第60話 調査結果①
「知恵遅い!」
そう文句を言うのは吉田美穂だ。仲のいい友達が少ない集まりだと言うのに、誘った本人が最後に来たから不満なのだろう。知恵からしたら遅刻をしたわけでもないのだから言われても困るところだ。
「ごめんごめん、初めて来たから道に迷っちゃった」
知恵は新小岩付近にたまに遊びに来ると言っていたことがあるが、この辺りは住宅街だから流石に来たことはないだろう。道も入り組んでいるので間違えたとしても仕方がない。
ふと、知恵と目が合う。
「やあ、竜一くん。今日は楽しみにしてるよ」
そう言って知恵はにかっと笑う。
「ああ、6年間の成果だからね」
「一條もよくやるよね。知恵の思いつきなんて無視するのが定番なのに」
「明里ひどーい!」
やっぱり知恵の「調べたい」癖は仲間内ではわかってて付き合わないようにしているんだな。そうだとは思っていたけど、改めて聞くとそれで仲良くし続けていられるのもすごいような気がする。
「さて、みんな揃ったことだし、そろそろ始めようか」
会話の切れ目に合わせて海野がみんなに着席を促す。相変わらず人を仕切ったり誘導することが上手い。立っていた知恵と英彦もソファに座る。俺の左隣が海野で、時計まわりに空、英彦、二宮、吉田、知恵、の順に円になっている。これだけの人数が座れるソファがあるなんてかなり広いリビングだ。
「ほら、竜一」
海野がお膳立てをすると、全員が俺の方を見る。ひと呼吸おいて、手に力を込める。
「今日は、俺たち3人が6年かけて解明した『なぜ江戸川区にドラゴンがいないのか』を聞いてほしい」
* * *
「知恵は楽しみって言ってたけど、一緒に調べたのに答えを知らないの?」
話を始めようと言う矢先に、吉田に手鼻を挫かれる。全員に静かに話を聞かれるよりはラフに聞いてもらったほうがこちらも話しやすいが、一言目からというのは想定外だ。
「途中までは知ってるよ。でも最後の答えは知らないんだ。竜一くんが3人で調べた情報を持って帰って、その後わかったみたいなの」
「このテーマは竜一の大学での研究テーマでもあるんだ。大学でも色々調べたり教授に相談したりしていたんだろ?」
知恵と海野が補足する。海野の言う通り、「なぜ江戸川区にドラゴンがいないのか」は俺が大学で研究しているテーマでもあり、卒業研究として論文を発表予定だ。
「多少はね。でも根本は高校の時から俺たちで調べたことだよ」
高校生の頃、俺たちは3人であちこちをまわり、江戸川区にドラゴンがいない理由を調べていた。どうせわからないだろうとか、すぐに見つかるだろうとか、そんなことを考えてすらいなかった。
「最初は葛西臨海公園に行ったんだったよな」
「江戸川区にドラゴンがいない理由を調べようって決めて、海野が参加してからはそうだな。でも、その前に1つ大事なことがあったんだ」
「新宿御苑だね!」
知恵がひとさし指を立てて答える。知恵に誘われて新宿御苑に行ったあの日から、すべてのことは繋がっていたんだ。
「知恵がドラゴンを見たことがないから見に行きたいって言ったところが、そもそもの始まりだったんだ」
「ああ、なんかうっすら覚えてるかも。知恵がドラゴン見たいって言いだして、私たちは断ったんだよね」
二宮明里が腕を組んで思い出すようにつぶやく。
そうだ。知恵は友達には断られて、それで俺を誘ったと言っていた。
「でも、新宿の黒神龍っていえば観光地だよね。俺だって見たことがあるし、それが江戸川区のドラゴンと何か関係があるのか?」
英彦が的確な指摘をする。こちらはしっかり答えを準備しているので、こういった疑問を言ってもらえると説明がしやすくて助かる。
「そうなんだけど、あの日変わったことがあったんだ」
「私も覚えてるよ。あの時は初めてドラゴンを見たから不思議に思わなかったけど、今なら特別なことだってわかる」
6年前の春、俺と知恵は新宿御苑に行った。ドラゴンが苦手な俺はそこら中を歩いているドラゴンにビクビクしていたが、それを知恵に気づかれないよう気を付けたものだ。黒神龍は日本一巨大なドラゴン。その大きさに体が震えた。
そしてその時、俺の親戚である竜宮咲ちゃんに会ったんだ。竜宮家は都内でも最大規模のドラゴンを祀る家柄だ。その跡取りでもある咲ちゃんは仕事の一環で新宿御苑に来ていたらしい。それだけなら普通のことがだ、問題はその後だ。
