第4話 接触

 月曜日になり、授業がすべて終わると、俺は生徒相談室には向かわず岸田さくらの自宅へ向かった。

 授業中も、彼女を納得させる言葉を考えていたが、気の利いたセリフは見つからなかった。カウセリングの本を読むべきかも知れなかったが、付け焼き刃ではすぐに折れてしまうのが関の山だった。


 岸田さくらの自宅につくと、チャイムを押した。スピーカーから母親の声が聞こえると、先日お邪魔させてもらった夢野ですと答えた。

 どうぞ上がってと言われ、俺は中に入っていった。それと同時に母親がリビングから出てきて、スリッパを出してくれた。


 俺はスリッパを履くと、

「金曜日、俺が帰ったあと、娘さんはなにか話していましたか?」

「なにも話してなかったよ。でも、心無しか喜んでいる気がしたわ」

「そうですか……」と俺は言った。意外な返答だった。学校のものに心配されているのが嬉しいのか、それとも母親が気遣ってそう言ったのか。どちらかはわからない。どちらでもないのかも知れない。


 俺は母親の了解を得て二階へ上がって行った。

 部屋の前につき、またしても扉に耳を当てノックした。

「すまない、このまえ来た夢野だが──」


 俺はそこで言葉をとめた。その先のセリフが、思い浮かばなかったのだ。カウンセリングの本を読んでおくべきだった。付け焼き刃でも、折れるまでは戦えるのだから。

 俺は扉から耳を離し、どうしたものかと腕を組んだ。このまま硬直状態が続くのは好ましくないだろう。かといって乱暴に開けるわけにも――


 その時、ガチャっと鍵の開く音がした。


 俺はドアノブに目を落とした。

 入ってくれということだろうか? 俺は顔を上げ、扉の先を見つめた。


「入っていいのか?」と俺は呼びかけた。返事はなかった。

 扉を少し開け隙間を作ると、入るぞと声をかけた。そうして数秒待ち、扉を開け中に入っていった。


 部屋は七、八畳ほどの広さで縦長だった。白い本棚が二つ壁に並び、奥の角にはテレビが置かれていた。その前には最新のゲーム機があった。

 真ん中には赤いプラスチックの丸テーブルがあり、その上にはノートパソコンと小さなスピーカーがあった。パソコンは開き、俺にそっぽを向いていたが、スピーカーだけは俺を見つめていた。


 岸田さくらは、部屋の奥のテレビの前に立っていた。緊張した表情をし、頬を赤らめているのが遠目からでも解った。恥ずかしがっているようである。

 髪型は黒のショートカットで、前髪は左に流していた。若さゆえの艶のある綺麗な髪だった。

 目はくっきりと大きく、鼻筋もしっかりとしていた。顔も口も小さく、愛らしい顔立ちをしていた。しかし、猫背気味でどこか陰気な雰囲気があった。青野の言うように、大人しい性格なのだろう。うるさいよりかは幾分もましではあるが。


 パジャマ姿を想像していたが、そうではなかった。ブルージーンズに、ミッキーマウスが描かれた白のパーカーを着ていた。簡単な服装ではあったが、部屋着にしては凝っている。俺に会うのを想定して、着替えてくれたのだろうか。


 そして何故か、ワイヤレスのヘッドセットをつけていた。コールセンターなどのオペレーターが使う、片耳タイプのヘッドホンだ。


 疑問はあったが、俺は後ろ手で扉を閉めると言った。「こんにちは、岸田さくらさん」

「こ、こんにちは」


 女の子的な、実に可愛らしい高めの声だった。だが声は彼女からではなく、テーブルにあるスピーカーから聞こえてきた。俺は目を細めた。

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