第10話お風呂同伴と魔法書




 メドと私は、破壊したテラスのテーブルと地面を適当に片付けした後で、お屋敷の中に戻ってきた。



「ね、ねえっ、メド。体も服も髪もずいぶんと汚れているよねっ? お風呂入った方がいいよね? 二人で入れる大きなお風呂あるもんねっ?」


 お屋敷に戻って早々「ふんふん」と鼻息荒くメドに提案する。



「お風呂?」

「そうっ、お風呂っ!」

「そうだね。入る」

「うんっ!」


 おおっ! キタキタッ!


「そ、それじゃ、わ、わたしが洗ってあげるよっ!」


 隅々までっ!


「別にいい」

「な、なんでっ!?」

「一人で洗える」

「…………………」


『そりゃそうだ……』



「――んで」

「うんっ?」

「なんで入りたいの? 一緒に」

「なんでって、それは――――」


 そんなの決まっている。

 メドと一緒に泡泡したいからだ。


 泡をメドにくっ付けて「フーっ」としたり、泡をメドに塗りっこしたり、泡をメドが私に塗りっこしたりと、とにかく泡泡したいのだ。


 泡泡パーティー(プレイ)なのだっ!



「メドをわたしが綺麗にしてあげたいんだよね、お屋敷のお礼も兼ねてさっ!」


 「ね、だからいいでしょうっ!」

 そんな考えを悟られないように、笑顔を作ってメドに答える。



「そう。なら勝負だね」

「な、なんでっ!?」

「だってワタシ一人がいいから」

「…………………」

「…………………」


 やっぱりまたこのパターン、かい。



 それでも私は気を取り直して、


「だったら、何で勝負するっ? わたし腕相撲だったらさっきので疲れちゃったから、今度は負けちゃうかもなぁっ! ああ、腕相撲はやだなぁっ!」


 腕を抑えながら「もう勝てないかもぉ!」と叫んでチラチラとメドに視線を送る。

 今のところ、腕相撲は勝ち確なのだっ!


 これに持ち込めば泡泡タイムが待っているっ!!



「どう? …………」

「にらめっこ」

「に、にらめっこぉっ!?」

「そう。にらめっこ」

「腕相撲はっ!? わたし今やばいよぉ! 腕、取れそうだもんっ!」

「それは、嘘」

「…………………」

「ゴメンなさい、嘘つきました」


 メドの無言の圧力に我慢できなくなって、正直に謝まる。



「にーらめっこ、しましょ――――」

「へ?」


 ま、また、突然に始まるのっ?


 ちょっと待ってよぉ!

 落ち着かないとぉ!



「あわわっ」

「――――あっぷっぷっ!」


 そうして、また突然勝負が開始された。

 もしかして意表をつく作戦なのかな?


 なんだけど、


「じ~~ …………」

「ジ~~ …………」


 メドがジト目の無表情すぎて、これ、にらめっこにならないんだけど。


 これじゃただ単に幼女同士が見つめ合ってるだけだよ。



『――でも、やっぱりメドは美幼女だねっ! 白くて長い髪も肌も、長いまつ毛も、小さな口も、青い目も。どのパーツも文句ないくらい完璧だよ。でも、もうちょっと愛嬌があれば更に完璧なんだけどな』


 そんなメドを見ていたら、なんかドキドキしてきた。


 こんな美幼女と二人きりで見つめ合うなんて――――



『んんっ! 私の唇奪っていいよぉっ! メドならいつでも大歓迎だよぉ』


 おもむろに目を閉じて、唇を「んちゅ~」と突き出してみる。


『なんてね? メドがそんな事してくれるわけないよね?』


 そんなありもしない思いを止めて「パチ」と目を開く。

 これじゃ決着付かないからね。


 