黒神龍が立ち上がり、雄たけびを上げた。それがこの時の「変わったこと」だ。その地域のドラゴン達の長である『親竜』は通常はいつも寝ている。目を開けて動くことすらほとんど見られない。それにもかかわらず黒神龍は立ち上がった。叫んでいた。これは異常なことだ。
「それ、ニュースで見たのを覚えているぜ。竜一と知恵はその現場にいたのか」
ドラゴンが好きな海野は昔からドラゴンに関するニュースは全てチェックしていたらしい。日本最大の親龍が立ち上がったとなればニュースになっているのは当然だが、立ち上がっただけと言えばその通りで、地域ニュースの小さな取り扱いだったと思う。そこまで知っていたのはさすがと言ったところだ。
「でも、それが江戸川区とどう関係があるんだ。黒神龍が立ち上がるのが珍しいってのはわかるけどさ。新宿区じゃないか」
空がせっつく。話を急いでいるというよりは、気になったことが口から出てしまうという感じだ。
「焦るなよ。それは後で出てくるからさ。とにかくここで覚えておいてほしいのは、その場には俺と知恵、そして咲ちゃんがいて、黒神龍が怒ったように立ち上がったということだ」
空が「思わせぶりだなあ」と文句をこぼすが、無視して話を続ける。
「咲ちゃんは6年前に邪龍を復活させた張本人だ。なんとなく関係がありそうだってわかるだろう」
「いや、その情報の方が驚きなんだが。そっちを詳しく聞いてもいいか?」
「だから焦るなって。それも全部繋がっているんだ。これから話すよ」
いろいろな話が絡み合っているので、説明の順番が難しい。でも今日は論文発表じゃないんだから、俺たちが見て調べたことをベースに話をしたい。
「その後はさっき海野が言った通り、葛西臨海公園に行ったんだ。そこに葛西水龍が昔いて、石碑があるって海野が言い出したんだったよな」
「ああ、昔、江戸川区にドラゴンがいた時代の親龍「葛西水龍」は葛西臨海公園の近くの海にいたんだ。今はいなくなったけど、石碑が残っているんだよね」
それを調べに行ったものの、水族館に行って遊んでしまったことは良い思い出だ。
「石碑には確か、邪龍が出てきて、葛西水龍と戦って、どっちもいなくなったみたいに書いてあったよね」
知恵があいまいな記憶で補足する。
「ああ、だいたい合っているよ」
大正十二年 十月一日
世界を滅亡させんと邪竜が空で吠え
東京の民は恐怖した
葛西水龍が海より出でて
空を舞い戦った
邪竜静まり
役目を終えた葛西水龍
海に帰り
龍たちは全て姿を消した
「え、そんなだったっけ?なんか、あんまり読めなかった記憶があるんだけど」
「俺だって大学で遊んでたわけじゃないんだって。あの時はわからなかったけど、ちゃんと調べたんだよ」
「そんな自慢気にするなよ、言うほど新しい情報無いぞ」
成果を見せつけようとした俺に海野がツッコミを入れる。確かに、石碑を頑張って解読したものの、6年前でもわかっていたような情報しかなかった。
「まあそれはいい。とにかく俺たちはここで邪龍と葛西水龍が争ったことを知ったんだ。それでその後、白川英彦のおじいさんに話を聞きに行った」
「そういう流れだったのか」
英彦にはあまりそのあたりの流れは話していなかったかもしれないな。
「今考えても、あんなわけのわからないお願いでおじいさんの家に連れて行ってくれた白川くんすごいよね」
「確かに」
それまでほとんど話したこともない別のクラスの同級生が突然きて、江戸川区にドラゴンがいない理由を調べているから家族にあわせてくれなんて無茶な話を聞いてくれた英彦は器が大きいのかなんなのか。
「面白いおじいさんだったよね」
「ああ、手品が上手な『小松川の魔術師』とか言ってたっけ」
そういう海野を「やめてくれよ」と英彦が手を振って止める。
「今でも元気に手品をしているよ。暇があれば会いにいってやってくれ。歳をとって話し相手を欲しがっているんだ」
「今思うと白川のおじいさんに教わったのは基礎知識だったね。本来邪龍は人がドラゴンに危害を加えた時や、悪用しようとした時にドラゴンを守るために人を滅ぼすものだとか、それを「龍害」と呼ぶとか、そういう話をしてくれたんだよな」
「あの時はそのあたりのこともあんまり知らなかったから、いい勉強になったよ」
