練習がてら――透明

透明人間

 ある部屋に二人の人間。何でもない、たわいもない話をしているように見えるが、一方の人間は普通の人間ではなく、もう一方は変な紙切れを持っている。


T「今日は同族に出会っちゃったんだよお」

M「ん? え? なんだって?」

T「だから、と・う・め・い・に・ん・げ・ん!」

M「……お前は幽霊だろ」

T「何でそんなことが言えるんだよー」

M「だって見えてんじゃん」

T「うるさい、俺は視認できる部類の透明人間なんだ」

M「そんな透明人間聞いたことねえよ」

T「聞いたことないだけだろ? 聞いたことないだけで実際いるんだよ」

M「どこに?」

T「(ドヤ顔を決めながら)ここに」

M「それじゃあ証明になってねえよ」

T「そうか?」

M「で? どんな奴に出会ったって?」

T「隣の高橋さんなー、透明人間と付き合ってるんだよ!」

M「……ん? あ、は?」

T「スポーツカーを透明人間が運転してたんよ!」

M「ん?」

T「しかも安全運転」

M「……自動運転ではなく?」

T「時速二十キロ」

M「おっそ――ってか自動運転って一部の研究施設の実験場でしかやってないんじゃなかったっけ!?」

T「そこら辺はご心配なく」

M「どこら辺がご心配ないんだよ。立派な不法侵入じゃあねえか」

T「イタリア行ってきたから」

M「(食ってかかるようにツッコむ)どこもご安心できねえよ!」


 少し間を空ける。


M「ってか隣の高橋さん、地域の清掃活動とか巧みに切り抜けるなぁとか思ってたらイタリア行ってたんだ」

T「え? いや、一年前から行っとるよ?」

M「え?」

T「地域の皆でお別れ会やったじゃん」

M「む?」

T「皆で酒呑んだりしてさ」

M「んん……」

T「五次会とか行っちゃってさ」

M「……」

T「キレッキレだったなぁ、高橋さんの『こきりこ節』。――まさか、行ってねえの?」

M「……はは、悪いかよ」

T「寂しいな、お前」

M「うるっせ!」


M、とっさにTの額に隠し持っていた細長い紙を貼ろうとする。Tはすんでのところで避ける。


T「うおっ、危ねえな! 何だよそれ!」

M「某神社で手に入れたお札だ。(決めポーズとか決めながら)今から手前をこのお札で封印してやるんだよ。――良いか? この世に透明人間なんていねえんだよ、手前は幽霊なんだよ、しかも人の黒歴史を暴き続ける迷惑な部類のな!」

T「透明人間だし!」

M「視認できる透明人間がいてたまるかよ!」

T「だから俺は『視認できる部類』の透明人間なんだよ!」

M「――いや、ずっと思ってたけどそれは透明人間じゃなくて不透明人間なんじゃないの?」

T「――あ、そっか」

M「おやぁ? 遂に認めたな?」

T「それでも俺はゆ――透明人間だし!」

M「(言いながら吹くように笑う)お、おまっ、ちょっと認めてんじゃねえか」

T「(こちらも笑いながら)う、うるっせ」


 少しの間笑い続ける。

そしてすぐに攻防戦が始まる。おちゃらけていればいる程良い。

 数秒の後、肩で息をしながら二人、止まる。(Tはそれ程ではない)