「えっ?」


 ただし、そこにはジト目のままのメドがいなかった。


 それを見た私は――――



「うっひゃひゃひゃひゃひゃっ! な、なんでそんな顔になってんのぉっ! ひきょうだよっ! そんなのないよっ!? あひゃひゃひゃひゃっ!!」


 お腹を抱えてゴロゴロと床を転げ回る。

 メドの豹変した顔を見て、堪らず奇声を上げ爆笑する。



『だ、だってえっ! そんなの我慢できないよぉ!』



 その瞬間、私の負けが決定した。




◆ ◇ ◆ ◇




「くふふふふふっ~~!」


「ん、いつまで笑ってる。あとちょっと気持ち悪い。笑い方」


 私とメドはお屋敷のロビーを歩いている。 

 時折メドをチラ見して思い出し笑いをしてしまう。



「グフフフ~ッ! だってメドが悪いんだよっ! グフフッ」



 そう。この笑いが収まらないのはメドが悪い。


 無表情のメドがまさかあんな変顔をするとは予想外だった。

 普段のクールそうな印象からは間違っても想像できない。

 あんな特技を持っていたとは。



「それじゃ、ワタシはお風呂入ってくる」

「えっ! じゃわたしは!?」

「ん、外にも部屋にもお風呂ある」

「メ、メドは、どこのお風呂に入るのっ?」

「1階の広いお風呂」

「ふ、ふ~~ん、そ、そうなんだぁっ」

「それじゃ後で、フーナさま」

「う、うんっ!」


 メドはそう言って、ロビーから階段の奥に向かって歩いて行った。


「………………よし」


 メドがいなくなったのを確かめてキョロキョロと周りを見渡す。

 何もいないし、何も聞こえない。



「だ、誰もいないよね? もう少ししたらメドのお風呂に行こうっ! そしてメドのあられもない生まれたままの小さな裸体を――――」


 グフフフフッ!


『生まれたままって小さなドラゴンなの。幼竜なだけなの』


「えっ!?」


 なになにっ!


 突然聞こえた声にびっくりしてキョロキョロする。


『もう、1時間経ったの。フーナお姉さん』

「あ、メルウちゃんっ!?」


 そうだ。


 このちょっと甲高くて可愛い声は女神のメルウちゃんだ。



『そうなの。あれから1時間ずっと待ってたのに、お姉さんわたちの事ずっと呼ばないんだもん。さびしか、じゃなくて心配したの』


「ああごめんねっ! ちょっとあれから色々あって、それで――」


 あれ? 

 忙しいって言ってたのに『ずっと待ってた』て言ってなかった?



『ふ~んなの。それでなんでわたちを呼んだの』

「え?」


 いやいや、今は呼んでないよね?

 メルウちゃんが勝手に私を呼んだんだよね?

 きっと暇だから、相手して欲しいんだよね?


 なんて、言ったら絶対に拗ねちゃうから言わないけど。



「うん、ああ、それなんだけど、なんだっけかなぁ? メルウちゃんに聞きたい事。たくさんあったんだけどなぁ?」


 「んん~」と腕を組んで考えてみる。

 なんだっけ?


 ピコンッ!


「あっ!」

『あっ!』


 なぜかメルウちゃんと被って声を出してしまう。


「メ、メルウちゃんからどうぞっ!」

『フーナお姉さんからでいいの』


 更に被ってしまう。


「…………」

『…………』


「じゃ、わたしからでっ!」


 無限ループしそうだったので真っ先に手を挙げた。


『…………どうぞなの』


「あ、あのね、メルウちゃん。わたし魔法の使い方わからないんだけど、教えてくれるかな?」


 なんか微妙に不機嫌な声のメルウちゃんに聞いてみる。


 私は魔法使いのはずだけど、キチンとした呪文とか名称とか知らない。

 それと力の制御がわからないから使う度に大惨事になってるし。



『え、そんな事なの? それじゃ少し待っててなの』


 そう言ってメルウちゃんの声が聞こえなくなった。

 その代わりに「ガサガサッ」とした音だけが聞こえてきた。


 何か探し物??



『あったっ! あったっ! これなのっ!』

 

 数分してメルウちゃんが戻ってきた。

 まぁ、声だけだけど。



「メルウちゃん、何があったの?」

『うん、マンガで教える「蟻でも使える魔法入門書(初級編)」なの』

「は?」


 なにそれ? 蟻でも魔法が使えるって事?


 そんな蟻いたらおっかないよっ!

 どこにいても落ち着かないよっ!



「え、それって、今メルウちゃんが持ってるって事?」

『うん、わたちが今持ってるの』

「……………………」


 どこの世界にいるかわからない、そんな持ち物をどうしろと?


『そしたら、目をつむってなの』

「え、目をつむるのっ! わ、わかったっ!」


 何の疑いもなく言う通りに目を閉じる。


 もしかして目を開けた時に、その本が私の腕の中に?

