先行き透明

 教室にこの学校の卒業生がやって来る。一人は既に就職しており東京のサラリーマンをやっている。もう一人は作家を志すニートである。場面は「透明」について話すところから始まる。


T「『透明』ってさ、その実、透明じゃないよな」

M「……? どういう事だ?」

T「『透明』はさ、物凄い沢山の意味があるんだよ。空虚であるさま、透けていて向こうの様子が見える物のこと、純粋の比喩、クリアー、風景との同化……等々な。掘り起こせばもっと山ほど出てくるだろう。――でさ、でさ、ここでふと思わないか? こんなに意味を抱えているのに果たして『透明』とは本当にカラッポなのだろうかって。空虚の癖に色々抱えやがって」


 フッと笑い、格好つけながらそう言うT。


M「……、……ごめん、何言ってんの?」

T「ん? 分からないか? お前もまだまだだな」

M「悪かったな」

T「いや、良いんだ。天才は俺だけで充分だからな」

M「変なの。本当そういうとこ変わんねえよな、お前。逆に尊敬するよ、そういうとこ」

T「サイン欲しいなら今のうちだぜ」

M「別にいらねえや」


 二人笑いあう。


M「……はあ。そうはいってもさ、ここも明後日で廃校か」

T「だな」

M「……どういう気持ちで俺を呼んだんだよ」

T「……懐かしの学校の最後の姿位ちゃんと拝んどかないと。お前、社畜だから平気でそういうのすっぽかすだろ」

M「……だからって俺が明後日にここに来ないとお前の会社潰すぞって脅迫メールを会社中のパソコンに送るか? 普通」

T「無視されても良いようにプラスチック爆弾四発位爆破させたしな」

M「極めつけはコンピュータウイルスを会社中のパソコンに感染させといたから、俺をこっちに寄越さないと機密情報をライバル会社に漏洩した上NHKにあることないこと言いふらすぞって……? 才能こじらせてないでさっさと就職しろよ」

T「やだ! 俺は作家になるって決めたんだよ!」

M「お前は作家よりかはホワイトハッカーの方が似合ってると思うけどな」

T「この学校は将来何をしようか悩んでた俺に道しるべをくれたんだよ。図書館で一冊の本に出会ったんだ。その本にむちゃくちゃ感動してさ……! それで決めたんだ。俺、作家になるって!」


 M、力説するTをみてほうっとため息をつく。


M「そうだったな。ずっとそう言ってたっけな、お前」

T「そうだよ。あーあ、俺が死ぬまでこの学校には現役でいて欲しかったけどな」

M「そりゃ無理だろ、この学校もそろそろ百歳だ。俺達が学生の頃からボロだったろ」

T「そうだったな……。雨降ったらバケツ机に置いて授業受けてたっけ。結局黒板の字が雨で滲んで読めたもんじゃなかったけど」

M「ああっ懐かしいな。書道で傑作書けたときに限って雨漏りしたよな」

T「狙ったかのような精密さでな。……一心同体が二心同体」

M「ただの多重人格」

T「心機一転が心機二転」

M「また戻っちゃってるよ」

T「切磋琢磨が○×△……」

M「もう分かんねえや。あ、破れてる」

T「大吾が犬吾」

M「わん! わんわんわわん!」

T「……」

M「……、……もう止めないか?」

T「うん、止めよう。……他何かあったっけ」

M「台風で一回三分の一ぶっ飛んだよな」

T「ああ、そうだった! それに、立て付け悪いといえばさ、音楽室までの階段は冬になると霜が降りて、しかもジャスト五度右にこう傾いたよな」

M「本当、青春したよな……」

T「……あの日、一緒に夢叶えようって言ったよな、M。何で諦めた? 落語家になるって夢」

M「……将来が見えなかったんだよ」

T「将来? 将来がなんだ。将来なんてそこら中にごろごろあんじゃねえか」

M「そういうんじゃねえよ!」


タガが外れるように叫ぶM。突然のそんな彼に少したじろぐT。


M「……そういうんじゃねえよ。そう言われたんだよ、『そんな職業』、『そんな職業』ってな!」

T「……」

M「結局子どもは親の助けが無いと生きてけねえんだよ。最初は落語家になる気満々だったのにさ、途中からそれで食って生きている自分が見えなくなった……気づいたら社会の歯車だよ」

T「……」

M「だらだら生きてた方が俺には合ってたんだよ。恨みつらみ、厳しい上下関係に揉まれる毎日、そういうのに押し潰されるよりは甘い汁に浸かってた方が、よっぽどな……!」

T「……」

M「……ははっ、さっきお前が言ってた通りだな。俺の将来なんて透明だ。空虚なんだよ、カラッポなんだ。だらだらと消費を貪るだけの怠惰な生活だよ。先行き透明だよ、まっさら透明! 透明なんだよ!」


 肩で息をするM。


T「……それはどうかな」

M「は?」

T「おとといきやがれ! M」

M「それは話の役柄的には俺が一番最後に言うんじゃないの? しかも使い方間違ってるし」

T「そーゆーのは良いんだよぉ! じゃなくてさ、透明ってのはさクリアーって事なんだよ。しっかりはっきりその後の展開が見えてるって事なんだよ。だから『先行き透明』ってのは、将来がしっかりはっきり見えてて絶対安心大丈夫って事じゃないか! だから今のお前に『先行き透明』なんて絶対に似合わない!!」


