第6話 学校へ

 一週間の休みの間に、担任の中川先生が二度ほど家に来た。

 僕の体調はどうかとか、クラスの様子がどうとかいう不要な連絡と、さらに宿題を持ってきたりした。

 

 中川先生は、紙に文字を書いて会話をする僕を、可哀想に、という目をして見ていた。しかし、それは先生として仕事をしているだけの事だ。心なんてどこにも見当たらなかった。

 今年から赴任してきた中川先生は、四十歳くらいの女性で、腰まである長い黒髪を大切そうに撫でるのが癖だった。授業中も、廊下を歩いている時も、給食を食べている時も、見ればいつも髪の毛を触っていた。

 僕の家に来た時も、何度も髪の毛を触った。全く化粧をしていないその顔の、唇の血色は悪く、寒くもないのにいつも紫色をしていた。学校では先生たちのあだ名をつけるのが流行っていたが、中川先生に関してはあだ名すらつけられなかった。

 

 母が出した紅茶を熱そうにすすり、少し嫌そうな顔をした。

【来週の月曜日から、登校できる? 無理をしなくてもいいのよ】という先生の言葉に僕は【行けます】と書いて答えた。


 それからしばらく、中川先生は母と何やら話し、割とゆっくり過ごしてから、紅茶を半分ほど残して帰っていった。


 母は仕事を再開し僕も小学校へ登校を始めた。

 以前の日常と変わらず、僕が起きたら両親は居ないし朝食はちゃんと準備されていた。一つおかずが増えたりしていた。

【しばらく、先生方が交代で、集合場所まで来てくれるから、安心して行きなさい】

と母から教えられていた。

 

 僕の耳が聞こえなくなっていることも、同じ通学団の子供たちに伝わっているらしい。四年生の男子一人は欠席していたが、他の児童は全員集合場所に居た。

 やはり足は宙を浮いているようだったし、現実と非現実の境界線もあった。

 

 車が衝突した住宅の塀は、綺麗に直されていた。多くの花束やお菓子が供えられていて、僕の知っている通学路の風景の、その一か所だけ大きく変わった。何か、よそ者に入り込まれ、邪魔をされたような気がしてならなかった。


 遠藤君は、事故現場を通ると立ち止まり、大きな奇声を上げた。そして、あの時のように足で小さな円を書き始めるのだ。

 付き添いの先生が、遠藤君の体を抱き寄せ、何か声を掛け、無理矢理その場から離れさせた。

 

 同じ通学路を歩く事に関して、子供たちの精神的な負担になるのではないかという事も言われたらしいが、僕たちの通学路に迂回路は一つもなく、あの場所を通らなければ、学校へは行けなかった。

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