第12話 高校入学

 僕は自分の部屋が大好きだ。

 この部屋の窓から見える景色が一番お気に入りだ。でもこの街は好きではない。生まれた時から暮らしているが全く馴染めていない。窓の外には辛い事ばかりがある。


 部屋の窓から見える公園には数本の桜が植えられていて、暖かい日が続くと、それが一斉に咲き始めた。公園で遊ぶ子供たちの姿も増えた。僕は見ているだけで耳には何も届かない。走り回る子供たちはいかにもうるさそうな声を出しているようだ。

 

 その年の桜は、ちょうど満開だという日の前後に、嵐のような雨が降り、ピンクの花びらは無残に散ってしまった。そんな頃が高校の入学式だった。


【一人で行く】と母に伝えたが、結局一緒に出掛けた。


 家から駅まで歩き、そこから二つ目の駅で降りた。H学園K駅前校、という名前のそれでも高校だ。

 制服も決められた鞄もなかった。教科書を一通り購入し、入学式らしいつまらない式典なども一切なく、事務的な手続きだけを済ませると用事は全て済んだ。


 街中の桜はどれも散っていて、僕は桜の花びらを踏みながら帰り道を歩いた。

 入学式が終わり、しばらく僕はどこへも外出しなかった。母は、部屋にこもる僕を心配したが、部屋を覗くたびに机に向かって勉強をしているので、あまりうるさい事は言わなかった。

 今まで通りの朝食と、四月からは昼食も用意してくれていた。夕食は、両親の帰りを待って毎晩一緒に食べた。小学校の頃は、夕食の時間になれば、どうでも良いような事を、ガチャガチャ話したりもしたが、そんな無邪気な子供らしい事は、あの日以来しなくなった。

 事故前の僕は家では無駄に良くしゃべる子供だったのだ。しかし、小学校へ行くと満足に会話もできなかった。家と学校でオセロのように色を変えていた。

 

 当時、僕が学校でほとんどしゃべらないので、担任が「病気ではないですか?」と母に言ったことがあったらしい。それを母から聞かされた時は、ドキンとして、心臓が止まるかと思うくらいに震え、消えてしまいたかった。


「家に居る時と同じように話せばいいのよ」


 母の言葉には絶望した。やはり、とも思った。母は僕の味方にはならない。父はもっとひどいだろう。僕の事など一生誰にも分かるまい。

 

 食事をしながらも、脇にはメモ用紙とマジックを置き、母は僕に気を遣うようにして会話をしようとしていた。無理をしているのが分かった。僕と目を合わせてもあまり笑わなくなった。父は母経由で僕と会話をした。自ら何かを書いて僕に質問をするようなことは一度も無かった。

 

 僕に興味はないらしい。


 それでも父は僕の大好きな宅配ピザを、月に一回は注文してくれた。それは決まって毎月十八日のピザの日だった。僕が小学一年生の頃から変わらず続けていることだったが、ただ単に、父自身がピザが食べたいからだろう、と思うようになった。そうと分かっても、僕はピザの日が好きだった。なんだか、そのピザが運ばれてきてから、食べ終えるまでの時間がとても大切に感じた。

 不思議な感覚だ。寝る前のベッドの中でもその様子を思い出したりして、誰になのか分からないけれど、いろんなことに感謝して眠ったりした。ピザを頼むだけの父にも、ありがとう、と思ったし、それを黙って食べる母に対しても、同じ様な気持ちを抱いた。



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