俺と知恵と海野はもう6年もドラゴンの調査をしているからドラゴンに詳しくなって、龍害なんて教科書に載っているような話は当たり前になっていた。二宮、吉田、空、英彦はドラゴンに詳しくなんてないから「いや、知らないよ」と呆れた様子だ。
「ここでのポイントは、街を滅ぼすほどの力を持った邪龍が現れて江戸川区は大騒ぎになったはずなのに、江戸川区に住む皆がそれを知らなかったってことだ」
街が滅ぶかどうかの事態になったというのに、それほど記録にも残っていないのは明らかに不自然なものだ。
「この後の江戸川区郷土資料室も含めて、それほど真新しい情報はなかったんだけど、結局邪龍と葛西水龍は争って、その後江戸川区にドラゴンがいなくなったってことなんだ」
***
「で、その後、船堀タワーに行ったんだよな」
「おいおい、田村教授の話はもう終わりか?」
海野の言う田村教授というのは江戸川区郷土資料室で会ったドラゴン研究者のおじいさんのことだ。今俺が通っている大学の、俺が所属する研究室の教授でもある。海野もドラゴン関係の勉強をしていたので、一緒に話をすることもあった。
ちなみに田村教授は俺の父親の知り合いでもあったらしく、昔俺も会ったことがあったらしい。郷土資料室で会った時に俺のことを知っているような言い方をしていたのが気になっていたが、後で聞いて驚いた。
「まあ、教授の話をしてもあんまり関係ないし」
「あの時教授に葛西水龍や邪龍の仮設とか、この後の調べ方とかを相談したから先に進めたんじゃないか」
それはそうなのだが、教授が教えてくれたのは調べ方などの遠回しなヒントで、直接的に江戸川区にドラゴンがいない理由に繋がる情報じゃなかったから話すことがない。結局あの時も俺たちに前提知識や固定観念なしで調べさせることで、新しいことを発見させようとしたんだろうな。田村教授は人を動かすのがうまい。
「なあ、いつになったら江戸川区にドラゴンがいない理由の話になるんだ?まだ邪龍と葛西水龍とおじいさん達しか登場してないぞ」
「そういわれると確かにな。俺たちが調べた順を追ってしゃべっているから仕方ないんだけど。あ、そういえばおじいさん達にはひとつ共通点があるんだ」
「白川のおじいさんと田村教授に?共通点なんてなさそうだけど。いや、でもふたりは知り合いではあるのか。白川のおじいさんが言っていた郷土資料室に行けば話を聞けるかもしれないっていうのは、今思えば田村教授のことだよな」
「ああ、それは間違いない。でも共通点ってのは別のことだ。白川のおじいさんの家から帰る時、知恵が何か言っていたのを覚えてないか」
海野は腕を組んで考える。知恵は事前にこの話をしているので「ふふふ」と不敵な笑いを見せている。
「白川のおじいさんの家で咲ちゃんを見たと言っていたんだ」
「咲ちゃんを?ああ、そういうことか」
「どういうこと?」
察しの良すぎる海野に、他のメンバーが付いていけていない。
「さっき言った通り、大正時代に邪龍が現れたことはあまり現代まで伝えられていない。これには江戸川区の有力者が絶対に関わっているはずなんだ」
「まさか」
英彦が驚いた顔をする。
「ああ、英彦には言いづらいが、白川家は昔から江戸川区近辺の地主だろ。当時から有力者として関わっていた可能性が高い」
「でも、それが咲ちゃんや田村教授と何の関係があるの?」
「咲ちゃんも俺たちと同じだったってことさ」
二宮と吉田の頭の上にははてなマークが見える。
「邪龍について調べるために、その関係者である白川のおじいさんや田村教授に会って話を聞いていたってことだ。教授も言っていただろう、若い女の子が話を聞きに来たって」
2人の共通点は、俺たちが会うとほぼ同時に咲ちゃんにも会っていたということだ。咲ちゃんがおじいさん2人の情報だけで邪龍の封印を解けたとは考えにくい。きっと他にもいろいろと調べて、邪龍を復活させる方法へたどり着いたのだろう。
「それも本題とはあまり関係はないんだけどな。でも、ここから一気に本質に迫っていくぞ」
そう言って海野は立ち上がると、英彦に一瞥して部屋のドアを開け「みんなも今のうちにトイレをすませておけよ」と言った。
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