいいのだが。近頃、人間に姿を変え、街へ潜入する魔族がいるとのお達しが、この街にも届いておるようだからな」


「え? 魔物が何で街に来るの?」


 神妙な顔つきになった門兵さんに尋ねる。



「それが、どうやら子供を攫うらしいのだ。幼い女の子ばかりを狙ってな」


「お、幼い女の子をっ! 幼女をっ!」


「そ、そうだ。しかも身分など関係なく、平民であろうが貴族さまの子であろうが、手当たり次第と言った様子で、この国では頻発しているらしいのだ」


「そ、それでその子たちは帰ってきたのっ!? 無事だったのっ!」


 思わぬ連続幼女誘拐事件を聞いて、門兵さん腰にガッと掴みかかる。



「おわっ! って、なんだ怖いのか? 確かに嬢ちゃんは幼いから気を付けた方が良いかもな。だ、だが妹の方は大丈夫、だと思うぞ?」


 私が門兵さんに抱きついた事で、独りになったアドをチラと見て話す。


「え? なんで? だってアドは妹だよ? わたしはお姉ちゃんだよ?」


 キョトンとするアドと、何故か言いずらそうな門兵さんを見て首を傾げる。


「う、うむ。だって、お前さんと妹では体型が余りにも違うからな。そもそもお前さんの方が姉と聞いて不憫に思えてきた…… まぁ、まだ子供のお前さんにいう事ではないのだがな、すまんな」

 

 そう言ってわざとらしく視線を逸らし、軽く頭を下げる門兵さん。


「ん?」


 なに?


 体型って、もしかして胸の事言ってんの?

 私の急斜面とアドの急勾配を見比べて?

 それで、妹に劣る可哀想なお姉ちゃんだって思われちゃったの?



『ううう~っ!』


 べ、別にいいじゃんっ!


 ツルペタはお気にだし、アドのボインちゃんを羨ましいとも思ってないしっ!

 何を知った気で同情してるの?



 こうなったら、


「むぅ~っ!」


 胸の前で腕を組み、頬っぺたを限界まで膨らませて猛烈に抗議する。

 これは私なりの精一杯の威嚇行為だ。



「そ、それで、攫われた子供たちがその後どうなったかの話だったよな?」


 私の怒り具合を目の当たりにし、取り繕うように話を戻す門兵さん。

 どうやらプンプンモードは効き目があったらしい。



「え~と、確かみんな無事だと聞いているなぁ、外見以外は」


「外見以外? って、それって――――」


 もしかして精神は無事でも、体をボロボロにされちゃったって事?

 せっかく幼女として生まれたのに? 私が一度も愛でてないのに?



「実は体だけが成長して戻ってきたんだ――」


「え? 体だけ?」


「そうだ。中身は無邪気な子供のままで、なぜか10歳ほど成長した姿になって帰ってきたんだ。しかも住んでいた街や村の入り口で発見されたらしい」


「………………」


「正直こんなことを言ってはいけないんだが、魔族に攫われて、心を壊されなくて無事に戻って来て良かったと思っている」


「………………」ぷる


「未来ある子供の命を奪われるマシだからな。命あってのも―――― ん、どうした? わしの話を聞いて、また怖くなってしまったか?」


「………………」ぷるぷる


 下を向き、肩を震わす私を心配して、顔を覗き込む門兵さん。

 因みに拳も握っているけど、袖が長すぎて見えないらしい。



「おい、大丈夫か? 顔が赤く――――」


「うが――――――――――っ!!!!」


「うわっ!!」


「うが――――――――――っ!!!!」


「な、なんだっ!?」


「うが――――――――――許せないっ!!!!」

「がう――――――――――許さないぞっ!!!!」


「……………………」


 私は遂に我慢できなくなって、空に向かって雄たけびを上げる。

 何故かアドも私の真似をして、拳を振り上げ絶叫を上げる。


 そしてその奇行を目の当たりにして、唖然と見つめるだけの門兵さん。



「お、おい、何をそんなに怒ってるんだっ!? 子供たちは無事で戻ってきたからいいだろうっ! それともわしが妹と比べて、嬢ちゃんの胸の事を――――」


「ちが―――――――――うっ!」


「ぬおっ!?」


「いくら心が無事だったって、体が成長したらダメなんだよっ! その体型とその幼さは、その瞬間だけなんだからっ! 1分1秒でも進んだら、そこには違う幼女が存在しちゃうんだよっ! その時間は戻って来ないんだよっ!」


 ダンッと地面を踏みつけ、唖然とする門兵さん相手に力説する私。

 この人はその貴重な幼女時代の事を何もわかってない。


 その大切な時間を奪う相手は、私にとっては敵なのだ。

 犯してはならない罪を犯した大罪人なのだ。



 だから――――


「は、はあ? お前さんは何を言って――――」

「ねぇっ! その魔族ってどんな姿してるのっ!」 

「そ、それはわしにもわからないっ! その都度姿を変えてるかもしれんし」

「なら性別は? 男なの女なの?」

「それもわからんっ! でもそれを知ってどうするのだっ!」

「そんなの決まってるじゃんっ! 退治するんだよっ!」

「な、なんだとぉ~っ!」


 ビッと空に向かって指を突き出し、声高らかに宣言する。

 実際は袖がだらんとなってるけど。

 でもそれを聞いて声が裏返り驚く門兵さん。


 だって全世界の幼女の敵は、私の敵だからねっ!

 だから私は、その極悪非道な真似をする悪魔を叩きのめす事に決めたんだ。


 

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