第3話たくさんの魔物に襲われます




 下半身だけ残っているクマを横目に、恐る恐る自分の格好を見てみる。



「うん、どこも汚れてないよっ! 良かったぁ~」


 ぶつかった杖にも、ピンクと白のふりふりのローブにも、そして被っている三角の帽子にも体液や肉片が付いていなくてホっとした。


 それにしても――――


『あの末っ子女神、いくら可愛いからって許されると思うなよぉ! 何でもかんでも適当過ぎるでしょうっ!』


 私はこの短時間でやらかしたメルウちゃんのを思い出す。


「…………………」


【若かったなら】

 を願ったら、少女を通り越して幼女に。

 おかげで自慢だった胸もぺったんこに。


【女神特製の魔法少女の衣装】

 もサービスで貰えれば、ダメっ子女神メルウちゃんの特製魔法使いの衣装で、なぜかサイズは大人物だし。おかげでまともに歩けない。杖も長いし。


【強かったなら】

 の願いも、5メートル以上もある魔物っぽい生き物を、ちょこんと殴っただけで粉砕してしまう。おっかなくて誰にも触れない。



「あと他にやらかしてないだろうね? メルウちゃん。えーと……」


 ちょっと私が死ぬ間際の、最後の願いを思い出してみよう。


『………………』


 確か『若かったら』と『強かったなら』と『取り戻せたら』と『魔法少女だったら』だったよね?


 指折り数えて思い出していく。



 まずは『若かったら』は叶っている。

 幼女姿で甚だ不本意だけど。


 『強かったなら』も大丈夫。

 たった今クマの魔物を爆散させたから。


 『取り戻せたら』は

 メルウちゃんが薄い本を取り戻してくれた。


 そして最後の『魔法少女だったら』は?


「あっ!」


 あれっ!?

 これは確かめてないよ?


「え、それじゃ私は今、実は…………」


 私は目を瞑り意識を集中する。

 そしてゆっくりと呪文を紡ぐ。


「ぺ、ペ〇ッコ・ラブ〇ン・クル〇ル・〇ンクルッ! 大人になあれっ!」


 昔見た魔法少女系の呪文を唱えてみた。

 子供のころよく鏡の前で練習したやつだ。


 し――――――――――ん


 えっ!? 違ったかな。


「パンプ〇・ピン〇ル・ト〇ポップンッ! 大きくなあれっ!」


 し――――――――――ん


「あれ? これじゃないの? じゃ、次っ!」


 それからも知っている限りの魔法の呪文を叫んでいった。

 けれど虚しく、私の声が森に響いていくだけだった。


「つ、次こそはっ!」



※ ※ ※ ※



「はぁはぁ、もうなんなのぉ! わたし魔法少女じゃないの!?」


 それから知ってる限りの呪文を唱えたが何も変化がなかった。


「うううっ! ぐすん……」


 それも悔しいんだけど、それよりもずっと恥ずかしい。

 誰も周りにいないけど、実年齢的にもの凄く恥ずかしい。


 こんな本気で呪文を唱えたのは数十年ぶりだ。



「あっ! もしかしてっ!」


 ポンっと私は手を叩く。

 袖が邪魔して「ポフッ」になってたけど気にしない。


「……ひ、火よ、出て」


 袖の被ったままの腕を前に出して、そう言ってみた。


 途端に、


「うわわっ!」


 ゴオッオォォッッッッ――――!!


 もの凄い勢いで大きくて長い炎が噴き出していた。

 まるでテレビで見た火炎放射器よりも長くて広範囲だった。


 その勢いは優に50メートルは超えていた。



「や、やっぱりねっ! メルウちゃんは「魔法少女」を知らなくて「魔法使い少女」にしちゃったんだねっ! わたしの事っ」


 そう言えばメルウちゃんは「魔法少女」も「魔法使い少女」も

 一緒だって勘違いしてたんだった。


 これが正解だったんだね。


「うんうん、そうだね。そうだったよっ!」


 一人納得してトコトコ歩いていく。

 思ってたのと違うけど魔法は使えるっぽいし。


「あれ?」


 何かの灯りが私の影を長く伸ばして揺らめいている。


 パチパチッ、パチパチッ


 ボォォォ――――ッ!