M「クッソ、幽霊の癖にちょこまかちょこまか……もういい加減に封印されろよ!」

T「なんで封印されなきゃなんねえんだよ。俺達仲良くやってきたじゃんかよー」

M「全く仲良くねえよ! 出会って二日じゃねえか! まだ初めましても言えてねえよ」

T「昨日だってビール飲み交わしたじゃんかよ」

M「お前が冷蔵庫の中から勝手に出したんだろうがよ! 全く、いきなり上がり込んできてビールどうだいとか言いやがって。俺のビールだっつうの」

T「同棲だってしてんじゃんかよー」

M「始めて二日だし、っつうか手前が勝手にやってんじゃねえかっての! 勝手に布団敷きやがって」

T「お、次の段階に進んじゃう?」

M「進まねえよ! ……ていうか何のだよ」

T「ちぇ、つまんねえの」

M「つうか男同士じゃねえか」

T「そういうジャンルもあるじゃん」

M「あるけどさ、だから、あの、その、さ。あの、その同棲の次の段階っていうと、結婚とかそれの前にさ、ほら、あるじゃねえか。それは、その、無理だろ?」

T「……何?」

M「言わせんな。頼むから察してくれ」

T「え、何だろう。こっちからも頼むから教えてくれよ」

M「こういう時ばっかり逃げんなよ!」


T、消化不良のような顔をしながらもお互いに察しあって話を中断する。


T「それで何の話だっけ」

M「手前の封印話だわ」

T「え、何それ、超物騒」

M「記憶喪失のふりしてんじゃねえよ」

T「だってお前は俺がいないと生きていけないじゃんかよ。ちゃんと生きていけるのかよ?」

M「今までも一人で生きてきたわ」

T「俺がいなくなっちゃったらどうなるのやら」

M「いなくなったって別に何も変わらねえよ」

T「(わざとらしく芝居をしながら)助けてTー、ラブレター届いてるー」

M「それは別に良くない……?」

T「何か家の廊下に落ちてるけど……あれかな、もしかして昨日用を足している最中に入ってきた人かな?」

M「こわっ! ――ってそんな事もねえから」

T「いや、分かんないよ? もしかしたら俺みたいにいきなり上がり込んで味噌汁鍋ごとかっさらう人がいるかもしれないよ? 俺みたいにな」

M「だったら出てけよおおお! 取り敢えず部屋に勝手に上がり込んでくる日本人は今のところ全世界で手前だけだわ!」

T「俺は特別なの! なんたって透明人間だからね!」


小声でじゃーんとか言いながら決めポーズのようなものを披露する。


M「――その設定すっかり忘れてたわ」

T「ついでにお札話もね」

M「てめっコノヤロ!」


 また追いかけっこを始める。


T「その物騒な札しまえよー!」

M「うるっせえ! さっさと封印されろ、幽霊!」

T「俺は透明人間だっつうの!」


 SE「ピンポーン」


二人一瞬固まる、次いで二人同時にゆっくりと玄関の方を見る。M、急いでTの額にお札を貼って玄関に急ぐ。(Tはビデオの一時停止のように固まって動かない)下の階の住人からの苦情に謝る素振りを見せる。終わった後、Tの額のお札を剥がしながらMの台詞。(お札を剥がされると動く)


M「いやあ、一人運動会はやめてくれって言われちゃったよ」

T「そうだぞ、一人運動会は良くないぞ」

M「てめっ誰のせいだと――」


 SE「ピンポーン」


 M、ため息をつきながらTの額にまたお札を貼り、すぐ傍にある玄関に出る。今度は大家さんからの苦情。終わって玄関の扉を閉めた後、札を剥がしながらまたMの台詞。


M「(わざとらしく芝居)『ずっと前から言ってきたけど、もうそろそろ我慢の限界よ。これ以上一人でのバカ騒ぎが続くようなら退去も考えますからね』――だってさ」

T「大家さん?」

M「ああ。俺の部屋ン中じろじろ見ちゃってよお。――んなこと言われたってぜんっぜん身に覚えがないっつうの! んま、この二日は思い当たる節ありまくりだけどな。わはは」


 Mのその話を聞きながら顔に薄い微笑を湛えていくT。隠された真実を知る黒幕のような仕草。


T「……それ、いつ位から言われてんの」

M「ん? ――いやあ、数えた事ないから分かんねえけど、一年前位から、かな……?」


 更に微笑を顔に広げていくT。


T「こんな話、知ってるか?」

M「なんだよ、急に改まって」

T「普通に生活しているのにときたま記憶のない何時間かが周期的に存在してるって話」

M「ああ、多重人格とかってやつ?」

T「……」

M「それがどうしたよ」

T「俺、透明人間だって言ってるだろ?」


 暗転。

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