第10話 保健室

 二限目が終わり、お昼休みになった。


 俺はコンビニで買ったカレーパンとたまごのサンドウィッチを食べ、缶コーヒーを一缶飲み干した。

 席を立つと保健室に向かった。


 保健室はあの渡り廊下を通り、左に曲がったすぐのところにあった。なので、猫の悲鳴が聞こえてもおかしくはないだろう。それを質そうとした。


 扉を開け、保健室に入っていく。

 入口のすぐ右には洗濯機があった。古い洗濯機らしく、ガタガタと揺れ音もうるさかった。風邪で寝込んでいる生徒には酷だろうにと思った。


 先生は奥の机で書き物をしており、俺にちらりと目を向けると、こちらに体を向け、

「どうしたの?」と言った。


「お忙しいところすいません、少し訊きたいことがありまして」

 俺はそう言いながら近づいた。


 先生の名前は確か、渋谷しぶや光子みつこ。年齢は四十くらいで、歳のわりには皺が多いようだった。気がつけば、左の薬指にあった指輪は消えていた。なら、もう渋谷ではないのかも知れない。


「訊きたいこと?」と“渋谷”は俺がそばに来ると言った。

「一月ほど前に、猫が殺されたことがありましたよね」

「ああ、あったね。確か、一人の生徒が発見して……」

「そうです。先生はその生徒の悲鳴を聞き、駆けつけましたよね?」

「ええ。俺だけじゃなく、上にある職員室にも聞こえたみたいでね、何人かの先生も駆けつけたわ」

「ではその悲鳴が聞こえたということは、猫の鳴き声は聞こえなかったんですか? 殺される時に、悲鳴を上げてもおかしくないと思うんですが」


「ああ……確かにそうねぇ……。でも聞こえなかったなあ。あの日、そこのベッドで一人寝てたんだけど、その子も気づいてなかったし」


「そうですか」

 俺は顎に手をやり考えた。やはり悲鳴は聞こえなかったのだ。ではどうやって──?


「なに、犯人が探し?」

「そんなところです」と俺は答えた。

「どうして今更?」

「とある教師の怠慢のせいですよ」

「えっ?」

「では、これで失礼します。ありがとうございました」


 俺は背を向け歩き出した。扉を開けると、外に出た。


 廊下を歩きながら、俺は考えていた。

 保健室にあるシーツなどを使い猫を覆い被せれば、鳴き声はたちまち消えてしまうのではないだろうか。返り血を浴びてしまっても、洗濯機で洗うこともできる。

 しかし、同時に問題もある。渡り廊下に猫がいるのを発見し、わざわざシーツを取りに行き殺したのかということである。それはどうも納得にかける。


 確かな動機が解れば、犯人像も絞れるのだろうが。

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