第47話 なぜ江戸川区にはドラゴンがいないのか?⑤

「ドラゴンに人が危害を加えたり戦争に利用しようとすると邪竜が現れてその地域は滅ぼされる。大昔に世界中の国でドラゴンを戦争に利用しようとして、邪竜の逆襲にあった。それなら邪竜ごと操ってしまおうと一條家は考えたわけか」


 海野くんがここまでの話を整理してくれる。


「そしてそれは成功した」


「いや、失敗だ」


 邪竜は出てきたのに、何が失敗なのかしら。


「そもそも大正時代に邪竜が現れたのは研究中の事故のようなものだ。呼び出したい時、好きな場所に呼び出せるわけじゃない。一條にとっても予定外だったんだ。そして、最大の想定外が葛西水龍だ」


「葛西水龍?」


「邪竜は本来ドラゴンの味方だ。人と敵対するドラゴンを助ける存在、それが邪竜なんだ。しかし、葛西水龍は邪竜と戦った」


「江戸川区ではドラゴンと人が対立していなかったから、ってことかしら」


 人がドラゴンを傷つけていないなら、本当は邪竜なんて出てくる必要がないものね。邪竜が間違って生まれちゃったけど、ドラゴン達は人の味方だったんだわ。


「おそらくはね」


「それで葛西水龍が邪竜を倒してくれたってことなの?」


「それは違う。邪竜は親龍よりも強いはずだ。そうでなければ邪竜という存在が必要ない。邪竜は戦うための龍なのだから」


 有明龍を見てみる。大きくて強そうだけど、普段は寝ているだけの親龍。きっとあなたたちは戦いたくないのね。


「一條は邪龍を呼び出す研究だけをしていたわけじゃない。コントロールするための研究もしていた。そして、それが上手くいかなかった時の対策も必ず用意していたはずだ」


 町や国を亡ぼすほどの力を持つ龍に手を出したんだもの。それくらいはしておかないと自分たちの命も危ないものね。


「そこでさっきの『邪龍が目覚めた』に繋がるわけですね。つまり、邪龍を眠らせたのは一條家のセーフティーによるものだと」


「その通りだ。そして、その方法は今でも引き継がれている」


 竜一くんのお父さんが胸元から小さな巾着袋を出すと、その中から小さく折りたたまれた一枚の紙が出てきた。紙は古そうだけど、大昔の紙ってわけじゃなさそう。普通のコピー用紙だ。


「何かあった時のために、コピーしていつも持ち歩いていたんだ」


* * *


 ここは有明の海岸。海岸って言っても埋立地なので、コンクリートで作られた海との境目があるだけだ。実際には海岸までは行けないので、海岸の手前まで来ている。人工的な海岸線。海の先にはすぐにまた街が見える。


「あれが葛西?」


「いや、あれは新木場だよ。新木場も江東区の埋立地だ。新木場の向こう側にも海があって、その先に葛西臨海公園があるはずだ」


 目を凝らしてみるがあまり見えない。よーく見るとうっすらと葛西臨海公園の観覧車が見える気がする。


「あ!あそこ見て!」


 竜彦くんが指を向ける方向、葛西臨海公園の上空を見ると、ひゅんひゅんと動く黒い影と、たまにチカチカと火花のような光が見える。


「あの影が邪龍なのかな?」


 手が冷たくなるのを感じる。緊張しているのかな。だって、本当に邪龍だとしたら人を殺すための竜なんだ。新宿御苑の黒神龍やさっきまで見ていた有明竜を思い出す。大仏より大きなドラゴン。あんな大きなドラゴンに襲われたらひとたまりもない。


「そうみたいだが、それだけじゃない。やっぱり葛西水龍も目覚めて、今も邪龍と戦っているみたいだ」


 海野くんがさっきと同じSNSを表示する。邪龍や葛西水龍の写真登校が話題になっているみたい。白川くんのおじいさんの家で見た掛け軸の絵と似ている気がする。


「今からそこに行って邪龍を鎮めてくる。お前たちは早く避難するんだ。もうすでに江戸川区や近隣には避難勧告が出されている」


 そんなことになっているなんて知らなかった。私のお父さんやお母さんはちゃんと逃げたかな。


「俺も行くよ」


 そう言ったのは、さっきからずっと黙っていた竜一くんだ。


「だめだ」


「俺だって一條だ」


 そう言った竜一くんを見たお父さんは、一瞬なんだか嬉しそうな顔をに見えたけど、すぐに厳しい顔に戻した。


「まだ子供だ。連れてはいけない。大丈夫さ、俺ひとりでなんとかなる。お前たちにも役割はあるぞ。ちゃんと家族に連絡をとって、避難を促すんだ。竜一、竜彦、お母さんを頼んだぞ」


 そう言う竜一くんのお父さんはとてもかっこよく見えた。家族を心から愛していて、そして家族と街を守るために邪龍に立ち向かいに行くんだ。きっと無事に帰ってくるよね。


 そうして竜一くんのお父さんがおおきなリュックを背負い、立ち上がろうとしたそのときだったわ。この事件が起きたのは。

 竜一くんのお父さんは中腰の姿勢で止まり、体勢を変えずにリュックを地面に置いた。数秒か、数十秒か、時間が流れた。私たちはどうしたのかとお父さんに注目したわ。竜一くんも、家族と街を守ろうとする父親の背中を、期待と不安の混じった気持ちで見ていたんだと思う。そんな中、お父さんはこう言ったの。


「・・・ぎっくり腰だ」


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