第7話 約束

 さくらは語り終えると顔をうつむかせ、ももに置いた拳をぎゅっと握り、歯を食いしばった。


 俺は顎に手をやり、考えを巡らせてみた。

 さくらに訊きたいことは沢山あったし、なによりその猫殺しがあった現場を見てみたかった。


「その猫は、人懐っこかったのか?」と俺は訊いた。

「はい、歳も取っているようでしたし、人間なれしているようでした。他の生徒と遊んでいるところも見たことがありますし」

「じゃあその猫を嫌ってるやつはいなかったか?」

「いないはずです。わたしの知ってる限りはですが」


「そうか」と俺は頷いた。「刺傷と言ったが、ナイフのようなものだろうか?」

「んん……」さくらは唸り声を上げ、眉根を寄せた。「上手くは言えませんが、ナイフではないように思います……、あっいやでも……」

「確かなことは言えないか」

「はい、すいません……」

「専門家ではないんだ、当然だろう」と俺は言った。そして腕を組み数秒ほどじっと考えると、顔を上げ、「その猫殺しの問題が解決されれば学校に来れるか」


「えっ」


「君の身の潔白を証明できれば、そんな噂も消えるだろう?」

「は、はい。ですが……」

「やってみるよ。犯人が誰か探してみる」

「いいん、ですか……?」とさくらはおずおずと訊ねた。

「ああ」


「すいません、また助けてもらうことになって」さくらはそう言うと頭を下げた。「感謝してもしきれません。やっぱり、わたしにとって夢野さんはヒーローです……」

「そんな言葉は俺には似合わない。ただ委員の仕事をしようというだけだ」

「でも、ありがとうございます。本当に……」

 さくらはそう言うとまた深々と頭を下げた。青野と比べれば、よほど彼女の方が礼儀正しい。


 俺は時計に目を向けると、

「では、そろそろ帰るとするよ」

 と言い床に手をつき立ち上がった。さくらも慌てて立ち上がると、

「あの、ど、どうもありがとうございました」


「いや」と俺は言った。「ああ、念の為に電話番号とメールアドレスを教えてくれないか?」

 さくらは勢い良く背筋を正し、

「は、はい! よろこんで!」

「まるでラーメン屋だな」と俺は笑いながら言った。

 さくらは恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向いた。


 俺たちはスマートフォンを取り出すと、お互いの連絡先を交換した。


「初めて、男の人と連絡を交換しました……」とさくらは言った。「先輩は、異性の人と交換したことはありますか」

「ああ」

「そ、そうですか……」とさくらは肩を落とし言った。そのわけを俺は訊かなかった。

「では、ありがとう。もう行くよ」


「あ、先輩」とさくらは呼び止めた。「もしわたしのクラスに行くことがあれば、笹山ささやまゆきちゃんていう子に伝えてもらいたいことがあるんです」


「なんだ」

「心配しないで、て」

「わかった」俺は頷いた。「だが、そのゆきちゃんてのはどんなだ」

「大学生に絡まれたとき、一緒にいた子です。背が小さくて、長い髪を少しカールさせていて、黒縁のメガネをかけてます」

「分かった。見かけたら、声をかけておくよ」

「お、お願いします」とさくらは頭を下げた。


 俺は扉に近づくと、ドアノブに手をかけたところで振り返り、

「じゃあな、さくら。今日はありがとう」

「せ、先輩! また来てくれますよね……?」

「ああ、そのつもりだ」

「ありがとうございます」


 さくらはそう言うと、また深々と頭を下げた。見習うべきほど律儀な娘だった。それゆえ、抱え込み過ぎるところがあるのかも知らない。律儀だということは、それだけ人のことを考え過ぎているということだ。

 俺は手を挙げると、部屋を出ていった。

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