2章 世界が変わる

第37話 (番外編)平川知恵①

「空はなんで青いの?」


「雨はなんで降るの?」


「お隣のおうちはなんで3階があるの?」


「たかしくんのお父さんの車はなんで小さいの?」


 子供の頃から気になることは何でも口に出していた。お父さんやお母さんはできるだけ答えてくれたけど、「そんなこと言っちゃいけないよ」なんて言われちゃうこともあったっけ。その時はなんでかわからなかったけど、今はわかる。他人の事情に理由もなく踏み込んだら嫌な気持ちにさせちゃうんだ。馬鹿にしていると思われることもある。本当にただ、気になっただけでもダメなんだ。


「山本くんって優子ちゃんのことが好きなのかな」


「え、どうだろう!?」


 この時も思ったことがつい口から出ちゃったんだ。言った後、言っちゃだめだったかなって考えるんだけど、この時は優子ちゃんも楽しそうに答えてくれたから間違ってなかったって思ったんだ。


「知恵ちゃんはどう思う?」


「うーん、わからないけど、嫌ってはいないと思う」


 優子ちゃんは山本くんのことが好きだったの。「きっと山本くんも好きだよ」なんて言ってあげた方がよかったのかな。でも、私は気になって言っただけだから、本当のことが知りたい。それに、思ってもないことを言うのは優子ちゃんにも失礼な気がしたんだ。


「どうしたらわかるかな、山本くんの気持ち」


「聞いてみたら?」


「そんなの無理だよ!」


 優子ちゃんは恥ずかしがりやだから、直接聞くのは難しいんだね。


「じゃあ、私が聞いてこようか?」


「それもダメ!私が山本くんのこと好きってバレちゃうじゃん」


 確かにそうかもしれない。でも気になるなあ。山本くんは優子ちゃんが好きなのかなあ。どうしたらわかるだろう。


 それに、優子ちゃんはずっと一緒にいてくれて、おしゃべりしたら楽しくて、一番仲のいいお友達なんだ。山本くんも優子ちゃんが好きだったら、優子ちゃんはきっと喜ぶ。そうだったらいいな。


「山本くんと仲のいい、斎藤くんに聞いてみたらどうかな」


「あ、それいいかも!」


「じゃあさっそく、聞きにいこうよ」


「え、今?」


 後回しにする理由が何かあるのかな。聞きに行けば答えがわかるかもしれないんだから、今聞きに行けばいいと思うんだけど、違うのかな。うーん、わからない。


「今じゃだめなの?」


「だって、緊張する」


 なんで緊張するんだろう。優子ちゃんは男子とあんまり仲良くしてないから、人見知りなのかな。それとも、山本くんの気持ちを知るのが怖いのかな。どっちも、私はそういう気持ちになったことがないからわからないなあ。


「じゃあ、私が聞いてきていい?」


「え、いいの!?」


 だって、知りたいんだもん。優子ちゃんが聞きに行くのを待っていたら、いつまでたっても答えがわからないわ。さっそく斎藤くんに聞きに行こう。斎藤くんはどこにいるかな。今はお昼休み。給食を食べ終わった後の自由時間。山本くんと一緒にいたら聞けないけど、仲が良いからきっと一緒にいるよね。教室を見渡すと斎藤くん、山本くんとあと男子がふたり、あわせて4人で集まって話をしている。漫画の話をしているみたいだけど、何の話かはよくわからない。これじゃあ、斎藤くんだけ呼び出すわけにもいかないわね。仲が良いから聞きたいのに、仲が良いから聞けないなんて、困ったことだわ。


「ちょっとトイレいってくる」


「おう」


 男子グループの中からちょうど斎藤くんだけ教室から出て行った。こういう時女子と違って個人行動してくれるから助かる。斎藤くんはトイレに行くのに、一緒にいた山本くんたちはなんで一緒に行かないんだろう。仲は良いはずなのに、不思議ね。


「斎藤くん」


 急に話しかけられて驚いたのか、斎藤くんの体がびくっと跳ねる。


「おお、平川さんか。何か用?」


 斎藤くんとは席が近くなったこともあるから、普通に話をすることもある。だから気になったことを質問するくらい、簡単なことだと思う。


「ねえねえ、聞きたいことがあるんだけど、今いい?」


「ああ、いいよ」


「山本くんのことなんだけど」


「山本?山本がどうかした?」


 斎藤くんからしたら、私が山本くんのことを聞く理由なんて思いつかないでしょうから、突然山本くんの名前が出て不思議なんだね。私が山本くんのことを好きだなんて思われないようにしなくっちゃ。


「山本くんって、優子ちゃんのことどう思ってるかな」


「どうって?」


 思ったより聞きたいことが伝わらない。どうって言ったら、好きかどうかに決まってるのに。なんでわからないのかしら。


「あのさ、これから言うこと、内緒にできる?」


「うん、いいよ」


 なぜか斎藤くんが照れているような気がする。なんでだろう。


「優子ちゃんはね、山本くんが好きなんだ。だから、山本くんも優子ちゃんのことが好きかどうか知りたいんだって」


「あー、なるほど」


 優子ちゃんが山本くんのこと好きなんて、見たらわかりそうなのに。


「山本はそういうのはっきり言わないけど、前に千田さんのことかわいいとは言っていたよ」


 千田さんは優子ちゃんのことだ。千田優子。「かわいい」は「好き」とは違うのかな。難しいな。


「俺にわかるのはここまでだけど、参考になった?」


「うん、ありがとう」


 男子はどんなシチュエーションで女子のことを「かわいい」なんて噂するんだろう。私も友達と話すときにイケメンの話をすることはあるけど、そういうのと同じかな。でも正直私はイケメンってそんなに興味なくて話を合わせてるとこがある。山本くんはどんな気持ちで優子ちゃんがかわいいって言ったんだろうか。


「そうなんだ。ありがとう、聞いてきてくれて」


 優子ちゃんも煮え切らない感じだけど、でもなんだかとっても嬉しそう。聞きたかったこととは違ったけど、好きな人に「かわいい」なんて言われたら嬉しいよね。それはわかる。


「どうする?」


 私は「山本くんは優子ちゃんが好きなのか」の答えが知りたいんだけど、私ができるのはここまでかなあ。優子ちゃんの顔を見る。なんだか、覚悟を決めた目をしている。


「あとは自分で頑張ってみるよ。知恵ちゃん、ありがとう」


 * * *


 結局この後優子ちゃんから山本くんに告白して、二人は付き合い出したんだけど、これって山本くんは優子ちゃんが好きだったってことでいいんだよね。私はそう思ってる。二人とも幸せそうにしてた。なんとなく私が興味を持っちゃった時って面倒くさそうにされるか、嫌がられるかが多かったんだけど、この時はとっても喜ばれたからそういうこともあるんだって思ったんだ。


 それで調子に乗っちゃったのが良くなかったみたい。この後気になった「なんで高橋先生は6時間目の授業の後に職員室と反対方向に行くのか」とか「学校にどんぐりの木が無いのに、なんで校舎裏にどんぐりが落ちているのか」を調べようとして優子ちゃんや他の友達を付き合わせようとしちゃったんだけど、結局みんな途中で来てくれなくなっちゃうんだよね。


 それからなんとなく友達付き合いと、気になったことを調べるのは分けて考えるようになったんだ。たまにダメもとで誘ってみるけど、やっぱりみんな私みたいに気にならないんだって。


 だからなんだか嬉しかったんだ。私の気になることを一緒に考えてくれる人がいるっていうのは。



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