 困惑するM。


M「……、……お前ちょっと矛盾してない?」

T「はん? 矛盾なんかしてねえよ。だってそうだろうがよ。『先行き透明』なんてクリアーでお先キラッキラなイメージだろうがよ!」

M「いや、いやいやいや……だって……お、お前透明の意味何て言ってたよ」

T「ん? さっき言ったろ」

M「いや、良いから言えよ」

T「もう忘れたよ」

M「(呆れたように少し笑いながら)お前の頭は都合が良いなぁ。――じゃなくて、お前さっきさ、『透明っていうのは空虚であるさま、透けていて向こうの様子が見える物のこと、純粋の比喩、クリアー、風景との同化……等々』っつってたろ」

T「そうとも言うな」


 Mに言い返すような気力は最早残っていない。


M「自分で空虚っつったろ?」

T「言った」

M「じゃあカラッポっつう事と結局は同じじゃねえか」

T「(数秒かけて)ちっちっち……」

M「……なんかムカつくな」

T「空虚とも言ったけど、クリアーとも言ったね」

M「そ、そうだけどさ……ちょ、ちょ、待って、一旦整理しよう」

T「おう、おとといきやがれ」

M「だから使い方……もう良いや。えっと最初お前は言いました、ハイ! (監督のように手を叩く)」

T「『透明』ってさ、その実、透明じゃないよな……おや?」

M「見たかい見たかい、Tの奴め、また訳の分からない事言ってやがるよ。透明は透明じゃないか」

T「くそう、謀ったな!? タロスは激怒した」

M「野郎、喧嘩売るってぇのかい!」

T「わーん! マイアンにやっつけられちゃうよ! (向きを変えて)そんなタビ太くんにじゃんじゃじゃーん! 空気ほ――」

M「話の先行きを不透明にするな!」

T「元はと言えばお前が始めたことじゃんよ!」

M「良いか!? 兎に角だ!」

T「うわ、きったね!」

M「俺の将来は『空虚』なもの。どんなに思い入れが強くても結局は無くなっちまうこの学校みたいにさ、叶えようたって叶わない、あるようでない『透明』なもんなんだよ!」


 少し間を空ける。


T「それは違うんじゃないか?」

M「だから何でだよ」

T「俺はこの学校で道しるべを得たからだ!」

M「……」

T「確かにこの学校は明後日無かったことになるかもしれない! どんな物でも生き物でもいつかは消えて無くなるに決まってる。でも、でも……俺が死ぬまではずっと現役なんだよ! 心の中にあり続ける限りそれは永遠に俺に影響し続けるんだよ。それってさ、すっげえわくわくしね? 俺はこの学校のおかげでまだまだ作家目指したいと思えてるよ」

M「ニートの癖にな」

T「だからお前も、その生活に満足しきれていないなら諦めんなよ、落語家の一つ二つ、なっちゃえよ! それで……それで、お前の話、俺に書かせてくれよ! なあ!」

M「……」

T「透明はその実透明じゃない。意味をいっぱい抱え過ぎて、最早不透明だ。空虚とかクリアーとか好き勝手に自分で語りやがる。その点から言えばお前にとっては『先行き透明』は自分を説明するぴったりの言葉かもしれない。でも違う。他にも意味はある。ポジティブなのもうんと、うんと、沢山! だからな、たった一つの道でへたばってくよくよ後悔してるようなお前には『先行き透明』なんて似合わないっつってんだよ! 分かったか!」


 T、肩で息をする。M、うなだれる。


M「――うるせえよ」

T「はあ?」

M「……落語家ってのは、厳しいの。お師匠の元に弟子入りする為に直談判とかして、雑用うんとして、休み無しで働き抜いて。一人前になったら仕事は自分で見つけに行かなくちゃならない。お金はカツカツ、真打になるまでに約十年もかかる」

T「だからって諦めんのかよ!」

M「そうは言ってねえだろ!」

T「……!」

M「ニートの癖に散々滅茶苦茶言いやがって! 今に見てろよ、お前より先に夢、とっとと叶えて、『先行き透明』にしてやるよ。『空虚』になっても誰かの心に残り続ける、落語家にな! そして『純粋』な頃の次の世代達に俺が諦めなかった事で『クリアー』したこの生き様を見せつけてやるのさ!」

T「……言うじゃねえか」

M「もう、お互い子どもじゃないんだ。まだ時間はある。俺は夢叶える為に地べたに額こすりつけるよ。あんなに練習したんだ……俺の熱意見せてやるよ!」

T「そうしろそうしろ!」

M「ありがとう、T。お前の言葉に心が洗われた。目が覚めたような気分だ!」

T「どういたしまして。ほら、来て良かっただろ?」

M「そうだな! ――あ、なあ、教えろよ」

T「ん? 何を?」

M「お前が作家になろうと思ったきっかけの本だよ!」

T「ああ、それか」

M「お前にそんなに言わせる作品って一体何なんだろう」

T「良いぜ、そろそろ学校の施錠時間だから帰り際に教えてやるよ」


 T、歩いていき、教室のドアを開ける真似をする。


T「……アラレちゃん」


格好つけながらそう言い、きざに「またな」といわんばかりのポーズを決めながら去るT。


M「……漫画じゃねえかよ」


 暗転。

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