 ゴォォォ――――ッ!


(ガルルルル――ッッ!)

(ガルルルル――ッッ!)

(ガルルルル――ッッ!)

(ガルルルル――ッッ!)



「…………ど、どうしようっ!」


 森を背にして灯りに映し出された私の影以外に、犬か猫みたいなシルエットがたくさん現れては揺れている。


「も、もう、やだぁ~~っ!」


 それを背にしながら逃げるように走る。

 その影はどう見ても可愛らしいものでは決してない。


 なんて怖くて走るんだけど――――


「うっ!」


 私が走るとそれも一緒に動く。

 全力で走るけど、この幼女の足と長すぎるローブが邪魔をする。


 そしてすぐさま、


 コテンッ


「あうっ! あっ! ちょっと待ってっ! あああ~~っ」


 10メートルもしないうちに前のめりに転ぶ。

 そして転んだ私の上に黒い何かが大量に覆いかぶさってくる。


『ガルルルルルッ!!』×10


 1匹や2匹じゃない。数えきれない程の黒い何か。

 視界に映る全部が、黒い獣のような魔物だった。



「う、きゃあぁぁ~~っ! や、やめてっ! 噛まないでっ! 食べないでっ! 引っ張らないでぇっ――――!」


 私は押し倒されたまま身動きが取れず、至る所を噛まれ、食いちぎられ、切り裂かれ、無抵抗に蹂躙されていく。


「わああああああっ――――!」


 こんな小さな私なんか一瞬で喰われてしまう。

 きっと骨も残らずに、すぐに存在自体が無くなっちゃう。



「――ああ、早かったな死んじゃうの。でもあの薄い本はメルウちゃんが取り返してくれたし、少し安心かなぁ。ああ、メルウちゃんにもう一度会って××したかったなぁ――」


 半ば諦め、私はそっと目を閉じる。


 さすがにこの数じゃ逃げられない。

 いくら強いと言ってもこんなにやられたんじゃ助からない。



「…………魔物が来たのって、また私が騒いでたのと、火事を起こしたせいで出てきちゃったんだよね?きっと。わたし馬鹿だなぁ~」


 ガブッ、グシュ、ザクッ ズズッ


 私に覆い被さり群がった黒い魔物は、その鋭い爪や牙を小さい手足や首筋、胴体の至る所に突き立てている。


 でも、


「……あれ? まだわたし生きてる? 他に思い残す事あったかなぁ?」


 ガブッ、グシュ、グボッ、ザシュッ


「………………なんか遅くない?」


 いつになっても変化のない自分を不思議に思う。

 そういえばどこも痛くないし、どこも破けていない。


「も、もしかしてこれって………… ならっ!」


 そう。

 無事なのはメルウちゃんに貰ったこの体と、女神特製の衣装のせいだ。


「火よっ! わたしの全身から出てっ! そして魔物を燃やしてぇっ!」


 魔法を唱えると、すぐさま全身から炎が激しく吹き出る。


 ボウッ!! 


 『ギャンッ!?』


 ジュッ! ×10


「………………」


 そして私の視界は一瞬にして夜空を映し出す。


 残ったのは、ただ焦げ臭い匂いだけだった。

 どうやら黒い魔物は異常な火力で消し炭になって、そのまま風に舞ってしまったようだ。



「ふぅ~」


 スクッと立ち上がり、自分の体を確認してみる。


「や、やっぱり大丈夫みたい? なんともないよ」


 メルウちゃん特製魔法使いの衣装は、あの魔物の牙も鋭い爪も全く通さなかったようだ。もちろん体にも痛みが無かった。


 メルウちゃんは『頑丈なの』て言ってたけど、確かに頑丈だった。


「助かったの。メルウちゃん色々疑ってごめんなの。ありがとうなの」


 なんて、メルウちゃんの真似をしてお礼を言ってみる。


 ちょっと余裕が出てきたよ。

 頑丈な衣装と魔法の力のお陰で。


「さてと」


 私はそう言って振り返り「ゴウッゴウッ」と燃えている森を眺める。


 魔物に襲われている間にもかなり延焼が広がってしまっていた。

 あまり大きくない森だが、三分の二ほど延焼が進んでいる。


「ふふんっ、今のわたしだったら、こんな火事なんて、すぐに消しちゃうんだからっ!」

 