 さすがは女神さまだね。小っちゃくても女神だよね。


 何て想像しながら、その後を待ってみる。


「………………」ドキドキッ


 すると、


『え~~と、まずは「どの生物にも魔力が存在します? ただ魔力には、こ、こびと、さがあって」んんっ! 読めないのっ! 次っ! うん?「蟻にも、ドラゴンにも」……』


 必死に何かを読んでる声が聞こえた来た。



「え? それって――――」


 音読か~~いっ!!

 送るんじゃなくて、メルウちゃんが直接読むんかぁ――いっ!!


『しかも、どこか読めなくて内容飛ばしてるじゃんっ!』


 それと蟻とドラゴンってなにっ!?

 差があり過ぎるだろうっ!

 意味わかんないけどっ!!



「ね、ねえ、メルウちゃんっ! もっと簡単な方法はないの? それだと時間かかっちゃうよねっ、メルウちゃんだって忙しいんでしょっ!?」


 そんな読めもしない入門書を読まれたって、絶対に覚えらないよっ!

 しかも時間かかり過ぎるよっ!


『仕方ないの。それじゃ送るの。また目をつむってなの』

「う、うん、それでお願いっ!」


 ってか、結局は送れるんかいっ!

 さっきの音読はなんだったのぉ!?



「う~」


 パチッ


 仕方なくまたメルウちゃんの言う通りに目を閉じる。



 するとすぐに、


「ああっ! な、なにこれぇっ!? 頭の中に蟻とドラゴンがぁっ!?」

『これでお姉さんは覚えたはずなの』


 メルウちゃんの声で、現実に意識を戻す。


「え、今の何っ!? 頭の中に蟻とドラゴンがぁ! 蟻が呪文を?」


 そんな摩訶不思議な情景が頭の中に入ってきた。



『それは、わたちが見た物を、お姉さんの頭の中に送ったの』

「ええっ! そ、そんな事まで出来るんだ、メルウちゃんっ!」

『ふふんっ! なの。わたちがちょっと本気出せば、こんなものなの』


 これは目には見えないけど、きっと胸を逸らしてドヤ顔で言ってるに違いない。

 そんな姿が見えなくても思い浮かぶ。


 それじゃあ尚更、さっきの音読はなんだったの?


 って聞きたいけどやめる。



『それで、フーナお姉さん見えたでしょ。だからもう大丈夫なの』

「う、うん。ありがとうございます」


 確かに挿絵付きの入門書が見えた。


 ところどころ汚れてるのと、破けてるのとページが飛んでる以外は問題ない。



「そういえばメルウちゃんも、なんか言い掛けてなかった? さっき」

『あ、そうだったの。フーナお姉さんのおかげで思い出したの』

「うん、それで?」

『あの階段の上の、大きな絵なんだけど』

「絵? ああ、そう言えば――――」


 2階の踊り場の中央に大きな鳥か恐竜みたいな絵が飾ってあったね。


 そう記憶をたどって思い出す。

 確かこの真上だったような。



「それがどうしたの? メルウちゃん」

『うん、あの絵のモデル。あれ、エンシェントドラゴンなの』

「えっ!?」


 な、なんでそれが元メドのお屋敷に飾ってあるの?


『ごく』

 も、もしかしたらメドって、やっぱりエンシェン――――



 ガチャ


「ん、フーナさま。さっきから誰と話してるの?」


「うぴゃっ!?」

『………………』


 なんて、メドの正体について考えていると、背後からその渦中の人物が現れた。

 その突然の登場にピョンと飛び跳ねて驚く。



「あ、あのさ、メドって本当は――――」


 恐る恐る声のした背後に振り向く。


 ここは面と向かって話をしないとダメだ。


「え?」

「ん」


 だったんだけど、そのメドを見て固まってしまった。

 お風呂上がりの色っぽい姿に目を奪われて。


 濡れた白い髪も、火照った赤い肌も、妙に色っぽい。

 タオルで髪を拭く、何気ない仕草もエロ可愛い。


 そんなメドを前にして黙ってしまうのは仕方ない。

 こんな美幼女にお目にかかれる事なんて、そうそうないのだから。



 ただそれが、お風呂の覗きが未遂に終わった瞬間でもあったけど。




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