第13話 不良くんからの話
デスクの椅子に座ると俺は言った。「落ちてるナイフをしまい、こっちへ来いよ。俺の前にある椅子に座れ」
北川はビクリと体を震わし怯えるように俺を見たが、
「はい……」と答えた。
北川が椅子に座るのを待ち、俺は言った。
「実は、君には聞きたいことがあったんだ。こうしてわざわざ相談室に来てくれて、ありがたい限りだよ」
北川は数枚テッシュを抜き取ると、鼻に当てた。ゴミ箱を彼に渡すと、先ほどまで当てていた真っ赤なテッシュを捨てた。
ポケットから缶コーヒーを二つ取り出すと、一つは北川の前に置いた。
「君の分も買っておいたんだよ」
「あ、ありがとう、ございます……」と北川は言った。もうタメ口ではなくなっていた。
俺は蓋を開けると、美味そうに飲んだ。
「なんだ、君は飲まないのか? ……ああ、口が切れってしまっているのか。確かにそれは痛いな」
「…………」
仕方がないので、俺は彼のため買った缶コーヒーをポケットにしまった。
「そういえば、あれは君かな?」と俺は言った。「校内でタバコを吸っているのを近所の人に見られ、停学になったことがあったな? 北川違いかな?」
「いや、俺ですね」
「なるほど、君は相当の悪らしいな」俺は笑みを漏らした。「ナイフを持っていたし。あれはいつも持ち歩いているのか」
「いちおう……」
「使ったことは」
「ありません。脅しのために持っているだけですから」
「本当か? 嘘は身のためにならんぞ」
「もちろん本当ですよ! 持っていると、仲間からお前は危ないやつだなって言わるんです。それが嬉しくて……」
「見栄のためか。やはり可愛いやつだな」
「ば、ばかにしてるんですか……」
「当たり前だろう」俺はコーヒーを啜った。「では本題に入ろう。俺は今、一月前に起きた猫殺しのことを調べている。覚えてるだろ?」
「もちろんです」北川は新しいテッシュを抜き取った。
「聞くところによると、君はクラスメイトの岸田さくらを犯人だと断言したそうじゃないか。それもまるではやし立てるように。根拠はあったのか」
「い、いえ……」
「では何故そのようなことを言った。洒落ではすまなくなるのは君も解っていただろう」
「はい……」
「なぜだ。答えろ」
北川は唾を飲み込むと、下を向いた。「岸田は、いつも笹山といました。笹山に話しかけるチャンスをことごとく潰されて、それで少し嫌がらせをしてやろうと思って……」
俺は思わずはんと声に出し笑った。だが、けっして愉快ではなかった。
「最低だな、お前は。お前のせいであの子は学校に来れなくなってしまったんだぞ。どう落とし前をつけるよう気だ? お前も学校に来れなくしてやってもいいんだぞ?」
北川はうつむいたままで、なにも言わなかった。根性のないやつだった。
その時、ポケットに入っているスマートフォンが鳴った。どうやらメールらしかった。
俺は言った。「俺は、岸田さくらがもう一度学校に来れるようにするつもりだ。罪滅ぼしのつもりで、学校に来やすくなるように取り計らっておけ」
「ど、どうしてさくらのために動くんです」と北川は言った。
「依頼されたからだよ」と俺は答えた。「もう帰っていい。鼻血ももう止まったろう」
「……はい、すいませんでした」
北川はそう言うと立ち上がった。視線を俺に外すことなく頭を下げると、後ろを向き歩き出した。彼の背中は中年サラリーマンのように疲れきっていた。
「最後に一つ」と俺は言った。
北川はびくりと肩を震わし、振り返った。背中と同じく疲れきった顔をしていた。
「なんです……?」
「今日のことは教師に言うなよ。お互いのためにならない。俺も内申が惜しいんでね。なにより君はナイフを持ち出したのだから」
「は、はい、わかっています」
北川はそう言うと、前を向き歩き出した。今度は静かに扉を開け、出ていった。
俺はコーヒーを飲みながら、ぽたぽたと床に落ちた血を眺めていた。彼の涙のようにも見えた。出ていく前に掃除させておくべきだった。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、先ほどのメールを確認した。
題名には、『こんにちは! 岸田さくらの従姉です!』と書かれていた。だがこのメールはスマートフォンのアドバイスではなく、グーグルメールのものだった。どうしてグーグルなのだろうか。取り敢えずこのメールを開くことにした。
本文はこうだった。
『こんにちは、さくらの従姉の
文面から見て、明るい人物だということはわかる。
俺は少し考え、会ってみることにした。メールを送ると、すぐに返事が戻ってきた。二十分後に、駅前で待ち合わせることになった。
俺はコーヒーを飲み干すと、ゴミ箱に捨て、部屋を出た。教室にカバンを取りに行くと、駅に向かった。
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