第46話 解放⑥
「竜一と龍彦はうちの一族、一條家のことを竜司の家系だと思っているだろう。いや、俺がそう教えて育てたんだから、当然だ」
竜一くんと龍彦と呼ばれた男の子がうなずく。龍彦くんは竜一くんの弟さんかな。さっき、弟さんとの話もいろいろ聞いた。竜一くんと顔がそっくり。でも雰囲気はちょっと違う。自信ありそうな表情で、ちょっと気怠げ。
「でも実際は違う」
「でも父さんは竜司だし、本家の竜宮家も竜司だろ?お父さんが自分で始めたにしては設備とか色々整いすぎてないか?」
「そうだね、竜司をしていなかったというわけじゃない。竜宮家から分かれた一條は竜宮を手伝いながら、ある特殊な役割を持っていた」
「役割?」
もしかしてそれが、江戸川区のドラゴンと関係があるのかな。
「一條家が古来より担ってきたのは、竜の研究者だ。竜の特徴や習性を調べ、分析し、利用する」
「利用って・・・」
「悪事でもしてるように聞こえたか。そんな大袈裟なことじゃない。例えば何を食べるかわかればお供えにしたり、行動のタイミングがわかれば儀式や祭りの日程が決めやすい。些細なことだけど、大切な人のお祝いだったり、安心を与えるためのお祓いや儀式だ。そこに肝心のドラゴンがいなかったら台無しだろ?そうならないようにするための大切な事だよ。生き物が相手なだけに他の宗教と比べてそういった難しさがある」
お父さんがあたりを見まわす。いつのまにかドラゴンたちの叫び声は少し落ち着いてきてる。でも相変わらず葛西の方を向いて臨戦体制だ。
「その話と邪竜と何の関係があるの?」
お父さんは目を閉じて呼吸を整えると、竜一くんと龍彦くんの顔をゆっくり見た。
「さっきドラゴンの利用は悪事じゃないと言ったが、それはドラゴンに危害を加えない範囲で、かつ彼らの生活を邪魔しないことが前提だ。歴史上では世界で、その一線を超えてしまい滅んだ国は数多く存在した」
「邪竜」
海野くんに、竜一くんのお父さんがうなずく。
「そうだ、ドラゴンを戦争に利用しようと無理に従えたり、危害を加えた時に邪竜は現れる。そして、その地域は邪竜によって壊滅させられる」
「その話は、白川くんのおじいさんにもきいたわね」
「ほう、白川さんにも会ったのか。あの方も昔から竜宮家と付き合いがある」
「やっぱり!あの家で咲ちゃんを見た気がしたのよね」
「咲ちゃんを?」
お父さんが顔をしかめる。
「いや、いい。話を進めよう。ここまでの話で想像がついたかもしれないが、一條もその一線を超えたんだ。つまり、江戸川区の邪竜は一條が産んだ存在だ。これは俺が生まれるよりもっと前の話だよ」
邪竜が江戸川区に出てきたのは一條家の、つまり、竜一くんのご先祖様のせいだって言うの?確か邪竜が現れたのは大正時代。つまり竜一くんのおじいさんかひいおじいさんの世代ってことよね。こんな話を聞いて竜一くんは大丈夫かしら。自分の先祖がそんなことをしていたなんて、どんな気持ちになるんだろう。辛い気持ちになるなら、今度こそ私たちが支えないといけない。
竜一くんの横顔を見る。この前の青ざめた顔とは違う。まっすぐお父さんの目を見て、受け入れている顔だ。
「でもおかしくないですか?邪竜が現れたらあたり一帯は滅ぶんでしょう。でも江戸川区は滅んでない。石碑によればそれは葛西水龍が邪竜と戦ったからだ。何で葛西水龍は邪竜と戦ったんですか?それに、その後どうなったのかもわからない。さっき邪竜は『目覚めた』って言いましたよね。つまり、邪竜は眠っていたんですか」
海野くんがこれまで得た情報を整理してわからないところを聞いてくれる。こういう時、頭の良い海野くんがいて助かる。
「ひとつずつ話すよ。まず普通は、人がドラゴンに危害を加えたり操って悪事に利用しようとした時に邪竜は現れる。一條はそれを知っていた。だからそんなやり方はしなかったんだ」
「つまり、ドラゴンに危害を加えてはいないつまてことね」
「そうだ」
「じゃあ、なんで邪竜は現れたの?」
危害を加えていないなら、邪竜は出てくる必要がないわよね。
「それこそが一條の研究だったんだ。つまり、ドラゴンと人が敵対すれば邪竜が現れるという、これもひとつのドラゴンの習性、生態だと思わないか。一條は、ドラゴンの生態を研究し、利用する」
なんだかわかってきた。例えば蟻はエサを見つけると沢山集まってくるけど、それは場所を知らせる体液を地面に垂らして場所を知らせるから。ドラゴンも人に危害を加えれられた時に何かの方法で邪竜にそれを伝えて、呼んでいるはず。そしてその方法がわかれば、ドラゴンじゃなくても邪龍を呼ぶことができるかもしれない。
「昔の一條の研究者は普通のドラゴンを操ったり戦争に利用しようとしたわけじゃない。邪竜を自由に呼び出し、邪竜を利用しようとしていたんだ」
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