第62話 調査結果③

「ふたりの言うことはどちらも正しいが、そこに落とし穴があったんだ」


「落とし穴?」


 2人の話してくれた江戸川区と邪龍にまつわる歴史には、ミスリードになる部分があった。どちらも伝え聞いた話であったのに、どちらも主観での話だということが原因だ。

 100年前、邪龍を封印したのは一條の先祖なのか、それとも竜宮家なのか。その答えは、どちらも話していたようで、実は俺の父親も咲ちゃんも話していない。


「二人とも言い方が紛らわしいんだよな。状況も状況だったから仕方がない部分もあるんだけどさ。まあ、咲ちゃんに関しては本人も勘違いしていたのかもしれない」


「つまり?」


 空が答えを急かす。


「あの時、俺の父さんは『邪龍を眠らせたのは一條の術によるもの』と言っただけだ。厳密には海野がそれを聞いて、その通りだと言ったんだ。『一條家の者が術を使って封印した』とは言っていない」


「うーん、そうだったっけ。よく覚えているね」


 知恵が首を捻らせる。


 その通り。俺だって6年も前の会話を一語一句覚えているわけじゃない。なんとなくの記憶を、海野と父さんとすり合わせただけだ。


「ふむ、つまり封印は竜宮家が行ったと?」


「そうとも限らない。咲ちゃんは『邪龍は竜宮家に封印していた』『竜宮家は邪龍を見張る役目を負っていた』と言ったんだ。竜宮家が邪龍を封印したとは言っていない」


 つまり、誰が邪龍を封印したかは誰も言っていないってことだ。


「あれ?でも咲ちゃんは、一條家には邪龍を封印することなんてできないって言ってなかった?」


「ああ、それは6年前の邪龍の話だろう。一條は竜の研究を禁止されていたんだ。100年前にはあった技術でも、現在には受け継がれていないと考えるのは普通だよ。実際は100年間もこっそり引き継いでいたんだけどさ。」


 冷静に考えればすごいことだ。


「それに、咲ちゃんは邪龍を封印したのは竜宮家だと思っているだろう」


「実際は違うってこと?」


「いや、それはわからない」


「わからない?」


 後から確認したが、父さんも咲ちゃんも大正時代の邪龍を誰が封印したかの記録までは持っていなかった。


「わからないって、じゃあ調査はそこで行き詰まりか?」


 英彦のことだ、答えをわかっていてわざと聞いているだろう。話を進めるための彼なりのアシストだ。


「いや、そんなことはない」


「え?でもわからないんでしょ?」


 今度は二宮が疑問を返す。こちらは本心だろう。


「わからないが、どうでもいい。別に俺たちは大正時代に誰が邪龍を封印したかを知りたいわけじゃないからな」


「あ、なるほど」


 江戸川区にドラゴンがいない理由を突き止めるために重要なのは、竜宮本家のある一之江に邪龍が封印されていたことと、葛西水龍はそこに封印されていたわけではないこと。この2つだ。あとはどうでもいい。


* * *


 空が俺の頭を軽く小突く。


「なんだよ」


「『矛盾がある』なんて自分からもったいつけて話はじめて結論は『どうでもいい』かよ」


 たしかに、言われてみるとそうだ。矛盾のあたりは俺も惑わされたものだから、ついみんなに話したくなってしまった。


「悪い悪い。でもこうやって俺たちも色んなことに悩んで苦労しながら調査を進めたんだよ。それを知ってもらいたかったんだ」


「なんだ苦労自慢か。それくらいなら聞いてやるぞ」


 空がどかっとソファにもたれかかる。


「話を戻すけど、大正時代から6年前まで邪龍が封印されていたのは竜宮家のある一之江。一之江を中心にして、円形にドラゴンがいない地域があった。だから江戸川区外の小岩や大島にもドラゴンがいなかったんだ。そして今は小岩や大島にはドラゴンがいる。ってことは、どういうことかわかるよな」


