第7話 ぼくら対かれら

「くそ。『遮断』って奴は…敵に気配を悟られないのはいいが、自分も目視しないといけなくなるのが億劫だな…」


ロックは息を潜めながら、宮殿内を探索している。


アンディとロック、そしてまだ見ぬもうひとりの敵、彼らの目的は仲間と合流し、ルフス兄弟の息の根を止めることだ。


彼らはマタイが言ったように帝国軍の人間である。しかし、今回の暗殺は軍からの指令ではなかった。


軍部というものは、一枚岩の組織ではない。


特に、様々な民族、人種のである帝国軍では、各々が所属する集団の利益になるような行動をとる。


ロック達は、言うなればナショナリスト。


皇帝による帝国領内の完全統一を目論み、属国であるノヴバルパアイシャの王朝を解体、帝国への同化を謀る集団の一員。


「…獣亜人は南国産、ごつい剣士の鎧は東国風の装飾…やはり何か企んでるに違いないんだ…」彼らはその中でも急進派であった。


「シモン…先代は何でもねぇ只の傀儡だったが…こいつは違う。王になって間もないのに、働きすぎだ」


ロックの言う通り、シモンは先王が亡くなると直に王位を継ぎ、サンカにおいて様々な改編を進めていた。


それまで国が独占していた貿易港の解放、サンカ内の都市整備、傷病者保護の拡充、文化財の保全等…


のように、それまでのノヴ王とは異なる政策を打ち出していた。



ロックはそう呟いて振り返る。


そこには、タキシードに身を包んだ、長い黒髪の男が立っていた。


「なぁ、ヴィテの兄貴」


「ああ、殺そう。さあ、殺そう」黒髪の男は眼鏡を光らせる。


「皇帝の泉は美しくなければならないのだ。鏡面のように。極星のように」


男がこぶしを固めると、バチッという音と共に、床が真っ黒に焦げた。


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―――


金属音。


十分か、一分か。いや、はるかに短く、重厚な数秒の世界。


火花。


二人の男が殺し合う。今日初めて出会った、名も知らぬ敵と。


飛沫。


剣が薄皮を剥ぎ、拳が骨を震わせる。


敵と敵。緊張と狂気を楽しむ騎士同士。


彼らは死を隣に置かなければ、生きられない生物。


再び金属音。




「『動くなフリーズ』っつてんだろ!」


氷柱がマタイの手から一直線に伸びる。


「だぁれが!クソザコの戯言を聞くか!『ぶっ飛べガスト』!」


アンディも負けじと掌から烈風を放つ。風を受け、氷は空気中に拡散、蜘蛛の巣状の結晶を形作る。


「チッ!鬱陶しい氷だ!『融けちまえ』!」


さらに放たれた火炎によって、氷結晶が一瞬で水となる。


しかし、氷への対応でアンディに生じ、そのスキをついたマタイの剣がアンディにヒットする。


鈍い打撃音。


「だぁから!効かねぇんだよ!」


しかし、全身を魔法で硬化したアンディは、剣戟をも軽々と受け流す。


「そら!『凍っちまえ』!」マタイは凍結魔法を放つ。


が、様子がおかしい。何故?


何故?冷気が感じられない?


何故?奴は不敵に笑う?


アンディはマタイの手首をがっしりと握ると、白い歯を見せて叫ぶ。「馬鹿の一つ覚えが!『焼け死ね』!!」


「!!?」


アンディの叫びと共に、二人の体が燃え上がる!


「てめぇ!馬鹿!離せ!」


「誰が!このまま死ぬんだよお前は!」


その言葉にマタイは青筋を立て、渾身の力を込めてわき腹を殴る。


「ぐっ!」急所を殴られて、腕を掴む力が緩む。


それを逃さず、マタイは火炎から距離を取るが、まだ鎧に火がついている。


仕方なくその場で転げ、地面を使って火を消す。


「てってめぇ…!…づぁ!」アンディは自分の体に着いた炎を鎮めると、怒り狂ったように鋭い烈風を放つ。「クソ!クソ!死ね!」


その中の一吹きが脚に直撃し、血が噴き出す。


しかし、マタイは炎に焦がされ、烈風に裂かれてなお、余裕の表情を崩さない。


「んな魔法、効かねぇよ…馬鹿。使い過ぎて…もうバテバテ…じゃねぇか」


マタイの言う通り、アンディの息は上がっており、明らかに疲労が見える。


魔法は生命の力をエネルギーとする。故に、使用者の力が弱まれば、術も弱まるのは必然。


しかし、怒りの炎に包うた男の頭は、そんな理ですら焦し尽されていた。


「知るか!」アンディは短刀を取り出す。「死ねよやぁ!」


肉が裂かれる音。


刃が突き刺さる感触。


血飛沫は鮮やかな黒色をしている。


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アンドロからノヴの歴史を聞かされた2人は、その後図書室内をウロウロしていた。


彼の言っていたように、本棚には歴史書の類が多く収められている。


タイガはその中の一冊を手に取ると、ページをパラパラとめくる。


「僕、何も知らなかったんだね。自分の生まれたところのことも」小さな声で呟く。「なんかちょっと恥ずかしい」


「知らなかったら、これから知っていけばいいよ。その為に旅に出るんじゃない?それに、僕だって知らなかった」


「…そうだね」タイガはちょっとだけあっけにとられて、ふっと笑う。


スズは彼女が笑ってくれたので、少し安心する。


「でも、どうしよう。アンドロさんは慌ててどこかに行っちゃったし…」


つい先ほど、執事は主の危険を察知し、救援に向かっていた。


しかし、今起きている事態は、スズ達と無縁、故にそれを教えていなかった。


その時、部屋の扉が勢いよく開き、ルカが息を切らしながら入ってきた。


「スズ!いる!?」


急に自分の名前を叫ばれ、スズは心臓が飛び出しそうになった。


「ど、どうした?」


スズはタイガを連れて扉の前にいるルカの元に走った。


「あぁ!よかった居たのね!」ルカは少し嬉しそうに続ける。「貴方の身体を貸してほしいの!いい!?」


その言葉にタイガが反応する。「え?身体…?」


「それについての説明は後。今、賊がこの宮殿に入り込んだわ。マルコとシモンが命を狙われてる」


その言葉を聞いて、タイガは身を竦める。「え…?ホントに?何で?」


「何でって…理由なんてありすぎて分からない。スズ、『私の魔法』なら…一気にカタをつけられるかもしれない」


そう言ってルカはスズの肩を掴み、瞳を見つめる。「お願い!」


スズは戸惑いを隠せなかった。まさか、またも『爆弾』になる日が来たのか。


二度と来ないと思っていた『人殺しの道具』に。


あんな後味の悪い経験はもうしたくない。けれど、マルコの命に危険が迫っていることも事実だった。


彼にはお世話になった。流れれっぱなしの自分の生き方を変えるきっかけをくれた.


