第11話 友達に
放課後になり、俺はさくらのクラスに向かった。
まだ半分以上の生徒は残っていた。教壇側の扉から教室に入る。すると、みなから注目を集めた。何者だという目だった。そのクラスの生徒にとって教室は縄張りみたいなものである。異物は好まれない。
「夢野先輩」
すぐ左の席から聞こえてきた。そこには、長い髪にカールをかけた女子生徒がいた。背は小さく、黒縁のメガネをかけている。友人と談笑していたようだった。その友人は、不思議そうな目で俺を見ていた。
「もしかして、笹山ゆきか?」と俺は言った。
「そうです。あの時はどうもありがとうございました」
「あの時? ああ、気にしないでくれ」
あの時って? と友人が笹山に訊いた。笹山は詳細に説明した。それを聞いた友人は、へえ、そうなんだ。かっこいいですねと言った。最後の言葉は俺に言ったらしかったが、無視をした。
「それで、どうしたんですか?」と笹山は言った。
「さくらのことで、君に聞きたいことがあるんだ」
笹山は目を大きくした。「さくらちゃんのこと、ですか」
「そうなんだ」と俺は言った。「楽しく話しているところすまないが、少し時間をくれないか」
笹山は力強く頷くと、
「はい、分かりました」と言った。
そして友人にごめんねと謝ると、椅子から立ち上がった。友人は、じゃあまた明日ねと言い、離れていった。笹山は小さく手を振った。
その時、視線に気づき俺はそこに顔を向けた。
窓際の後ろの席で、悪そうなのが厳しい顔をして睨んでいた。制服を着崩し、椅子にふんぞり返っている。髪型は細心の注意を払いワックスでセットしているようだった。
俺が彼になにかした記憶はなかったし、彼になにかされた記憶もなかった。俺は一応、笑いかけておいた。笑顔は争いを生まないはずだが、彼はイライラしているようだった。俺はますます笑った。
俺と笹山は廊下に出て話すことにした。俺は壁に背をつけ、笹山は左隣にきた。扉が開いていたため、俺の視線の先には教卓があった。ところどころへこんでいるのが解った。
俺は笹山に顔を向けると、話を切り出した。
「俺はある人に依頼され、さくらをもう一度学校に復帰できるようにしたいと考えている。そのためには、まず事件を解決しなければならない。たから君に色々と話を聞きたいと思ってね」
「じゃ、じゃあ、さくらちゃんには会ったんですか?」
「ああ。ゆきちゃんに会ったら、心配しないでと伝えてと言われたよ」
「そうですか」笹山はそう言うと、目を伏せた。「さくらちゃんの様子はどうでしたか」
「猫殺しと噂されていることを、かなり気に病んでる様子だったよ」
「わたし、さくらちゃんに謝らなくちゃ……」と笹山は小さい声で言った。
俺は訊ねた。「どうして?」
「さくらちゃんが噂されていたのに、庇うことができなかったんです。友達なのに……。怖くて、声が出ませんでした。最低です……。気まずくなって、そのあと連絡も送れてません……」
「そうか」と俺は冷静に言った。「なら、学校に来たらまた仲良くしてやってくれ。それが贖罪となるだろう。俺もできうる限りのことはする」
「そう、ですね……。ありがとうございます」
「それで話を聞きたいんだが、猫殺しがあった日、さくらは体調不良で授業を抜け出したのか?」
「そうです。もともと朝から体調が悪そうでしたし」
「それは二限目の授業が始まり、三十分ほど経ってから?」
さくらは少し考えたあと、
「はい。確かそれくらいだったと思います」
「そうか。それからすぐにさくらは帰ったのか」
「はい。先生が慌てた様子でカバンを取りに来ましたので」
俺は頷いた。どうやら、さくらの話と食い違いはないようだった。
「では、さくらの悲鳴は聞こえたか?」
「はい、かすかではありましたが聞こえました。さすがに誰の声かまでは解りませんでしたけど、悲鳴だということはすぐに解りました」
「なるほど」と俺は言った。「じゃあ猫の鳴き声は聞こえなかったか?」
この教室にまでさくらの悲鳴が聞こえていたのだ。猫の鳴き声よりかはさくらの悲鳴の方が大きいだろうが、聞こえていてもおかしくはないだろう。
しかし、笹山は首を振った。
「そうか」と俺は呟くように言った。
次の質問をしようとしていると、俺の視界にあの“悪そうなやつ”が入ってきた。教卓の横に立ち、得意の厳しい顔をして俺を睨みつけていた。
俺は笹山に言った。「どういった経緯で、さくらが犯人呼ばわりされるようになったんだ」
「はい」と笹山は相槌を打つように言い、「さくらちゃんが帰ったあと、猫が殺されたことを知り、どうしてか
俺は左手を挙げ遮ると、
「あの睨んでいる怖いのがそうかな」
笹山はちらりと教卓の方へ目を向け、
「そうです。あの人が北川くんです」と言った。「でもなんでだろ、どうして怒ってるんだろう。話してる内容聞こえちゃったかな……」
「いや、きっと違うだろうな」と俺は言った。
君が好きだから、馴れ馴れしく話す俺にむかっ腹が立っているのだろう。ああして睨みを利かし、ハエを追っ払おうという腹だ。可愛いじゃないか。
俺は笑みを漏らした。
「どうしました?」と笹山は言った。
「いや、なんでもない」と俺は答えた。「最後に一つ訊きたい。クラスにおける現在のさくらの心象はどうだ? さくらが白であると証明されても、もうクラスに馴染めないほどだろうか」
「いえ、わたしも含め、みんなも悪いと思ってるはずです。そんな噂に踊らされて。さくらちゃんが来なくなってから、みんなも噂話をしていませんし、後悔してるんだと思います」
俺はくすりと笑った。「北川はそうでもないのだろうがね」
笹山はなにも言わず黙り込んだ。沈黙は答えを言っているようなものだ。
「ありがとう、話を聞かせてもらって」と俺は言った。「だいぶ助かったよ」
「い、いえ」笹山は慌てて両手を振った。「こんなことしかできませんので……。またなにかあれば、ぜひ来てください。協力できることがあれば言ってくださいね」
「ああ、そうさせてもらおう」俺は笹山の肩に手を置くと、顔をぐっと近づけた。笹山は恥ずかしそうに顔を赤らめ、えっと声を漏らした。そうして俺は耳元で、「なにか困ったことがあったら、遠慮なく相談室に来なさい。ささやかながら助力しよう」
笹山は耳まで真っ赤にし、恥ずかしそうに何度も頷いた。
俺はちらりと北川を見た。やつも顔を赤くし、ぷりぷりと怒っている様子だった。俺は口元を緩ませた。扱いやすいだった。
さよならを言い、廊下を歩き出した。笹山は小さく頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます