第44話 解放④
「そんなわけで、俺は昔からドラゴンが苦手だったんだ。でも俺の家は昔から竜と関わりの深い家系で、ドラゴンを避けるわけにはいかなかった。こんなんじゃ長男なのに後継ぎもできるかわからないし、そんな負い目があって家族を避けてた」
竜一くんは子供の頃にあったことから話してくれた。いままでどんな家族だったか、弟さんや家の仕事のこと、成長する中で竜一くんがどんなふうに考えて、どうやって今の状態になったのか。話を聞いただけじゃわからないことも多いけど、だんだん竜一くんがどんな人間なのかが見えてきた。ドラゴンが苦手なのにドラゴンを扱う家に育ったら、きっと私だったら自信を持てなくなって、自分なんてダメだって思っちゃうかもしれない。でも竜一くんは知り合いのいない江戸川区の高校に来て、きっと自分なりの何かを見つけたかったんじゃないかな。
それにしても竜一くんがドラゴンを嫌いだったなんて驚いたな。だったらなんで、わざわざ新宿までドラゴンを見に行くのについてきてくれたのかしら。
「それはわかったんだけどさ」
海野くんが話の腰を折る。もう少し同情ムードにしてあげたらいいのに。
「結局どうだったんだ」
「どうだったって、何が?」
「いや、江戸川区にドラゴンがいない理由だよ。そこに親とか家が関わってるから嫌だったんだろ、竜一は」
そう言えばそうだった。それに、あの後どうなって、なんで学校休んだのかも、なんでここにいるのかもわからない。
「ああ、そうか、それを話してなかったな。まだわからないんだ、それは」
「わからない?」
「聞けてないってこと?」
家族とはギクシャクしてたんだから聞けないのは変じゃないけど、でも今日は家族と一緒に来たのよね。
「いや、聞けてないというか、聞いたけど答えてもらえてないというか」
「どういうこと?」
「一條家に関わることはちゃんと後を継がないと教えてもらえないんだって」
まあそれはわかるけど、でも、それって半分言ってるようなものじゃない?
「それってさ、関係はあるってことだよな」
関係ないなら関係ないって言えるもの。
「うーん、まあ、そうなんだけどさ。でもちゃんと聞きたいじゃないか」
「ちゃんと聞くって、後を継ぐってこと?」
「いや、それはわからないけどさ」
竜一くんがうつむく。将来なんてそんな簡単に決められることじゃない。わたしなんて進学するか就職するかも何も決めてない。竜一くんはずっと将来のことに悩んでたんだね。
「親とちゃんと話はしたんだ。久しぶりに。まともに会話するなんて、本当に久しぶりだった。俺がドラゴンを嫌いだから、後を継げなくて親はどう思ってるか、聞いてみたんだ。そしたら、そんなことは気にしてないんだってさ。俺はずっと悩んでたのに。馬鹿みたいだろ。それならそうと言ってくれたらよかったのに。まあ俺が何も言わなかったのが悪いんだけどさ」
もしかしたら竜一くんのお父さんも悩んでたのかもしれないね。それにしても今日の竜一くんは饒舌だ。ずっと悩んでたことを話してスッキリしたのかな。それとも私たちに心を開いてくれたのかな。そうだといいな。
「家の仕事にしたって、ドラゴンに触ったり近づかなくてもできることは沢山あるんだって。それで俺も思ったんだ。なんで江戸川区にドラゴンがいないのかを調べる中で、調査する楽しさもあったけど、ドラゴンの歴史とか、生態とか、いろいろ違ったり歴史もあって面白いって思ったんだって」
「そうだろ!そうだろうそうだろう!やっと竜一もドラゴンの良さがわかってきたか。今度休みの日に朝から晩までドラゴンの話をしてやるからな」
海野くんは大興奮だ。
「いや、ドラゴンマニアになるつもりはないから」
「なんでだよ竜一!ドラゴンは面白いぞ」
竜一くんが前向きになれたことは良かった。でも、ちょっと気になることがある。
「竜一くんの家が江戸川区にドラゴンがいない理由に関わってるんだとして、なんでそれを誰も知らないんだろう。ひとりの人や家族が抱えるような問題じゃないよね」
「まあ、たしかにな。でも関わってるって言ってもどの程度かはわからないぜ。ちょっとだけ関係あるとか、目撃者とか、そんな話かも」
咲ちゃんの言い方はそんな雰囲気じゃなかったけどなあ。
「それでも、大学の研究者や昔から住んでる地元の人たちでも知らないのは不思議じゃない?」
「・・・そうだね、何かあるのかも」
竜一くんが同意してくれたその時だった。
とても大きな雄叫びが鳴り響いた。犬とも猫とも違う。これは新宿御苑で聞いたのと同じ、地響きのようなドラゴンの鳴き声だ。海の向こうまで聞こえそうな大きな大きな叫び声が、やっと安心したばかりの私たちの胸にずしずしと重くのしかかった。
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