 さすがにここまで言えば、全員の頭に答えが浮かんでいるようだ。


「そう、円の中心が6年前に変わったんだ」


「今は邪龍が封印されているのは一之江じゃないってことだよね」


 6年前のあの日を思い出す。葛西水龍の背に乗り、俺と知恵は海の上で邪龍と戦った。そして、封印の呪文を唱えて邪龍が消えていったのは・・・。


「そうだ。今は東京湾の奥に邪龍は封印されている」


「東京湾?」


 英彦の眉がぴくっと動く。この怪訝そうな顔は、俺の話の矛盾点に早くも気が付いたようだ。さすがに頭がいい。


「ああ、6年前に再び復活した邪龍を封印したのは俺たちだ。現場にいた俺たちは、調べるまでもなく答えを知っている」


 英彦が体を乗り出す。


「さっき、ドラゴンがいない円形のエリアは半径7,8キロ程度と言っていたよな」


「ああ、そうだ」


 一之江を中心に江戸川区がすっぽり入るくらいの円だから、そのくらいになる。


「東京湾に邪龍が封印されているとして、それがどの位置かはわからないが、たとえ葛西臨海公園すぐ近くだとしても、そこから8キロの円じゃあ江戸川区の半分も入りきらないじゃないか」


 英彦の指摘の通り、円の中心が一之江から東京湾に移動したことで「ドラゴンがいないエリア」であるはずの円は江戸川区の外に移動してしまっている。円の中に入っているのは葛西近辺の一部地域だけだ。西葛西も、平井も、新小岩も円の外になっている。


「なのに、今現在でも江戸川区にはドラゴンはいないの?」


 久しぶりに吉田が会話に入る。初めはつまらなさそうだったが、少しずつ興味を持ってくれているようだ。


「ああ、今も江戸川区にはドラゴンはいない。俺たちだけでなく大学の教授や研究生も調査しているから間違いない」


「それってどういうことなの。一之江を中心にした円の中にドラゴンがいないっていうのが勘違いだったってこと?」


 そう思ってしまうのも自然なことだ。俺も最初はそう思った。


「いや、違う。その証拠に、さっき二宮がいったように、以前は小岩や大島にいなかったドラゴンが、6年前から発生している。これは円の位置が変わったことで小岩や大島が円の外になったからだと推測できる」


「でもその隣の新小岩とか船堀、平井にはいないんでしょ?」


 俺と知恵、海野がうなずく。


「ああ、そういうことか。つまりこれもミスリード、いや、骨折り損のくたびれ儲けといったところか」


 英彦が納得したように手をぽんと叩く。空が怪訝そうに英彦の顔を見る。


「どういうことだ?」


「つまり、一之江に封印された邪龍を中心に一定距離にドラゴンがいないっていうのは小岩や大島にドラゴンがいない理由であって、江戸川区にドラゴンがいない理由とはまた別。いや、厳密にいえば江戸川区も円の中にあったことは事実だから、理由の1つではあったけど、他にもドラゴンがいない理由がある、ってことかな。付け加えるなら、円の話は6年前まで江戸川区にドラゴンがいなかった理由であって、今江戸川区にドラゴンがいない理由はまた別ということだ」


 英彦に先に説明をされてしまった。英彦の言う通り、円の中にドラゴンがいないというのは事実だ。邪龍が封印されているとそこから一定の距離にはドラゴンが生息できなくなる。その円の中に6年前まで江戸川区一帯、大島や小岩も含まれていたので、その中にはドラゴンはいなかったのだ。


 しかし、その円が移動してみて新たにわかったのは、その円、邪龍が封印されている場所が遠かったとしても、江戸川区にはドラゴンは発生しないということだ。


「つまり今江戸川区にドラゴンがいないのは、そのもう1つの理由ってのが原因なのか」


「ああ」


「で、その理由は判明しているの?」


 俺と知恵と海野は顔を見合わせてにやっと笑う。それを見て空と吉田が眉をひそめる。


「もちろん。それがわかったから今日みんなを集めたんだ」


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