第36話 一條竜一④(いちじょうりゅういち)

 中学2年生の時だから3年も前のことになるが、家族4人でバーベキューをしたことをよく覚えている。あまりアウトドアなどしない家族なので、家族でバーベキューなんて後にも先にもこの1回だけだ。旅行先の河川敷にオールレンタルのバーベキューセット。


 子供というのは父親の頑張る姿をほとんど見ないで育つものだと思うが、家庭と仕事がはっきりと別れていない我が家の場合、祈祷をあげるかっこいい姿の父親を見慣れている。だからわざわざバーベキューで張り切らずとも父親の頼もしさは知っているのだが、それでもこう言った時に頑張ってしまうのが父親なのだろうか。


 この頃にはもう、俺はあまり家族と目を合わせなくなっていた。なんとなく居心地が悪く感じていたのはもしかしたら一方的で、親は普通にして欲しかったのかもしれない。


「うっ」


 河川敷を歩くドラゴンを見つけ、さりげなく反対側に回る。そんな姿を弟に見られる。


「相変わらずだな」


 竜を扱う一族の中にいて、竜が苦手な俺はどう思われているかわからない。表面上はみんな優しいさ。でも親は周りになんて言われているかな。仕事を継げそうにない兄を見て弟はどう思っているか。そう考えるといつのまにか目を合わせられなくなっていたんだ。


 「ほら、食べなよ」


 肉の乗った皿が差し出される。


 俺たちの家では子供のころから親の仕事を手伝う。俺も弟も、親戚の咲ちゃんも祭事や正月などのイベントには手伝いに出ていた。しかしドラゴン嫌いの俺にできることは少ない。いつのまにか竜杜にもあまり顔を出さなくなったんだ。こんなふうに、差し出されるものを受け取るだけの人間なんだ。


* * *


「ドラゴンに興味があるのか?」


 親の部屋を勝手に漁っていた俺に、父が言葉を選んだ様子で声をかける。


「ごめん、勝手に入って」


「いや、それはいいんだ」


 お父さんからすればずっと竜嫌いだった長男が家業に興味を持ったかもしれないのだ。邪険に扱いたくはないだろう。期待もあるかもしれない。


「奥の部屋に入ろうとしたのか?」


「ご、ごめん、触ってみただけだよ。入れないのはわかってる」


「入れないわけじゃないぞ」


 父の口から出た言葉は俺には驚きだった。子供のころから決して入らないよう言われた親の仕事部屋だ。


「そこは一條家が昔から保管する記録や道具が置いてある。門外不出の物もある」


 お父さんからこの部屋の話を聞くのは初めてだ。


「もう子供じゃないからな。頭ごなしにダメとは言わない。そこに入るってことは、一條の歴史と家を背負うってことだ。そのつもりの人間は入っていい」


「龍彦は入ったことあるの?」


「は?」


龍彦は弟の名前だ。


「竜一、お前、龍彦のことどういうふうに思ってるんだ?」


「え?」


「もしかして龍彦が後を継ぐとか、そのプレッシャーがあるとか思ってないか?」


「違うの?」


「龍彦なんてなんにも考えてないぞ」


 そうなのか。そうなのか。よく考えたらあまり目を合わせなくなって、相手の気持ちもあまり考えなくなってしまっていたのかもしれない。


 俺がここに来たのは調べ物をするためだ。見つかってしまったのは仕方ない。奥の部屋に入るつもりはないが、とりあえず聞きたいことは聞いておこう。


「お父さん」


「なんだ」


「どうして江戸川区にドラゴンがいないかを知っている?」


 俺の質問を聞いたお父さんの顔が少し歪んだ気がした。




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