第61話 調査結果②
英彦が気を聞かせてお茶のおかわりを配ったころに、全員が揃って再びソファに座った。
「さて竜一くん、これから船堀タワーの話になるけど、あのことは言わないでおいてあげるから安心したまえ」
知恵がにやっと笑う。「あのこと」とは俺が船堀タワーから無言で帰ってしまい、その後学校に行かなくなったことだろう。学校に行かなかったことはみんな知っているだろうが、その前後にあったことは知らない人も多い。確かにこのメンバーの前で発表されたくはない黒歴史だ。
「船堀タワーに3人で行って、地図を見ながらドラゴンを探したんだよな」
「行く途中で雨が降ったから新川の近くで雨宿りしたよね」
「ああ、竜一をリーダーに任命した時か」
「それは承諾してないだろ」
6年も一緒にいると3人のかけ合いも慣れたものだ。
「それはいいとして、船堀タワーから見渡したら、江戸川区だけじゃなくて周辺にもドラゴンがいない場所があったんだよね」
荒川の向こう側、大島地区は江東区だがドラゴンはいなかった。南東の浦安側も、遠くにはドラゴンが見えたが江戸川付近には見えず、市川市方面にもドラゴンはいないようだった。
「葛飾区もちゃんと調べて、小岩あたりにはいなかったけど柴又や亀有にはいたということがわかってるんだ。そうやって江戸川区周辺を全部調べると、江戸川区の一之江あたりを中心にドラゴンがいない丸いエリアがあった」
「つまり、江戸川区にドラゴンがいないって言うよりは一之江を中心に7から8キロくらいの円の中にはドラゴンがいなかったってことなんだ」
二宮の方を見ると、同じことを思ったのか目が合った。
「実は俺は船堀に行く前からそれを疑っていた。ほら、二宮が言っていただろ?二宮の家がある小岩駅周辺は葛飾区だけどドラゴンがいないって」
「そんな話したね。確かにうちの近くにはドラゴンはいなかったけど、ちょっと歩いたら江戸川区だからなあ」
二宮から誰もいない教室に急に呼び出されたあの日、英彦のことを聞かれた後にそんな話をしたことを俺はよく覚えている。
「へー、竜一くんと明里ってそんな話してたんだ。2人で話してるところあんまり見たことないから意外かも。いつ話してたの?」
知恵が切り込んで来る。
「あ、ああ。なんだったかな」
「え、あー、昔だから私も覚えてないや」
二宮から相談を受けていたことは知恵には秘密だ。これがバレるとあの時知恵が気になっていた「二宮が何か変」の答えを俺が知っていて隠していたこともわかってしまう。それはマズイ。
「とにかく!船堀タワーまで行ってそれがわかったわけだな」
強引に話を戻す。
「なあ」
英彦が会話を遮る。
「なんだか言葉尻が気になるんだが、さっきから過去形で話してないか。小岩周辺にはドラゴンが『いなかった』って」
さすが英彦だ。するどい。
「あとから話そうと思ってたんだけど、バレたか。そうだ。実は今は小岩周辺にはドラゴンはいるんだ。そうだろ、二宮?」
「うん。そうなんだよね。たぶん6年前から」
6年前。邪竜の封印が解かれて、俺と知恵と海野で再び封印したあの日がきっかけだと予想するのが自然だ。
「それってかなり衝撃の事実じゃないのか?一応確認しておくけど、江戸川区には今もドラゴンはいないんだよな?」
英彦が珍しく興味を示す。
「ああ、江戸川区にはいないよ。6年前からドラゴンが見られるようになったのは、小岩など葛飾区の一部と、大島あたりの江東区の一部だ。つまり、江戸川区の北と東だな」
このことは江戸川区にドラゴンがいない理由にも大きく関わってくる。しかしそれを説明するためには先に他の話をしなくてはならない。
「船堀タワーに行った時の話に戻すけど、その時咲ちゃんに会ったんだよね」
それは言うのか!もしかしたら二宮のことも知恵は察していて仕返しなのだろうか。
「この時の会話は色々省略するけど、咲ちゃんはまるで"なぜ江戸川区にドラゴンがいないのか"を知っているみたいに言ってたのね」
「え、そうだっけ?」
なんかあの時は精神がごちゃごちゃでよく覚えていない。
「まあ結論を言っちゃうと咲ちゃんもわかったつもりなだけで、本当の正解はわかってなかったんだけどな」
海野がやれやれ、と言いたげなポーズをとる。海野の言うことは事実だ。あの後ドラゴンがいない理由を調べるために咲ちゃんと何度も話をしたが、彼女の知っていたのは邪竜が封印されたのだからドラゴンもいなくなるだろうという程度だった。実際にはそれは理由として間違っていて、惜しくはあるが真理までは辿り着いていない。昔知恵が言っていたように、一条家や俺が封印したのは邪竜だけであって、江戸川区のドラゴンではない。それで江戸川区のドラゴンがいなくなってしまうのは矛盾している。
「で、この後は何を話そうか」
海野が俺の顔を見る。俺が失踪したことを伏せてくれるそうなので、ならばどこから話すかと聞いているのだ。
「そうだな、一條の歴史と6年前邪竜が復活した時の話はしておかないといけないよな」
ここからは知恵と海野が有明まで来てくれた時に俺の父親から聞いた話だ。
俺の家である一條家はドラゴンを司る宗家である竜宮家の分家にあたる。現在は社でお祓いや祭事を行う竜司という仕事をしているが、本来は竜宮家のサポートとしてドラゴンの生態を調べて、それを有効活用する研究を行う一族だった。
大正時代。一条家はドラゴン、それも邪竜の力を悪用して操ろううとした。そのために邪竜を呼び出す術を生み出したんだ。しかしそれは上手くはいかなかった。邪竜を操ることはできず、辺り一体が滅亡する危機となった。予想外にも江戸川区の親龍である葛西水龍が邪竜と戦ってくれたおかげでなんとか大きな被害は出ずに済んだのだ。
「ここでひとつの矛盾がある」
「矛盾?」
「邪龍はどうやって封印したのかってことだ」
一條家の野望のために呼び出された邪龍。葛西水龍と戦った後は、再び封印されていた。
「確か、一條家の秘術で封印したんだったよね。竜一くんのお父さんがそう言っていたわ。6年前に邪龍が復活した時には、その術を竜一くんに教えて、また封印したんだったよね」
知恵の言っていることは正しい。しかし矛盾している。
「そう。おれの父親は確かにそう言っていた。でもそれだと咲ちゃんが言っていたことと一致しないんだ」
「竜宮が邪龍を封印して、現在まで管理してきたって言っていたよな」
さすがに海野は記憶力もいい。あの時咲ちゃんと話し込んでいたようだから、そのあたりの話も詳しく聞いているのかもしれない。
「ああ、そうだ。咲ちゃんの話ではドラゴンの研究を禁止された一條に代わり、竜宮家が邪龍を管理していると言っていた。邪龍を封印していたのは一之江にある竜宮本家だとも言っていたよな」
「一之江?さっき、ドラゴンがいない円の中心も一之江だって言っていたよな」
英彦が鋭く指摘する。
「そうだ。これでおおよその想像がつくだろう」
つまり、邪龍が封印されていた場所を中心に、ドラゴンが寄り付かなくなっていたということだ。
「矛盾っていうのは、竜一のお父さんは一條家が邪龍を封印したって言っていて、咲ちゃんは竜宮家が邪龍を封印したって言っていることだよな」
「そうだ」
それぞれの意見が食い違っていることになる。
「実際、その咲ちゃんの言う通り一之江の竜宮本家を中心にドラゴンがいない地域があったんだろ?じゃあ竜宮が封印したっていうのが正しいんじゃないか」
「いや、それを言ったら6年前に竜一は邪龍の封印に成功しているんだぜ。竜一のお父さんが持っていた封印術が本物ってことは、一條家が封印した証拠とも言えるよな」
英彦と空が想像で議論を進める。どちらの言っていることも正しい。
俺がこの事実に気が付くのにはかなりの時間がかかった。だってどちらも正しいのに、どちらも矛盾しているように思えるからだ。しかし真実は意外にもシンプルだった。よくよく考えればわかることだったんだ。
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