第9話 巡らせる頭

 コーヒーを啜り、吐息をつくと、もう一度事件の考えに戻った。

 おそらく、これは計画的犯行ではないだろう。猫を殺そうと計画していたのなら、こんな廊下は選ばない。ましてや学校では殺さないだろう。この廊下に猫がやってくるとも限らないのだ。三日待とうが一週間待とうが、一年待とうが通る保証はない。

 では、猫嫌いのやからがいて、猫を歩いているのを見て思わず激情し殺したのか? だが、それだと生活なんてできないだろう。なら、ストレス発散のためだろうか? サドによる快楽のため?

 もしくは、なにか別の理由があったのかも知れない。


 例えば、猫になにかを盗まれたとか。


 いや、これも現実的ではないな。犯人が煮干しでも持っていたというのか。仮にそうだとしても、殺すに至らないだろう、煮干しくらいで。


 もう一つ重要なことがある。殺害に用いた凶器についてだ。刺殺されていたらしいが、ナイフでも持っていたというのだろうか? だが、それこそ計画的犯行でしか有り得ないことだろう。通常、そんなものなど持ち歩いていない。

 ならば、ボールペンかなにかだろうか。ペンも凶器にはなり得るはずだ。


 だがこれも、これだなと納得はできなかった。何かしらの事情で授業を抜け出し、第二校舎に向かうためこの廊下を通ったとしても、ボールペンなどは手には持っていないはずだ。それこそ、さくらみたいに体調不良で授業を抜け出した場合は。まさか猫が通ると予測して、教室を出れるはずもないだろうし。

 なら学校の者ではなく、外部の人間だろうか? 何者かが学校に侵入し、猫を殺したのだ。


 しかし、それはリスクは高すぎるだろう。それならば、何処かで殺した猫を学校に放置した、と考えた方がまだリアリティーがある。校内で見つかれば、学校の誰かがやったと思われるからだ。

 一応、外部犯という線も考えておいた方がいいかも知らない。


 そしてもう一つ、思いつくことがあった。

 人間ではなく、“動物”がやったのではないかということだ。例えば猿が、木の棒のようなものを持ち、威嚇してきた猫に突き刺す──


 そこまで考えたところで、俺は思わず笑った。


 猿に武器を使う知能などないではないか。あれば大発見である。ましてや猿が犯人などと。モルグ街の殺人じゃあるまいし。

 俺はそこで、猿が手を叩き大笑いしているのを想像した。俺を馬鹿にしていた。想像なのに、耳を押さえたくなるほどうるさい鳴き声であった。

 お笑い草だ。俺にもデュパンのような推理力があれば。


 鳴き声──。


 俺はあっ、と声を出した。

 そうだ、鳴き声である。殺された時、猫は鳴き声を上げなかったのか?


 いや、大いに上げたはずである。


 となれば、大人数が聞いているはずだ。特に授業中ならば、校舎は静まり返っている。鳴き声は届くはずだ。

 だが、鳴き声が聞こえたという話は聞いていない。どうなっている。なにかしらの方法で鳴き声を防いだのか? 考えられるとすれば、猫の口を塞いだということだ。だが手を引っ掻かれてしまうだろうし、そうなると犯行は難しいだろう。もし手を離してしまえば、いっかんの終わりなのである。


 では、なにかタオルのようなものを被せて? だが誰がそんなものを持っていたというのか? これは計画的犯行ではない。


「おい、夢野くん。夢野くん」


 そこで誰かに呼ばれた。うつむけていた顔を上げると、授業帰りの青野がいた。

「予鈴が聞こえなかったのか? もうすぐで授業が始まるぞ」

 俺は、はっとした。気がつかない内に、ずいぶんと時間が経っていたらしい。青野は微笑を浮かべていた。


 礼を言うと、俺は教室に戻っていった。


 解らないことは、まだまだ沢山あった。長い仕事になりそうだった。

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