第63話 調査結果④
「静岡か山梨にでも行ったのか?」
「え、なんで?行ってないよ」
知恵の鞄から出てきたキーホルダーには頭に富士山のついたキャラクターが書いてあった。てっきり富士山のある静岡か山梨に旅行にでも行ったのかと思ったのだが、違うようだ。
「まさか『お湯の富士』を見て言っているのか?」
海野がキーホルダーと俺の目線を見て驚きの声をあげる。『富士』というから俺の言っているキャラクターであっているだろう。
「ああ、富士山のキャラクターだろ?」
「竜一くん。君はなにもわかっていないね」
知恵がやれやれのポーズをとる。この感じ久しぶりだな。でも富士山が江戸川区と何が関係があるというのだろう。
「これは江戸川区の銭湯応援公式キャラクター『お湯の富士』だよ。銭湯には富士山が描いてあるだろう?」
ああ、だから富士山なのか。でも富士山だけキャラクターにして江戸川区の銭湯のキャラクターだって解るのは無理だろう。知らない人は富士山のゆるキャラだと思うって。
「竜一くんも江戸川区長いんだから、詳しくなってもらわないとね」
これまでのことでかなり江戸川区には詳しくなったと思うが、まだまだ奥が深いようだ。
* * *
「で、どこまで話したかな」
休憩がてらの雑談もひと段落し、本題の続きに戻る。
「江戸川区にドラゴンがいない理由は、邪龍が封印された場所から一定距離にはドラゴンが住めないってだけじゃないってところまでだな」
海野が補足する。
「そう、邪龍の封印場所が東京湾に変わった今でも、江戸川区にはドラゴンがいない。それはまた別の理由があるってことさ」
「でも、もう他に手がかりなんてあったか?邪龍を中心に調べていたんだろう」
空が鋭い指摘を入れる。この指摘は間違ってはいない。実際俺たちは邪龍の封印場所が原因ではないと気が付いたとき、かなり落胆した。そこからどうやって調査を続けたらいいのかと悩んだものだ。
「ああ、でも、教授の言葉を思い出したんだ」
江戸川区郷土資料室で会った時、田村教授は俺たちにアドバイスをしてくれた。手がかりがない時はとにかく足をつかって調べたり、関係のなさそうなものでも調べてみるのがいい。今知っている情報から次に調べることを決めるのは一見して効率がよさそうだが、逆に今知らないことに関わるものは全て見落としてしまうことになる。とにかく思いつくことやまだ調べていないことを調べてみるというのも、調査の方法としては有力だ。
「つまり手がかりがないなら、まずは手がかりから探さないといけないってことだ」
「で、手がかりは見つかったの?」
「もちろん」
調査に行き詰った俺たち3人は、まだ調べ切れていないことは何かを考えた。例えば竜宮家の話は咲ちゃんからしか聞けていない。中学生の話だけでは明らかに不十分だ(今は咲ちゃんも大学生だが当時はまだ中学生だった)。他には葛西水龍や江戸川区のドラゴン自体についても情報が少ない。どんなドラゴンだったのか、どんな生態なのか。邪龍が封印されている間、どこにいるのか。
それ以前にドラゴンという生き物について、俺たちは知識が少ない。海野は多少の知識があるが、俺と知恵は詳しくないし、海野も専門家というレベルではない。
「だから俺たちは大学で学ぶことにしたんだ」
俺と知恵は生物学、海野は社会・歴史学。それぞれ大学は違うが、お互いドラゴンの生態や歴史を学び、情報を出し合った。生物学の中でもドラゴンを扱う大学は限られているので入るのに少し苦労したが、邪龍の調査が進む前から大学ではドラゴンの生態研究を学ぼうと決めて勉強を始めていたのでなんとか1浪ですんだ。
「あれ、さっきの話でも大学で調べたとか言ってなかった?」
吉田が思いつきの指摘を入れる。
「わかりにくくて悪い。高校時代にも色々調べてるけど根拠は足りてないから、大学で調べたことも交えながら話してたんだ。だから時系列バラバラだけど、そこは勘弁してよ」
「ふーん」
納得したのかしてないのか、吉田はティーカップを持ち上げて紅茶を飲む。
実際色んなことが少しずつわかっていって、昔予想していたことが数年後に裏付けが取れることもある。間違いもありながら何年もかけて調査したので、時系列通りだとわかりにくい。全部わかった上で整理してから話した方が理解しやすいのだ。しかし、論文発表とか違って友達に話す時は苦労や思い出も伝えたいから、中途半端に順を追って話したのがよくなかったようだ。
