第26話 もう一つの仕掛け

 さくらの部屋に入ると、開口一番、俺は言った。

「犯人は、青野だったよ」


 さくらはえっ! 声を上げ、口元を押さえた。信じられない様子だった。だか、それも無理のないことだった。青野は担任なのだから。

 テーブルの前にまで近づいてみると、足元にあるスピーカーから驚きの声がもれていた。

 俺は、今までの経緯をさくらに教えた。ボールペンで突き刺したことは省いておいた。


「まさか、青野先生が犯人だなんて……」とさくらは言った。

「録音した音声は校長にも聞かせた。然るべき対応を取るように頼んでおいたよ。これで対応を遅らせるようなら、PTAにも送ると。猫を殺すような危ないやからは、学舎に相応しくない」


 さくらはこくりと頷いた。まだ表情には驚きの色があった。


「これで、やっと学校に行けるな」と俺は言った。自然と笑みもこぼれていた。「潔白が証明されたんだ、これで猫殺しの噂もなくなる。本当に良かったよ」

「先輩……」さくらはじんとしたように、眉根を悲しそうに寄せた。「夢野さんのおかげです。本当にありがとうございました……。感謝しても、しきれません。なにか、あらためてお礼をさせてください」

「いいさ、礼なんて」

「でも」

「君が学校に来てくれるようになるのが、俺としては一番なのさ」

「夢野先輩……」

「陽も落ちてしまった。そろそろ帰るとするよ。手伝ってくれた今井さんには、明日報告する。またな」

「は、はい。また」


 俺は手を挙げると、彼女に背を向けた。扉を開け出ていこうとしてると、さくらはありがとうございましたと言い、頭を下げた。親しくなっても、彼女の礼儀正しさは変わらないようだった。いいことだ。


 俺は帰る道中、明日会えないかと今井にメールを送った。返事はすぐ戻ってき、明日のお昼頃会うこととなった。




「よし、これでいいかな」とわたしは鏡を見つめながら呟いた。


 リップを塗った唇を重ね、馴染ませていく。

 我ながらメイクもバッチリ決まっていた。特に、ほんのり頬を赤くしてくれるこのチークが好きだった。可愛らしくみせてくれるのだ。女子大生ふうというが、どうにもわたしは好きだった。

 この茶色い髪も、この赤いメガネも。


 わたしはカチューシャをつけると、メイク道具をしまっていった。お母さんのだから、あとから小言を言われないように、細心の注意を払い、丁寧に丁寧に。


 わたしはもう一度、鏡で身なりをチェックしたあと、部屋を出た。


 今日は、夢野さんと会うことになっていた。

 あの人は、本当に頼りになる人だ。まさか事件を解決してしまうなんて……。犯人も、青野先生とは思わなかった。驚きの連続だった。

 ただなーちゃんを思うと胸が痛かった、悔しかった。わたしは、なにもしてやることができなかった。


 階段を降り玄関で靴を履いていると、リビングからお母さんが出てきた。お母さんはわたしを見ると、怪訝そうな顔をした。

 なんでだろう? ああ、この格好か……。

 お母さんは、驚いたように言った。


「なんて格好をしてるのよ、“さくら”」


 わたしはくすりと笑い、言った。「まあ、ちょっとした変装かな。それに、今はわたし、洋子だから」

 もう一度わたしはお母さんに笑って見せた。お母さんは、今ひとつ意味がわかっていないようだった。

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