第7話 班長カバーと夏休み

 耳が聞こえない事は不自由である。


 僕がそう思うのは、機能的な事に限る。例えば電話を使えないとか、言われたことに即座に応えられないとかである。ロボットなら、完全に故障。使い物にならない。廃棄物だ。しかし、人間には、失われてもまだ残る機能がある。文字や表情、ジェスチャー。故障部分は十分に補える。


 この耳は、明日、いや、この数秒後にも治る可能性がある、と医師には言われていたが、すっかり静かな世界に馴染んだ僕には、そんな日は来なくてもいいと思っていた。


 学校では、事故後の騒ぎも落ち着き、今まで見ていた教室の光景と何ら変わりはなかった。ただ、山森さんの席だけがポツンと穴が空いていて、机の上に落ちそうなくらいお花が置かれていた。

 

 僕の耳が聞こえなくなっているのを中川先生から教えられていたクラスメートは、僕をからかう事はしなくなった。その代わり、先生には気付かれないよう、僕をそっと避けるようになった。

 

 授業内容が分からない僕には、一日分の授業をまとめた紙が渡された。僕はそれを読まなければならず、他のクラスメートよりも宿題が多くなったような気がしていた。しかし不満を述べようにも、どんな手段があるのか分からなかった。僕の抱く不満は、認められる不満なのだろうか。


 蝉の声がうるさくなった頃には、普通の日々を繰り返していた。しかし体育はいつも見学していたし、授業であてられることもなくなっていた。

 夏休み前の通学団会で、卒業するまでの半年間は、通学団担当の教師が毎朝の登校に付き添うと、PTAとの合意の上、決定したと知らされた。

 それもあってか、耳の聞こえない僕が通学団長になった。形だけの団長だとは分かっていたが、ランドセルに付ける「班長カバー」をもらった時は嬉しかった。すぐにランドセルへ付けたかったが、僕は冷静を装った。さらに、面倒臭そうにそれを受け取ったりした。

 

 例年の夏休みは昼過ぎまで眠っていたりしていたが、その年は毎朝決まった時間に起床した。とても眠ってなんかいられなかった。

 朝ごはんを一人で食べ、その後、部屋で宿題をやって、昼になれば昼ご飯を食べ、午後は少し眠くなるので、一時間くらい昼寝をし、それからまた机に向かって宿題をした。

 一人で居れば、音が聞こえなくても不自由を感じることはなかった。誰も居ない事を確認して、小さく声を出してみたりした。喉に手を当てれば振動が伝わって、確かに声は出ていると分かった。ただ、どんな声が出ているのかが分からず、鏡を見て一人で恥ずかしくなった。


 夏休みが終わる数週間前に宿題は終わっていた。日記形式の宿題も、早々に終わらせた。日々の変化など何もない。毎日毎日、文字にするような事は起こらない。テレビを見てもつまらないので部屋にあった本を片っ端から読んだ。低学年向けの文字の大きな児童書から、ちょっと背伸びをして買った文庫本まで、本棚の右上から順番に手に取った。面白くてもつまらなくても、とにかくすべての文字に目を通した。

 特に感想はなかった。

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