第39話 平川知恵③

「あれはどうするの」


 英語の成績別授業だと美穂も明里もいないから話し相手に困る。でも海野くんが話しかけてくるのは意外と少ない。今日は授業が終わって自分の教室に帰るときに、海野くんとふたりになったら、自然と会話になった。


「あれって、あれだよね」


 海野くんが私にあれと言えば1つしかない。竜一くんが学校に来ないから止まっている、あれのことだ。


「俺は勝手について行ってただけだから、続けようとかやめようとか言うつもりはないけどさ。知恵はどうするつもりなのかは教えてくれよ。続けるつもりがあるなら協力したいしさ」


 海野くんの言う通り、「江戸川区になんでドラゴンがいないのか」を調べるのは私が言い出したことで、それにふたりがついてきてくれていたんだもんね。竜一くんはどういうつもりなのかわからないけど、学校に来なくなっちゃったから、それでも調査を続けるのかは私が決めないといけないと思う。

 いままでだったら、私が気になったことを調べるなんてひとりでやってたんだから、一緒に来てくれる人がいなくたって関係ないはず。そのはずなんだけど、竜一くんがいなくても続けたいのかって思ったら、なんだかやる気がでないんだ。どうしようかなあ。自分でもどうしたいかよくわからないや。


「うーん、どうしようかなあ。自分でもどうしたいかよくわからないや」


 思ったことをそのまま言ってみた。


「まあそうだよな。俺もちょっとまだ戸惑ってるっていうか、整理つかない部分あるし」


「だよね!だってさ、突然何も言わないで帰っちゃうし、学校も来なくなっちゃうし、理由がわからないんだもん」


 この数日間、もやもやしつつも誰にも話せてなかったから、海野くんと話ができたのはよかったかも。でもつい、納得いかない気持ちが口からでちゃう。


「どうしたんだろうな、竜一のやつ。でも明らかに大丈夫じゃない顔色してたぜ。あの咲ちゃんって子は親戚の子なんだろ?何か知ってそうだったし、家庭の事情で何かあるのかな」


「それよそれ。竜一くんって自分のことあんまり話さないよね。心開いてくれてないのかなあ。でもちょっとくらい相談してくれてもよくない!?正直ちょっとそこはムカッとしちゃった」


 ついつい余計なことまでしゃべっちゃったけど、海野くんは笑い出した。


「ははは。知恵って意外とそんな風に考えるんだな。怒ってるとこなんて初めて見たかも」


 うん。私は怒ることも少ないけど、人前で怒るのは本当にほとんどないと思う。


「そういえば竜一って別のクラスに仲のいい友達がいたよな」


「それって、白川くんのこと?」


「いや、白川と知り合ったのは最近だろ?1年の時同じクラスのやつとよく一緒にいる気がするんだよな」


 ああ、そういえば前に西葛西で偶然会ったとき、竜一くんと一緒にいた友達がいたなあ。


「大川空くん、だったっけ」


「確かそんな名前だった!知恵も知ってたんだ」


「前に竜一くんと大川くんが一緒にいるときにばったり会って、少し話したことあるよ」


 ほんとは少しどころか一緒にインドカレーを食べたんだけど、ややこしくなるから内緒にしとこ。


「付き合いの長い友達なら何かしらないかな。家庭の事情を詮索するのはあんまりよくないけどさ。でも友達が急に何日も学校休んで、しかも最後にあったのがあれじゃ、心配するのは仕方ないと思うんだ」


 海野くんの言う通りだ。うじうじしてるなんて私らしくないじゃん。気になるなら、聞きに行ったらいいんだ。


* * *


「悪いけど、俺もあんまり知らないんだ。ごめんね」


 やる気を出したところでいきなり出鼻をくじかれちゃった。大川くんは彼のクラスまで行って探したらすぐに見つかったけど、聞いてみた答えがこれ。


「大川君も竜一と連絡とれてないの?」


「そうだね。もともとそんなに連絡なんて取らないから、いつも通りと言えばいつも通りなんだけどさ」


 なんだか大川くんはあんまり竜一くんのことを心配してないみたい。あの船堀でのやりとりや顔色を知らないから、単に学校休んでるだけだと思えばそんなものかなあ。竜一くんと大川くんは親友なんだと思ったんだけど。


「何かしら家族とうまくいってないってのは知ってるよ。でも内容は知らない。俺たちはお互いのことには干渉しないようにしてるんだ」


 男同士ってそんなものなのかしら。私にはわからないけど、どうなんだろう。この大川くんって人は、私はなんだか苦手なのよね。話しやすくて人当たりがいいんだけど、表面的というか、演技っぽいというか。竜一くんとは真逆な感じ。でも竜一くんと仲が良いんだよね。不思議だなあ。


「ありがとう。悪いんだけど、何か連絡あったら教えてくれないか。竜一、最後に会った時かなり深刻そうな顔をしていたんだ」


「そうなのか。それで心配してくれてるんだな。あ、そうだ。一條は家のことをあんまり話さないだろ。それどころか人との間に壁を作って自分のことに踏み込まれないようにしてる」


 そうなのよね。竜一くんってそういうところがある。さすがに親友はわかってるね。


「でも、平川さんだったら、一條も踏み込まれても大丈夫かも」


 え、どういうこと。なんで私だったら大丈夫なんだろう。仲良くなったから?でも一緒にいる時間とか付き合いの長さとか考えたら、大川くんや海野くんより私の方が

仲が良いって感じもしないけどなあ。


「あー、たしかに」


 海野くんは納得してる。なんでだろう。


「え、なんで?どういうこと」


「・・・」


 海野くんも大川くんも無言で私を見てる。いったいどういうことなの?


* * *


「結局わからなかったね」


「でも、こうなったらもうやることは1つじゃないか?」


 それはなんとなく思ってた。というか、それが一番私らしいんだよね。でもなぜだか言葉に出てこなかった。なんだか、相手が竜一くんだと私の調子がくるうみたい。私の気になったことを一緒に調べてくれる優しい竜一くん。最近は君に頼っていたから、君がいなくなるといつもの感じじゃなくなっちゃったのかな。


「そうね。それに、『なんで江戸川区にドラゴンがいないのか』を調べるとしても、結局次はそこになるんじゃない?」


「ああ、だって、言ってたもんな」


 そう、咲ちゃんは言っていた。『なんで江戸川区にドラゴンがいないのか』を知りたいなら、竜一くんのお父さんとお母さんに聞いたらいいって。それならもう、聞きにいくしかないじゃない。


「行こう、竜一くんの家に」

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