第23話 生活

 今日はレースゲームではなく、格闘ゲームをしていた。

 さくらが使っている短髪の筋肉質の男が、俺が使っている短足の筋肉質な男をサンドバッグにしていた。


 みるみるうちにライフは削られ、俺の使っているキャラは断末魔を上げ倒れた。短髪の男はカメラ目線で勝利ポーズを決めた。


「またまた、わたしの勝ちですね」とさくらは胸を張り笑った。

「完敗だ」と俺は言った。そしてコントローラを床に置くと、「なんだか、前回より顔色がよくなった気がするな。いいことだ」

「先輩が、こうして遊びに来てくれるから……、ですかね」

 さくらは頬を赤らめた。


「そうか。悩みを話したり、人と接するのは大事だからな。その効果が現れているのかも知れないな」

 さくらはため息をついた。「それもありますけど……」

「いや、きっとそうに違いないさ」と俺は遮るように言った。彼女のその先の言葉の意味を考えるつもりはなかった。

 俺はぐっと伸びをすると、話題を変えようと思い言った。


「君がなーちゃんと呼んでいたあの猫は、野良ではなく飼い猫だったよ」

「はい、洋子ちゃんから聞きました。びっくりです……」

「だがこれで動機は解った。容疑者もいるんだが、まだこれといったものは得られていないんだ」

「そうなんですか……」とさくらは気遣うように言った。「忙しいはずなのに、わざわざこうしてわたしのところに来てくれて、申し訳ないです」


「謝ることではないさ」と俺は言った。「俺としては、家にいるよりかはここにいた方が何倍も楽しいんだ」

「ほ、本当ですか!」さくらはたちまち晴れやかな顔になった。「だったらわたし、もっともっと夢野さんに楽しんでもらえるように頑張ります!」

「だったら、もう少しゲームを手加減してもらえないだろうか?」

「え、それは嫌です」

 さくらは毅然として言った。聞く耳はなかったし容赦もなかった。


 俺は諦めるしかなかった。


 コンビニで買った弁当と缶コーヒーが入った袋を持ち家に帰ってくると、十九時を少し過ぎていた。


 玄関には親父の汚い靴があった。今日は、確か仕事が休みだった。

 ガラス戸を開け部屋に入ると、親父はスーパーで買ったお惣菜を机に並べ、ビールを飲んでいた。空になった缶がすでに二つあった。


「こんな時間に帰ってくるなんて、いいご身分だなァ」と親父は言った。ビールをグイッとあおると、大きなゲップをした。すでに顔は赤かった。


 俺はコンビニの袋を机に置くと、缶コーヒーを冷蔵に入れ、キッチンで手を洗った。テレビは大きな音量で、バラエティを流していた。


 これがホンマにムカつく話やねん!

 え、なに、どんなことがあったんよ

 いや、あなたには教えませんけどねっ

 なんでやねんっ!


 テレビから笑い声が聞こえてくると、親父もその音に負けない声量で笑った。

 俺は手を洗い終えると、戸棚を開けグラスを取り、水道水を汲んだ。


 キッチンから出ると、グラスを机に置き座った。右横に親父が脱いだ寝間着のズボンがあった。俺はそれをもう少し奥へやった。

 袋から弁当を取り出すと、セロファンを剥がしていった。からあげの極上の美味しさがここに!! と書かれていた。たびたびコンビニの弁当は嘘をつく。


 割り箸を袋から出し割っていると、親父がこちらを見ていた。先ほどまで高笑いしていた表情はなく、どうしようもない馬鹿を見るような呆れた顔をしていた。


「おまえ、勉強はしてんのか」と親父はその顔のまま言った。

「それなりに」

「それなりにじゃ駄目だろうが、それなりにじゃ」親父はそう言うとビールを飲んだ。空になったらしく、飲み口を少し見つめた。「まさか、女なんて作ってるじゃねえだろな。許さんぞ、生意気な」

「どうしてそこまで縛られなくちゃいけないんだ? 親父だって女を求めてよくスナックに行くじゃないか」

「馬鹿野郎てめえ、大人と一緒にするんじゃねえ! いいか、ガキなんて作ったら承知しねえぞ」

「なるほど。それは親父の経験則だな?」


 すると親父は歯をむき出し、威嚇している猿のような顔をした。なにやら怒鳴り声を上げると、掴んでいる缶ビールを放り投げてきた。

 俺は顔を避け、それをかわした。缶ビールは壁にぶつかり、アルミ缶の軽い音が鳴った。

 親父は大きな舌打ちをした。カラカラと空き缶の転がる音がする。


 テレビからは、絶え間なく笑い声が聞こえていた。


「なんだその目は!」と親父は声を張り上げた。「文句あるのか。オレとやるか!?」

「いや、いい。親を殴る趣味はない」

「この……! ムカつくガキが、酒が不味くならあ」

 親父はそう吐き捨てると立ち上がり、ガラス戸を開け外に出ていった。玄関の扉が乱暴に閉まる音が聞こえた。


 テレビからは、まだ笑い声が聞こえている。


 俺はリモコンでテレビを消した。


 途端に、部屋の中は死んだように静まり返った。

 時計の針の音も聞こえなかった。自分すらもいなくなってしまったようだった。別にそうなったとしても構わなかった。俺は黙って弁当に手をつけた。

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