だから、彼と離れる前に、少しでも恩返しができれば、そう思っていた。


それが、こんな形になるとは思わなかったが。


「……分かった。これで最後。やるよ」


「!…ありがとう」ルカが喜びで歯を見せる。


そこに、マルコとシモンが遅れて到着した。


マルコは何か言いたげにルカへ詰め寄ってくる。


「ルカ!勝手にスズを…!」


言いかけた所で彼は気づく。


スズの目には覚悟が宿っている。彼は自分の意志に従って、今日爆弾になるつもりだ。


もはや彼は道具ではない。


「…とりあえず、タイガは安全なところに」


マルコはもう、スズのことについて口を挟むつもりはなかった。


「しかし、独りで逃がすのは危険すぎないか?」


シモンがそう言った時だった。


廊下の奥から矢が飛んでくる。


角に敵。しかし、今度は先ほどとは違う男がもう一人見えた。


マルコが余裕で矢を弾き落とす。


「タイガ!部屋の奥だ…っ!」


その言葉を聞いて、タイガは慌てて図書室の奥へと走っていった。


ルカ達も部屋の中に入り、扉を閉める。


廊下にはマルコと、敵二人。


先ほどの男たちレベルであれば、負けはしない。


マルコはそう思っていた。


「…?」


腕に違和感。少しだけ痺れるような感覚。


地面に落ちている矢に目を向けると、それは若干電気を帯びているように見えた。


マルコは瞬時に危険を悟る。




「『雷霆インドラ』」




轟音と共に、一瞬辺りが光に包まれる。




「フン。扉を壊して避けたか……飛び道具を介すると、威力は極端に無くなるな」


ヴィテは焼けただれた右腕を擦りながら呟く。「剣であれば、痺れさせるくらいはできたものを…」


「魔法はそういうモンだよ」クロスボウに矢を装填しながらロックは続ける。


「使うならコレだ」と、右手で何かを掴んで見せた。


それを見て、ヴィテは禍々しい笑みを浮かべる。


「ああ、最高だ、ロック」


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首から滴る痛みの血。


「ぐ、ぅ、っが…」


喉を斬られてしまえば、もはや息絶え絶え。


裂傷による激痛に加え、まるで窒息しているかのような圧迫感。


手の力が抜け、短剣が地面に落ちる。


「間一髪、残念だったね」


アンディの首を齧りながら獣人が喋る。


短剣がマタイの頭に振り下ろされる刹那、既に気を取り戻していたハンナが後ろから強襲。


目の前の敵しか見えていなかったアンディはカウンターを取ることもできなかった。


「…でかした…ハンナ」マタイは荒くなっている呼吸を鎮めるように目を閉じる。


顔を痙攣させながらアンディが言葉を絞りだす。


「な…あ…近…魔…」


「獣人は丈夫なの。どう?アンタら帝国の人間が侮蔑してる亜人に殺される気持ちは?」


鋭い牙を肉に深く沈ませる。「ほら、皇帝に乞えば?神に祈れば?救われるカモね」


嘲り顔で、ハンナはアンディの髪を掴み、無理やり顔を振り向かせようとする。


アンディは彼女の目を見ると鼻で笑、血の混じった唾を顔に吐きつけた。


「くたばれ獣人…『この命、帝国の為に』…」


そう言って、アンディの眼球がグルんと回り、身体中の筋肉が一気に弛緩する。


死んで重くなったアンディの髪を離すと、それはドサッと地面に倒れる。


ハンナは目を細め、口に含まれていた血液を、死体に吐き捨てる。


そして、動かないアンディの顔面を、思い切り蹴飛ばした。


ゴロゴロと転がる肉。それを見下しながら獣人ハンナが呟く。


