第54話 葛西水龍④
「俺はあの邪龍を封印したいんだ。そのためには邪龍になんとか近づかないといけない。でも俺は弱いから、攻撃されたら簡単に死んじゃうんだ。お願いだ葛西水龍!俺が邪龍を封印するまでの間、俺を守ってくれないか!」
頼む、通じてくれ。なんて馬鹿げているのはわかっている。でも、もうどうしようもないんだ。
「ぐお」
葛西水龍は返事のような唸り声を出すと、俺に背を向けるように体を回転させる。
「だめか・・・」
こうなったら一か八か、邪龍を呼び寄せるしかない。
「まって、竜一くん」
背を向けた葛西水龍が手を自分の背中につんつんと当てたあと、今度は手を広げて俺たちの前に差し出す。いったい何を伝えようとしているんだろう。
「もしかして、背中に乗れって言っているんじゃない?」
げ!言われてみればそんなジェスチャーにも見える。ドラゴンは人間の言葉はわからないが、親龍の知能はかなり高いはずだ。俺の言葉はわからないくても状況から俺の言いたいことが伝わったのかもしれない。地上にいる俺を守るよりも背中に乗せたほうが守りやすいってことか。しかし、そこまでの勇気が俺に出せるだろうか。実はまだ俺は竜に触れたことがない。当然だ、小さな子供のころからドラゴンが大の苦手だったんだから。今だってそうだ。全く克服なんてしていない。そんな俺が、ドラゴンの背中に乗る?
「ぐ・・・」
「竜一くん!」
葛西水龍の差し出した手に知恵が掴まり、俺に手を差し伸べる。
「大丈夫、私も一緒に行くから」
知恵は尻尾の付け根から鱗につかまり、背中に生えた角に足をかけるようにしてドラゴンの背中に乗る。
「ほら、竜一くんも」
「がお」
急かすように葛西水龍が小さな唸り声をあげる。もう行くしかない。こうなったら勢いだ。知恵の手を左手で握る。引き寄せるように引っ張ってくれるが、俺の体重を支えるほどの力はない。自分でも鱗につかまり、体を持ち上げる。左手に感じる体温については今は考えない。
「ほら、大丈夫でしょ」
葛西水龍の背中に跨る。背中の角にしっかりと掴まり、体勢を整える。不安感はない。嫌悪感も・・・それほど感じない。近くでみると葛西水龍の体には傷がたくさんある。割れている鱗はたくさんあるし、肉まで抉れているような傷もある。新しい傷もあるが、血の止まった古傷が多い。きっと大正時代に邪龍と戦った時にできた傷だろう。
「こんなになるまで頑張ってるんだね」
知恵が葛西水龍の鱗をそっと撫でる。
「ぎゃおがあ」
葛西水龍はこちらに向かって一声鳴くと、空に向かって首を伸ばし、羽を広げた。
「空を飛ぶつもりだ。しっかりつかまって!」
「うん!」
真っ白な羽が大きくゆれる。何度かばさばさと空気を扇いだ後、脚をつかって空へジャンプした。それと同時に強い衝撃が背中に乗る俺たちにもかかる。背中から下をのぞいてみると、もうそこは海の上空だった。
「すごい、飛んでる!」
そこからはどんどん勢いをつけていく。羽をばさばさと動かす度に空気を押しのけてぐんと速度が増していく。掴まっているのがやっとだ。知恵は大丈夫だろうか。
「あはははははは」
なんだか楽しそうだ。こんな状況でも楽しめるなんてすごいけど、笑っている場合ではない。
「邪龍は・・」
「上よ!」
同じように海から空へと飛び立っていた邪龍は、葛西水龍の真上、手の届きそうなすぐそこまで来ていた。
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