「で、大学で勉強した結果何がわかったんだい」
空が話を戻す。
「ああ、まずは江戸川区の歴史と郷土だ。竜宮家も調べたぜ。咲ちゃんも協力してくれた」
やっと自分の出番とばかりに海野が語り出す。
「そういえば咲ちゃんってどうなったの?竜宮家に黙って邪竜を復活させたんでしょ?」
咲ちゃんは6年前に邪竜を復活させた。それは邪竜の封印を護る竜宮家の使命とは真逆の行動だ。当然お咎めなしとはいかなかった。
まず咲ちゃんは竜宮家跡取りから外され、それだけでなく全ての竜宮の施設から立ち入りを禁止された。家からも追い出され、しばらくは親戚の家で暮らしていたらしい。
「でも本人は押し付けられた役目から解放されて、スッキリした顔してたけどな。流石にあの時のことはめちゃくちゃ反省してたよ。そもそも中学生をそれだけ追い詰めた大人に責任があるんだ。決して許されることじゃないけど、彼女だけを責めることはできない」
海野の言う通り、状況からしても小さな女の子だけを悪者にすることではないだろう。
「で、調査なんだが、結論から言うと竜宮家も江戸川区にドラゴンがいない理由は知らなかった。でも色々わかったことはある。例えば世界の歴史を見れば、江戸川区ほどではないけど、ドラゴンがいない時期があった地域は他にもある。昔、アメリカのコロラド州で大きな落石事故があった後にその地域のドラゴンが数年間いなかったということがあった。日本でも、鹿児島なんかじゃ火山の噴火があるとしばらくの間ドラゴンも住めなくなって、姿を消すって話がある」
「へえ、ドラゴンがいないのは江戸川区だけって聞いてたけど、他にもあったのか」
「でもこれらは全て短い期間だ。長くて数年。江戸川区みたいに100年以上ドラゴンがいない地域は他にはない」
俺が学んだ生物学的な視点だと、今目の前にいる生物の体のつくりや生態を調査するが、海野の行った調査はドラゴンに関する記録や歴史に焦点をあてたもののようだ。歴史的文書や記録を調べても普通の動物の情報はあまり出てこないが、ドラゴンは世界中で神や精霊として扱われ、地域と深い関わりを持ってきた。これはドラゴンならではの調査方法だろう。
「これらは大学や竜宮家の持っていた記録を調べたものだ。竜宮家も世界のドラゴンについては色々と調べていたみたいだな」
これは俺にとっては意外だった。俺の知る竜宮家は都内の龍司をとりまとめた、狭い社会の権力者のイメージだ。真面目に世界のことも研究していたことなんて知らなかった。
「それともうひとつ。白川のおじいさんが言っていたように、邪龍自体は世界各地に出現した歴史がある。それを知らべてみたんだ。そうしたら面白いことがわかった」
「面白いこと?」
「邪龍は人間がドラゴンに危害を加えた時に現れて、その地域の人間を滅ぼすだろ?その後に邪龍はどうなるのかってことさ」
確かに、そこは謎だった。
「どこかに帰るんじゃないの?」
「江戸川区の邪龍がいなくなったのは一條家の秘術で封印したからだっただろ。他の国では封印したってことはないから、いなくはならないんだ」
「いなくならないって、ずっといるの?」
「まあそうだな。ずっとって言っても、邪龍の寿命は数十年くらいらしい。だからその地域の人間を滅ぼした後は数十年居座って、寿命で死んだらその後は元通りって感じみたいだ」
これはみんなが意外だったんじゃないだろうか。邪龍が現れる龍害は学校でも習うくらいの知識だが、その後邪龍がどうなるかは知られていない。人間を滅ぼすために現れたのだから、他の地域の人間も襲いに行くか、その地域での仕事が終わったのだからどこかに帰ると考えるのが普通だろう。
「ま、俺が調べたのはこんなところだ。簡単に話し終わったけど、ここまで調べるのに2年はかかった。でもこれで調査のとっかかりにはなったんだよな」
そう、海野の調査結果、そして俺と知恵の調べた生物学的知見からのドラゴンの研究をもとにして、俺たちは調査を再開したんだ。
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