第53話 葛西水龍③

「もし竜一くんの声で邪龍が反応するなら、それでなんとか地上までおびき寄せられないかしら。近づきさえすれば、あとは封印するだけなんでしょ?」


 本当に邪龍が俺を狙ってくるならおびき寄せるのはできそうだ。でも、それには問題がある。


「うわっ」


 また水しぶきが飛んできた。さっきより大きい。邪龍を見るとまた一歩前へ進んでいる。歩きながら羽をはばたかせて、海から空へと飛ぼうとしているようだ。


「・・・いや、それじゃダメだ」


「どうして?」


「あの邪龍の様子、怒っているみたいだ。もし俺の声で呼び出したとしても、それってつまり俺を攻撃しようとしているってことだろ?封印する前に殺されちゃうよ」


「うーん、そうね」


 知恵が上、葛西水龍の方を見上げる。


「せめて葛西水龍が手伝ってくれるといいんだけど」


 俺も葛西水龍の顔を見上げてみる。邪龍は動き出しているが、葛西水龍は水族館のドームの上にじっと座って邪龍を見張っている。全身の真っ白な鱗が海の上に光る夕焼けに照らされて幻想的な姿だ。


「葛西水龍を操って戦ってもらうのは?」


「そんな術はないよ。それにドラゴンを操って戦わせるのは禁忌だ。ドラゴンがみんな敵になっちゃう」


 そっかあ、と知恵が腕を組んで悩む。


 もう一度葛西水龍を見上げてみる。


「・・・!」


 葛西水龍がこっちを見ている。座ったまま長い首を曲げ、邪龍を見張りながらも俺の様子をうかがっているみたいだ。背中が汗で湿る。ここまで来てもやっぱりドラゴンが怖いのか、おれは。


「竜一くん、こっち見てない?」


 知恵も気が付いたみたいだ。


 葛西水龍の水色の鋭い瞳と目が合っている気がする。何か俺に言いたいことでもあるのだろうか。


「ねえ、操るのはダメっていったけどさ。お願いするのはいいんじゃない?」


「お願い?」


「うん。ようは竜一くんが邪龍に近づいたときに、竜一くんを守ってくれればいいのよね」


 なるほど、そのままおびき寄せたのでは俺が攻撃されてしまう。そこで葛西水龍に守ってもらい、その隙に邪龍を封印してしまおうというわけか。しかし、お願いってどうやるんだ?


「日本語なんて・・・通じないよな」


「ここまで来たら心意気!通じなくても言ってみようよ」


 まあ、うまくいかなかったらもうおしまいなんだし、やってみる他ないな。


「葛西水龍!俺の話を聞いてくれ!」


 すると葛西水龍は水族館の上から地面に降り、その白い顔を俺の近くに寄せた。どうやら話を聞いてくれるみたいだ。

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