第52話 竜宮咲②
「でもおかしいじゃない。竜宮家は封印されている邪龍を見張っていて、もし目覚めるようなことがあればまた封印する。そんな役割なんでしょ?咲ちゃんがやっているのはその真逆よ。邪龍の封印を解いて目覚めさせているなんて」
そうだ。でもなんとなく見えてきた。一條はドラゴンを研究し、操る技術を持っていた。それが禁止されたことで邪龍の対応は竜宮が受け持つしかなくなってしまった。しかし、その役割を受け継いでいるはずの咲ちゃんが邪龍を解放した。それは竜宮の意思ではなく、咲ちゃんが独断でやったこと。
「なんでそんなことをしたんだ」
「わからないでしょうね。私が小さいことからどんな生活をしてきたか」
どんな生活?確かに竜宮本家で唯一の子供である咲ちゃんの負担は大きいだろう。小さいころから仕事を教えられ、地元でも名の知れた竜宮家だけに品行方正を求められ、勉強も厳しかったに違いない。
「でも、こんなことをするほどのことじゃないだろう、江戸川区がすべて壊滅するかもしれないんだぞ」
「ほら、わかってない!」
咲ちゃんが大きな声を出す。こんな咲ちゃんは初めて見たかもしれない。
「私は本当に自由がなかった!家に帰れば仕事に勉強!土日も休みなんてない。邪龍を見張る役目があるから遠出もできない。おまけに邪龍の封印が解かれたときのための修行までしてる。好きなことをする時間も友達と遊ぶ時間も何も無い!そんな人と誰も仲良くなんてなりたくないから、友達だっていなくなる。全部一條のせいだ!それなのに原因を作った一條はふらふらと遊びまわって、楽しそうになんてしちゃって。こんな世界、全部壊れちゃえばいいんだ!」
いつもの大人びた咲ちゃんの姿ではない。咲ちゃんだってきっと普通の中学生なんだ。それをこんなにまで追い詰めてしまった。俺が何か悪かったかと言われればそれはわからないが、一條家が加担してしまったことは間違いがない。
この子がしたことは許されることではないが、そもそも中学生に正しい判断なんてできるわけがない。こんなに追い詰めて、さらに力を与えてしまった大人が悪い。だけど・・・。
「海野、悪い。咲ちゃんを頼めるか」
「え、でも」
「俺は邪龍を封印しなきゃいけない。平川さんじゃ体力的に、抑えきれないかもしれない」
咲ちゃんには悪いが、今はとにかく邪龍を止めることが最優先だ。もしこれで他の人の命が奪われるようなことがあれば、咲ちゃんも取返しのつかないことになる。
「ああ、わかった」
「何をするつもり!」
咲ちゃんが後を追えないよう海野に妨害をしてもらい、俺たちは葛西水龍の元へと走り出す。
「でも大丈夫なの?せっかく封印しても、また解かれちゃうんじゃない?」
「それは後で考えよう。何十年も封印してきたんだ。咲ちゃんも封印を解くのに何年もかかっている。そんなすぐにはできないんだと思う。きっと咲ちゃんが白川の家や郷土資料室、船堀タワーに行っていたのは邪龍の封印を解くためなんじゃないかな。何かを調べていたのか、何か下準備が必要だったのか。だからすぐにってわけにはいかないはずだ。その間になんとか説得するさ、竜宮本家もこんなこと望んでいないんだから」
ずっと自転車をこいできて、ここにきて走ったものだから足が痛い。でもあと少しだ。
水族館の入り口までいき、葛西水龍の影に隠れる。
「葛西水龍!足元に隠れさせてもらうぞ!」
なぜこんなことを言おうと思ったのかわからないが、気がついたら口から出ていた。俺がドラゴンに話しかける?あまりにも似合わない。この状況でもしかしたら気分が変に高揚してしまっているのかもしれない。
その時だった。邪龍は地の果てまで届きそうな大きな雄たけびをあげると、羽をばさ、ばさとゆっくり動かし始めた。
「竜一くん、邪龍が」
「うん、わかってる」
邪龍は海の中に浸かっているいる足をゆっくりと持ち上げ、一歩先へその足を下す。同時に海面が大きく揺れ、波が海岸にぶつかり水しぶきがあがった。
「なんだか、竜一くんが葛西水龍に近づいたから怒っているみたい」
こちらに向かって怒っているが、きっと葛西水龍がいるからだろう。さっきまでこの2体は戦っていて、今は休戦状態なだけなんだ。
「もしかして竜一くんの声に反応した?」
声?確かに俺はドラゴンを操るための発声練習を知らずのうちに子供のころからさせられていたみたいだから、この声は何かドラゴンに届きやすい声なのかもしれないが、確実には言えない。
「そういえば新宿御苑で黒神龍が急に立ち上げって叫びだしたのも、竜のそばで咲ちゃんと竜一くんが話をした後だったよね」
たかだか数か月前なのに懐かしく思える。知恵とふたりで行った新宿御苑。通常はずっと寝ていて何年も動かない親竜である新宿の黒神龍が立ち上がって吠えていたのは、確かに俺が咲ちゃんと会って話をした後だ。咲ちゃんも邪龍を封印する修行をしていたと言っていた。もしかしたら二人ともドラゴンにだけわかる特殊な声をしていて、その声に反応したんだとしたら辻褄が合う。だが、今はどうでもいいことだ。なんとかして邪龍に近づかないといけない。どうしたら海の中の邪龍に近づけるだろうか。
「ねえ、もしそうだとしたら、邪龍の動きを誘導できないかな」
知恵の目はまっすぐで、だんだんと赤くなってきた空が瞳に綺麗に映っていた。
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