3章 邪龍と竜一
第48話 なぜ江戸川区にはドラゴンがいないのか?⑥
「邪龍を封印する方法を急いで説明する。ちゃんと覚えるんだぞ」
正直まだ頭の整理が追い付いていない。今日は学校もサボって暇だったから親の仕事に付いて有明まで来て、帰りに何かうまいものでも買ってもらって終わりってつもりだったんだ。突然、知恵と海野がやってきたことには驚いた。学校を休んでいたのは二人と最後に会った時があんなだったから気まずかったのと、将来を色々と考えてなんとなく学校に行く気がしなかったからだ。親も特に強制はしなかったので、こうやって仕事を手伝いつつ色々勉強もして過ごしていた。
それにしても、知恵が今日ここに来るなんて奇跡じゃないかと思う。俺だって有明によく来るわけじゃない。今日はたまたま親の仕事に付いてきたが、気分によっては来ていなかった可能性だってある。正直俺を探していたなら有明に来るのはあまり良い選択肢とは言えない。でも俺は今日ここに来た。そして知恵も、俺がいるかもわからないのに来てくれた。これは偶然というよりは奇跡や運命と言った方がいいんじゃないだろうか。
「おい、ちゃんと聞いているのか、竜一」
「あ、ごめん、急なことだから頭が追い付かなくて。もう一回お願い」
親の説明は聞き逃したが、俺の頭はこの数年の闇が晴れたようにスッキリはっきりしている。正直何がきっかけかわからない。親と腹を割って話せたことか、知恵や海野が来てくれて自信になったことか、隠していた家の事情や本心を友達に話せたことか。とにかく俺は、情けない親の代わりに葛西に行って邪龍を封印する決意をしたんだ。
「さっきも言ったが、邪龍はその習性を利用して呼び出されている。つまり、邪龍は人がドラゴンに危害を加えたと勘違いした状態だってことだ。だから再び帰ってもらうためには勘違いだってことを伝えてやればいい。もちろん言葉じゃなく、ドラゴン同士の決まった合図があるんだ」
でも正直に言えばものすごく不安だ。それはもうとてもとても不安だ。だいたい俺はドラゴンが苦手なんだ。邪竜を封印するためにはその近くまで行かなくてはいけない。はたして俺にそんなことができるんだろうか?
「龍彦、お前も一緒に行ってくれ」
俺ひとりじゃ心配だと思ったんだろう。お父さんが龍彦に声をかける。ちょっと気まずいけど、助かる。龍彦とは何年もまともに会話をしていない。俺が勝手に負い目に思っていたからだ。あれから家族とは少しずつ打ち解けてきたけど、龍彦とはまだ話ができていない。だから2人になるのは照れ臭くもあるけど、ドラゴンの扱いに慣れてる龍彦が一緒に来てくれるのは頼りになる。
「え、いやだよ。今日の仕事は昼までって約束じゃん。このあと友達との予定もあるし」
「お前なあ、邪竜をほっておいたら江戸川区どころかこの一帯がどうなるかわからないんだぞ、わかってるのか!?この役割は一條にしかできないんだ!」
「えー、でも、めんどくさい」
この前、お父さんが言っていた「龍彦は何も考えていない」はこういうことか。きっとお父さんも思うところがあったんだろうなあ。
「あ、じゃあ私が行きますよ」
元気よく手を挙げたのは知恵だ。
「お嬢さん。気持ちは嬉しいけど、危ないからやめたほうがいい。邪竜は人を襲うドラゴンなんだ。それに近づかなくてはいけない。どんな危険があるかわからないんだよ」
そうだ。危険なんだ。俺だってどうなるかわからない。知恵を連れて行くわけにはいかない。
「本当は竜一に行かせるのだって胸を抉られるような想いなんだ。行かせたくなんかない。でもそうするしかないから行
ってもらうんだ」
「じゃあなおさら、私も行きますよ!竜一くんをきっと無事に連れ帰りますから」
その自信はどこからくるんだ。
「でもこれは一條の問題だよ。巻き込むわけにはいかない」