 今の私は女神から授かったな魔法の力を持っているんだ。

 だからこんな火事を消すなんて、簡単、簡単。


「よしっ!」


 両手を上に掲げて呪文の準備に入る。

 また袖がダラッてなるけど気にしない。


「雨よ、うん、雨? これって魔法じゃなくてまじないいの種類だよね? 魔法じゃないよね? ん~~ だったら」


 一度腕を下げて、顎に手を当てながら考える。


「あっ! それじゃこれでよしっ!」


 私はもう一度両手を上に掲げる。

 袖がまたダラッてなるけど気にしない。

 それに多分ポーズも関係ない。


「み、水よ、森に降ってっ! そして火を消してっ!」


 すぐに空中に森の大部分を覆う大きさの水の塊ができた。


「よ、よし! そのまま一気に降り注いじゃえ~~っ!」


 上げていた両手を「バッ」と地面に向けて勢いよく降ろす。


 ピュンッ


「えっ!」


 途端、水の膜から、およそ水が降り注ぐ音とは思えない程の効果音が鳴る。

 それはまるで銃弾のような速さで森に鋭く降り注ぐ。


 ピュンッ

 ピュピュピュピュピュッ――――



 銃弾の様に、森全体に降り注ぐ雨。

 それは森をハチの巣に、木々という木々を破壊していく。


 ズガガガガガガ――――ッ!!

 ズガガガガガガ――――ッ!!



「うええええっ! ちょっと待ってぇ! ちょっとタンマッ! 今すぐ止まれぇ~!」


 予想外の光景に慌ててストップをかける。


 が、それでも森全体に振り注ぐ銃弾が止まらない。


「え!? え!? なんで止まらないのっ!」


 もしかして、何かキーワードがあるの?


「み、水よっ! 止まってぇ――――っ!!」


 ピタッ。


「と、止まったぁ。やっぱり同じ単語じゃないとダメなんだねっ!」


 私はホっと胸をなでおろす。

 そして森を見渡してみる。



 ところが――――



 そこには森がなかった。


「……………………」


 見渡す限りが焦土と化した、ただの山だった。



『グウオオォ――――ッッ!!!!』



「きゃあっ!」


 焼け野原と化した山の向こうから、月明かりを後ろに、大きな影がこちらに向かって飛んでくるのが見える。


「こ、今度は、なにっ!?」


 こちらに向かってくる影はどんどん大きくなる。


『な、なんか、縮尺がおかしくないっ!?』


 そしてその巨大な影は、私の上空に大きな蝙蝠の様な翼を羽ばたかせて留まる。


「う、うそでしょ?」


 その全長はざっと50メートルは超えていた。


『……オマエカ、ワタシノモリヲコンナニシタノハッ!』


「ア、アナタハ、ダレ?」


 ガクガクと全身が震えながら、どうにか声を絞り出してみる。


 森? もしかしてこの竜が住んでいたの?

 その森を私が燃やして、撃ち抜いて…………


 こ、こわいっ! もの凄く怖い! 思わず漏らしそうだよっ!

 いや、ちょっと出たかもっ!



『ワレハ、ココノモリノ、ヤマノヲスミカトシテイル。、トヨバレルモノダッ!!』


「えっ!?」


 この信じられないくらい大きいのが『エンシェントドラゴン?』

 女神さまの願いの一つで、私が倒さなくちゃならないターゲットの?



 そんな急激な展開に私は――――



「ご、ごめ"んなざあぁぁぁ――――い"っ!」


 ボロボロと泣きじゃくりながら謝った。

 頭を地面に擦り付けて、必死に謝罪した。



 これが生まれて初めての『土下座』だった。

 

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