第27話 告白
わたしは、夢野先輩が好きだ。
大学生に絡まれているところを助けてもらい、惚れてしまった。勇気と男気、そしてまったく動じなかったあの立ち振る舞い。すべてが格好良かった。なんて強い人だろうと思った。怖くて怖くて声を出せなかったわたしとは大違いだと思った。
先輩は言葉少なに立ち去ったけど、わたしの心は確実に連れ去られてしまった。
胸が熱くなり、痛くなった。それからもんもんとした日々を過ごすようになった。
わけもなく相談室に行こうかとも思ったけど、それは迷惑だろうし、なによりわたしにそんな勇気はなかった。動き出させずにいたのだ。好きだという気持ちは募っていくばかりなのに。
好きで、好きでどうにかなってしまいそうだった。夜中、眠れず先輩の名前を呟いては、つくづく好きなんだということを実感した。
それからなーちゃんが殺され、わたしは学校に行けなくなってしまった。部屋にうずくまりながら、夢野さんに助けを求めるだけだった。でも、それは都合の良いことだというのは解っていた。わたしにそんな資格はない。
でも、夢野さんは部屋にやって来てくれた。わたしは嬉しくて仕方がなかった。
一回目の訪問のときは、あまりの驚きがあったし、髪の毛も直してなくてパジャマ姿だったから、絶対に会えないと思った。力になりたいと言ってくれているのに、帰してしまうことになったのは、申し訳なくて情けない気持ちでいっぱいだった。
でも、先輩はまた来るよと言ってくれた。きっと先輩は、もう一度わたしが登校できるように色々と動いてくれるはず。
その時に、外でも一緒にいれたらと思った。好きだから、一緒にいたいと思った。わたしのことをどう思っているのか知りたかったし、好きな人がいるのかも知りたかった。先輩の色々なことを訊きたかった。
けどもちろん、そんな勇気はなかった。勇気を出したとしても、街で同級生に会ってしまったらどうするのか。
そこでわたしは、こう考えたのだ。“変装してしまえばいいんじゃないか”、と。わたしではないのだから、気遅れする必要はないんだと。わたしではないんだから、同級生には気づかれないんだと。
そう考えると、段々胸が熱くなっていくのが解った。上手くいくという自信もあった。これで夢野さんと外でも会えると思うと、飛び上がりそうになった。実行しない手はないと思った。“なぜなら、わたしではないのだから”。
夢野さんが次に来るのは月曜日である。土曜、日曜と、変装道具を用意できる時間はあった。ネットでメガネやカツラ、カチューシャを頼み、ついでに夢野さんに見てもらうためにも服を買っておいた。
メイクをすれば、岸田さくらであるとバレない確信はあった。前からメイクはしたことがあったし、ネットでも入念にやり方を調べてみた。試しにメイクしてみると、想像以上だった。これがわたしなんだ、と思わず呟いたほどだ。
これにカツラを被ってしまえば、わかりっこないだろう。従姉であると言ってしまえば、多少似ていても説明はつくのだ。
幾ら変装できたとしても、声でバレてしまう。そこで、“ボイスチェンジャー”を用いた。パソコンで設定してみると、とても可愛い声ができた。わたしの声は低いほうだし、自分でも戸惑うほどだった。
だから、声が小さいからと偽り、部屋で会う時はヘッドセットをつけていた。ボイスチェンジャーの声をスピーカーに出力していたのだ。
夢野さんに離れてもらったのはそのためだった。“近すぎると地声が聞こえてしまう”。夢野さんには悪いことをしてしまったけど、計画のためだった。
従姉の今井洋子として会ってみると、自分の予想以上に上手いこと演じることができた。わたしではないという開放感や夢野さんといれるという幸福感が、きっとわたしの演技に力を与えてくれたんだ。極自然に楽しむことができた。
一度行ってみたかったカフェにもいけたし、先輩のお手伝いもできた《そもそもは、わたしのために動いてくれてたんだけど……》。
でも、いつ先輩にネタばらしをしよう? あっと驚くだろうか。それとも怒ってしまうだろうか……。
わたしはゴクリと唾を飲んだ。やっぱり、ネタばらしはやめておこうかな……。
せっかく学校に行けるようになったのに、これで嫌われてしまっては意味がない。また不登校になってしまう。
わたしは隠し通すことに決めた。
靴を履き扉を開け外に出る。眩しい日差しに目を細め、手をかざす。指のあいだから、きらきらと光が漏れていた。
目も慣れてきて手を下ろすと、誰かが門のそばの外壁に背をつけ立っていた。
その人物はこちらに体を向けた。わたしは思わず息をつまらせ、口元に手を当てた。
「夢野先輩……」とわたしは呟いた。
先輩はにこっと笑い楽しそうに言った。
「やあさくら、約束通り会いに来たよ」
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