「なにが帝国だ。畜生」


そのまま、彼女は再び、気を失った。


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スズは扉の近くで、敵が来るのを待つ。


他は死角に潜んで、敵が入ってきたところを、爆発で仕留めんとする。


廊下に人の影。


部屋中に緊張が走る。


しかし、扉の向こうに現れたのはアンドロだった。


彼の衣服はズタズタに引き裂かれ、全身が赤く火傷していた。


「アンドロ…」


マルコは執事の満身創痍の姿を見ると、駆け寄ろうとする。


しかし、兄が腕を掴み引き留めた。「馬鹿者。今、扉に近づくな」


アンドロは図書室に入ってくるなり、膝をつき、そのままうつ伏せに倒れた。


もう立つことさえままならない程に痛めつけられたのだ。


執事は最後の力を振り絞り、焼け爛れた喉を震わせた「皆様!どうか…」


瞬間、アンドロの身体が光に包まれ―


鳴る。


全方位に稲妻が走り、入り口近くの本棚やインテリアが一瞬で消し炭と化す。


ヴィテはアンドロの体に魔力を溜め、それを解放したのだ。


スズの顔に生温い何かが跳ねた。


それを指で拭う。


眩んでいた目を開けたスズが見たものは、自分の指に引っ付いた、何かの筋と脂肪片。


ピントを奥にずらすと、そこには原形をとどめない程焼け焦げた、元人間の肉の塊。


それは、スズも見たことがあった。


この世界に来た日、自分が殺した盗賊の骸。


いや、それよりももっと酷い。


先ほどまで自分と話していた人が、もう二度と話せなくなった。


数十年間、生きてきた老人の、最悪最低の末路。


そう言った思考が充満し、スズの身体は硬直した。



刹那、扉からロックが飛びかかってくる。


スズの頭にクロスボウを突きつけ、ためらいもなくトリガを引く。


ガンッという鈍い音。


衝撃で吹っ飛ばされる。


彼は手ごたえが感じられず、床の上で仰向けになっているスズを踏みつける。


スズは胸を押さえつけられ、咳き込む。


痛みや苦しみはないが、妙な圧迫感が不快だ。


「チッ!『硬化』か…」


ロックは矢を装填しながら呟く。


「放しておくなよ。『雷霆』を防いだ上に、瞬時に『硬化』。結構な手練れだ。それに…」


仲間にそう伝え、ヴィテは顎を使ってロックに前を見るように示した。


その先には、額に汗をにじませながら、睨む付けてくる女。


彼女の周囲は薄い膜に覆われ、それによってマルコ兄弟を守っていた。


『防護壁』、自分の魔力を周囲に展開し、他人の魔力を打ち消す魔法。


生命力によって魔法が放たれるならば、生命力によってそれを防ぐことも可能である。


「自分の命を削る技術。故に高い精神力がなければ成り立たない」


ヴィテは感心したようにルカとスズを交互に見る。


一介の護衛役カベとしては十分な働きだ。だが、相手が悪すぎる。『死ねインドラ』!」


ヴィテは再び自分の手から雷を放つ。


狙いはルカ。


「そう何度も使えるものではない」


強烈な光によって、またも視界が塞がれる。


雷は防護壁に衝突し、消滅。


ほぼ同時に、弦が震える音。


「『凍れフリーズ』!」


マルコは経験則と予測と反射から氷柱を放ち、矢を打ち落とす。


「チッ。そうカンタンじゃあ無ェか」


ルカは呼吸を荒くしながら、ギリギリの所で何とか持ちこたえている。


並みの魔法なら打ち消すのは容易い。


しかし、ヴィテの魔法は、籠められている魔力も殺意も高すぎる!


