第14話 親戚
駅前といっても、そこまで栄えているわけではなかった。背の高い建物も飲食店も立ち並んでいるが、少し離れれば化粧を剥いだ女みたいな平凡な街になる。
待ち合わせ場所について数分もしないうちに、今井洋子は現れた。手を少し挙げ彼女はこちらにやって来た。
おそらく俺より幾つか歳上で、女子大生といった風貌をしていた。
茶色い髪を肩まで伸ばし、デコは前髪で隠れていた。白い、カチューシャをしている。
黒いスキニーパンツを履き、ニューヨークの風景が描かれたTシャツの上には、デニムのジャケットを羽織っていた。
赤いふちのフレームの大きなメガネかけている。
メイクは少々、濃かった。ファンデーションをたっぷりと塗り、アイシャドウを入れ、チークでほんのりと頬は赤く、まつ毛は長かった。つけまつ毛かも知れない。唇にはリップの艶があった。
濃いメイクをしなくても、充分に顔立ちは良さそうだった。従姉ということもあってか、どこかさくらと似ていた。さくらが濃いメイクをすると、このようになるのかも知れない。
「こんにちは、君が夢野くんだよね?」と彼女は言った。さくらとは違い、少年のような低い声をしていた。俺は、どこかでこの声を聞いたことがあるような気がした。
「はい、あなたが今井さんですね」
「うん、よろしく」
「どこかでお会いしましたかね」と俺は言った。「聞いたことのある声なので」
「いや、ないと思うけど……。あっ、まさか口説いてる?」
俺はくすりと笑った。なかなか愉快な人らしい。
「もちろん」と俺は答えた。
今井も口に手を当て笑った。やはりどこかさくらと似ている。
この近くにあるカフェに行こうと今井は言った。そのカフェは俺も知っていた。若向けのリーズナブルな価格になっており、店内もなかなかオシャレな作りになっていると有名だった。だが、一番肝心である味に関しての噂は、なにも聞こえてこなかった。
五分ほど歩き、カフェについた。店内には、広い間隔で四角いテーブルが置かれ、椅子は小さなソファーだった。天井にはこれまた小さなシャンデリアが下がり、奥の方には螺旋階段があった。だがあれは景観のためであろう。
ふと気づいた。かすかではあるが、店内からエンニオ・モリコーネのアマポーラが聞こえていた。これは俺の好きな曲の一つだった。このミュージックもあいまって、良い心地にさせてくれた。
俺たちは角の席に座った。学生帰りの時間も手を助け、空席はほとんどなかった。みな、楽しそうな顔して談笑していた。
「なにを頼む?」と今井は言った。
「俺はコーヒーを」
「じゃあ俺はココアでも頼もうかな」
店員が来ると、それぞれ飲み物を注文した。店員は軽快に返事をすると頭を下げ、背をまっすぐ伸ばし離れていった。この小洒落た店で働くことに誇りを持っているようだった。
「さくらとは、よく会うのですか?」と俺は訊いた。
今井は店内を見渡しながら言った。「まあ、たまにかな」
「その時に、俺の話を聞いたんですね」
「そう」
「正直に答えてほしいのですが、突然家に上がり込んできた俺のことを、さくらはどう思っているようでした」
今井はニヤニヤと笑い顔を近づけてくると、
「なに、もしかしてさくらのこと好きなの」
「そうではありませんが、嫌がっているのなら訪問するのは控えようかと思って。さくらはまた来てくれと言ったが、あれは気を使ったのかも知れない」
すると突然、今井の顔色は変わった。
「そんなことないよ!!」
今までニヤニヤと笑みを浮かべていたのに、突然目を見開き、必死な表情になった。
そこで店員がコーヒーとココアをお盆に乗せやって来た。今井はハッとし、バツが悪そうに顔を背けた。
店員がお辞儀をして去ると、今井は身を乗り出し、力強い声で言った。
「夢野くんには、とても感謝しているよ。一度ならず二度までも助けてくれるなんてって。心配してわざわざ家まで来てくれて、本当に喜んでいた。嫌がってなんかないよ、あの子はあなたに感謝しかしていないもの」
まるでこんこんと説教するように言った。俺が間違っているということを、どうしても解らせたいようだった。
俺は言った。「そう思ってくれているのなら、気兼ねはいらないみたいですね」
「うん。だからさくらに会いに行って上げて。ああ、そうそう。あの子、ゲームが好きだから次会いに行ったとき一緒に遊んであげて」
「ゲームかなるほど、そうしましょう。今の彼女には、そういうのも必要なのかも知れない」
「夢野くんに迷惑をかけるかも知らないけど、どうか仲良くして上げて。さくらもそれを望んでるから」
そう言った今井はさながら母親のようだった。
俺はそこでコーヒーに手をつけた。一口、二口と飲んでいく。だが、どうやら缶コーヒーには勝てないようだった。彼女もココアに手をつけた。
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