第35話 一條竜一③(いちじょうりゅういち)

 俺の親の仕事は「竜司」という職業だ。「りゅうじ」「りゅうつかさ」などと読む。神社の宮司、いわゆる神主と似ているので混同されるが、竜司が祈るのは神ではなく竜だという点が大きく違う。ただし、竜を神様として祀る神社も多いので実際はその境目はあいまいだ。竜以外の神様も含めた神職と竜だけを祀る竜司の違いは歴史研究家の中でも定義は定まらない。竜司の仕事も神社や竜杜といった竜を祀るための神社のような建物で行われる点も同じだ。でも当人からしたら全く別物だ。宮司を名乗る竜司はいない。


 こういった仕事は大昔から一族で行われてきた。一條いちじょうの場合は竜宮家という大きな竜司の家元いえもとから分かれているが、それも大昔の話であり代々受け継がれてきたものだ。いや、少し違うのだろうか。考えてみれば代々受け継がれているのであれば親だけでなく祖父もその親も竜司ということになるが、おじいちゃんが竜司をしているところは見たことがない。疎遠だということもあるが、それならどうやって受け継がれてきたのだろう。まあ、そのあたりは昔のことなので俺にはわからないが、大事なのは竜司という仕事が俺の家で代々続いていて、俺もその家の子供だということだ。


 そんな俺も小さなころから祈祷きとうや祭りなど竜司の仕事についていくことが多かった。しかし大きな問題がある、俺はドラゴンが大の苦手だ。これは子供のころから、今でもずっと変わらない。何かきっかけがあったのかって?そんなものは何もない。あの鋭い目。尖った爪。人なんて簡単に砕けそうな牙。怪しく光る鱗。全てが生理的に受け付けない。見ただけで身の毛がよだつ。最近は近づくことも避けてきたが、子供のころは慣れさせようと近くに連れてこられたり触らされたりしたので、よく泣いていた記憶ばかりだ。


 そんな様子なので飽きれた親はそのうち俺を連れ出さなくなった。そうは言っても重要なイベントというか、親族が全員集まって行うような祭事さいじでは連れて行かないわけにもいかず、そういった場合には参加していた。でも、俺が竜の仕事に関わる気がないということは親もよくわかっていただろう。中学生にもなれば親は後継ぎも考え出す。きっと親は後継ぎは弟にと考えていたんじゃないだろうか。この時の俺は弟はどう考えているのかわからなかった。いや、今でも本当のところはわからない。弟に後継ぎを押し付けたような形を後ろめたく思う気持ちはあるものの、どうしても苦手なドラゴンの仕事に俺が就くことは無理なので、そうしてもらうしかないと思っていた。弟は俺より1年10か月後に生まれているが、誕生日が3月と5月で年度を跨がなかったので学年だと1つしか違わない。


 家に着いてカバンを下ろす。まだ誰も帰ってきていないみたいだ。玄関から左側のドア。普段は触らないドアノブに手をかける。ここはお父さんの書斎だ。もう何年も入った記憶がない。小さい頃は勝手に遊び場にしていたが、改めて見ると難しそうな本が並んでいるだけで何も面白くない。

 目についた本を手に取ってみる。「日本の歴史と龍」「竜司と伝統」など歴史や竜、文化の本が多いが、特に内容の気になるものはない。市販の本には俺の知りたい情報はないだろう。

 部屋の奥に目をやる。入ってきた木の扉と違い、重そうな金属のドアが壁に付いている。自分の家だが、ここから先は入ったことがない。鍵がかかっている上、決して入らないよう言われていたので入ろうとしたこともない。親の仕事の部屋と聞いているが、何があるかは知らない。


 ドアノブに手をかけてぐっと力を入れる。ガキンと金属がぶつかる音がして、ドアは動きを止める。


「やっぱり開かない、か」


 ここに入らば何かわかるかもしれないと考えたが、そう簡単にはいかないらしい。諦めて部屋を出ようと来た方に向き直すと、目の前に急に現れたのは父親の顔だった。驚きのあまり態勢を崩す。


「何をしているんだ」


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