それに加え、視界不良、轟音の中、飛んでくるロックの矢。


魔法と魔法、矢と矢。


それらを連続して放つために必要な十秒程のインターバルを、それぞれがカバーする。


怒涛の攻撃に、ルカの精神力は急速に削られていた。


いい加減死ね。魔女インドラ


再び雷撃が彼女を襲う。


しかし、彼女は狙っていた。敵が見せる一瞬の隙を。『自分の魔法イノセンス』を放てる数秒を。


一方、スズはこの劣勢の中考えていた。何とかルカが勝てる道を、拓くことはできないかと。


今、自分を抑え込んでいる敵は、ルカの方に集中している。無論、完全というわけではない。


常に一定の意識をスズに向けており、彼が少しでも動けば殺しにくるだろうことが分かった。


しかし、よく思い直せば、自分は死なないのだ。


例い爆発に巻き込まれようと、雷に打たれようと。ならば…


「うぁあああああ!」


スズが急に叫ぶと、ロックの脚を掴んで引きずり倒そうとするが、彼は動じない。


鍛え抜かれた軍人の肉体に対し、ロクに運動もしてこなかった人間が如何しようと、無駄なことだ。


ロックは眉一つ動かさず、スズの顔面を踏みつける。


ましてヴィテは、まるで何事も起こらなかったかのようにルカへの追撃を続ける。


うぜぇ」


しかし、スズに向けられたであろう数秒の意識の移動を、ルカは逃さない。


攻撃のテンポがズレ、攻撃と攻撃の間に一瞬の隙が生じるだろう。


雷を防ぐと、彼女は壁を消す。


一撃必殺を決めてやるのだ。


「ッ!今!!『イノセンス』!!」


スズの身体が魔力の結晶に包まれ、光り輝く。


敵も異変を感じ取るが、それすらも光速の前には遅い。


衝撃破が二人を襲う。


爆音


爆炎


爆煙




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「終わった…のか?!ルカ、何をした?敵は?あの男は?」


「前に…話したでしょ…?あの『役立たず』…完成したのよ。一応ね」


ルカはぜぇぜぇと呼吸を荒くしながら答える。爆裂魔法は一度使うと、かなり体力を消耗するようだ。


「それは、まさか、まさかとは思うが」


「兄さんの想像通り。爆発させたんだよ。スズの身体を使って」


「…っ!」シモンは怒りに満ちた目でルカを睨む。


その時、階段からタイガが慌てて下りてきた。


「なにが起きたんだ…!?」


彼女は、スズの姿が見えないことに気づくと、慌ててマルコに詰め寄る。


「マルコッ!今の爆音はどういう事!?スズがっ!スズは!?」襟をつかんで彼の頭を前後に揺さぶる。


「だ、大丈夫だ…。落ち着いて」


そう言ってマルコは煙に包まれている扉の方を指さす。


すると、スズが煙の中から、咳き込みながら出てくる。


タイガはその姿を見ると、すぐに彼の下に駆ける。


「スズ!ハハ…良かった!死んじゃったのかと!」


そう言って笑う彼女の目には涙が滲んでいた。


「あ、いや、ごめん…はは」


スズは頭を掻いて照れ笑いをする。この世界に来て、初めてこの身を心配された気がする。


傷一つない彼を視認すると、シモンは目を丸くする。「…あれは?」


彼は目の前の光景が信じられない様子で、マルコとスズを交互に見る。


「彼の『体質』。死なないんだって」


ルカが素っ気なく答えると、シモンは恐怖と好奇が入り混じった顔をする。「そんなことが…あり得るのか?」


「あり得ないわよ。あり得ないけど、目の前で起こっていることは事実。だったら、それを使わない手はないでしょ?


できれば近くにいて欲しいけど…」


そこまで言って彼女はマルコをじとっとした横目で見る。


「話は後。それより、今は死体の確認が先だ」


「死んでるでしょ」


「目で見たことが事実なんだろ?」


「はぁ、はいはい」とルカはため息交じりに返事をすると、スズに向かって言った。「スズ!敵は?どう!?」


「どうって言われても…」


扉付近には、まだ煙と埃が充満しており、人の姿は確認できない状態だった。


死体は見たくはないが、確認しない事には安心もできない。


「タイガ。危険だから、皆のところに戻ってて」


「え、あ。うん、分かった」


そうタイガが答えると、スズは煙の方に振り返る。


その時、煙の中で何かが光った。


殺意と決意の籠った瞳と目が合う。


ヴィテは辛うじて、まだ死んでいなかった。


最期の瞬間、彼の仲間ロックが身を挺して守り、覆いかぶさるように死んでいったこと、


そして、少し遅れたが、彼自身の『防衛魔法』の発動


彼は全身が焼けただれ、右手を失い、もはや虫の息。


だが、どうせ死ぬならば、一矢報いて殺る。


わが身を盾に死んでいったロックの為に。


遠くで戦うアンディの為に。


そして…


「『帝国の為に』ィ!!」


ヴィテが最後の魔法インドラを放つ!


それは、「死なない体」をもつ彼に対しては無駄な攻撃になる、はずだった。


しかし、射線の上にはタイガがいる。


「危ない!」


スズは咄嗟にタイガを守ろうと覆いかぶさる。


極大の稲妻が閃き、鳴る。


全てが光で包まれる。


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「くそっ!生きていたのか!!」マルコが怒ったように叫ぶ。


「スズ!大丈夫?」ルカが駆け寄る。


薄煙の中から敵の死体がこちらを向いているのが見えた。最後のあがきと言ったところか。


ただ、ルカはスズが死んでいるとは思っていなかった。


先ほども見たように、スズは「死なない」のだから。


「スズ?返事して!」




しかし、彼女の問いかけに対する答えはなかった。



「…タイガ…?」



代わりに震える、小さな声。



彼女は仰向けに倒れているタイガを、スズの背中越しに覗き込む。



顔は恐怖で硬直し、見開いた眼から涙を垂れ流し。



タイガは、事切れていた。

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