「私の方こそ、竜一くんを色々と巻き込んじゃったんです。そのせいで彼はとても傷ついた。だから、今度は私が巻き込まれる番!それに竜一くんは頼りになりますから、きっと大丈夫ですよ」
なんでそんな風に言えるんだ。何で、そんなに輝いて見えるんだ。俺は知恵に巻き込まれたなんて思ってないよ。俺は知恵に近づきたくて下心で一緒にいたんだ。知恵は何も気にする必要なんて無いのに。
「あ、俺も行くよ」
「海野くん、君は無理しないでいいよ。この流れでカッコつけたくなるのはわかるけどさ」
「いやいや、その言い方はないでしょ!俺たち3人でチームじゃん!江戸川少年探偵団だろ!?」
「その名前は却下したでしょ!」
* * *
「電車は止まっているみたいだ。車で行ければ早いんだが、この腰では運転はできない。申し訳ないが、この自転車を使ってくれ」
最近はレンタル自転車というものが流行っているが、有明にもレンタル自転車のステーションがあったようだ。赤い自転車を3台。さすがに料金や親持ちだ。こういう新しいサービスが出てくると気にはなるが、使い方を調べるまではいかないのでなかなか使ったことがない。なんて、どうでもいいことを考えて気を紛らわす。巨大なドラゴンの近くに行って封印するなんて、できるだけ考えないようにしないと震えが止まらなくなってしまう。
「君たちは本当に行くつもりかい」
お父さんが知恵と海野に最後の確認をする。
「はい、竜一くんの力になりたいんです」
「俺はこんな話を聞いちゃったら、友達をほっておいて自分だけ帰るなんてできないですよ」
涙が出そうになるのをぐっとこらえる。知恵も海野も、いてくれてとても心強い。
「ありがとう。正直に言うとドラゴンが苦手な竜一だけでは成功は難しいだろう。君たちがついてくれると助かる」
頭を下げる親ってのはなかなか照れ臭い。俺たちは挨拶をすませると、葛西に向けて自転車をこぎ出した。
「葛西臨海公園まではほとんど一本道だ。海沿いの道路を走っていけば10分もかからずに着くはず」
さっそく海野が道案内をしてくれる。ここは江東区なのだから本当はいつもと違って俺が案内すべきなのだが、有明は慣れないし海野は物知りだ。
「そんなに近いんだね」
「そういえば知恵に聞きたかったんだけど」
「何?」
「これで一応『なんで江戸川区にドラゴンがいないのか』探しは終わりってことになるのかな」
「何で?」
「なんでって、さっきの竜一のお父さんの話で邪龍が呼び出された理由も葛西水龍と戦って封印された経緯もわかったじゃないか」
「うん、そうだけどさ。江戸川区にドラゴンがいない理由はわからなくない?」
知恵の言う通りだ。その地域の最大のドラゴン「親龍」は死んだとしてもその地域のドラゴンがいなくなるなんてことにはならない。葛西水龍が邪龍と戦って負けたとして、それが江戸川区にドラゴンがいなくなった理由とは言い切れないんだ。
「そっか、じゃあまだ調査が必要だな」
「あーあ、なかなかわからないのね。でも、だんだん色んなことがわかってきたから、なんだかもう少しでわかりそうな気がする」
知恵と海野が二人並んで走る後ろを、俺が黙ってついて行っている。
「なあ、ふたりとも。ついてきてくれてありがとう。それに、探しに来てくれたことも」
ふたりはぽかんとした顔をしたあと、にやっと笑って目を合わせた。
「うん。これは貸しだからね」
「おれはそんなこと言わないぜ竜一。親友に貸し借りなんてないさ」
「あ!海野くんずるい!」
本当にいい友人に恵まれたと思う。知恵については親友になりたかったわけではない、ということは置いておくことにする。
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