第32話 船堀②

「来る途中に観光用の無料パンフレットがあったから持ってきたんだ。地図が書いてあるだろ?」


 地図を広げると江戸川区が中心に書かれている。区外の周辺地域は色が薄くなっているがなんとか形で場所は判別できそうだ。


「この地図にドラゴンがいる場所をマッピングしていこう」


 まずは情報の整理だ。俺たちはずっと「江戸川区にはドラゴンがいない」という知識から、江戸川区と近隣市区との境目がドラゴンのいないエリアと一致するものだと思い込んでいた。しかし、実際に高いところから見てみると江戸川区じゃなくても江戸川区から近い場所はドラゴンがいないようだ。それが実際にどの程度近くなのか、どこならいるのかを確認してみることになった。


「浦安駅のあたりもいないように見えるなあ」


「でも浦安市にはいるはずなんでしょ?」


「それは間違いない。舞浜に行ったときは見かけたことあるぜ」


 3人であちこち見て周りながら、ドラゴンを見つけた個所をマークしていく。船堀は江戸川区の中心よりは南西寄りにあるので、東側・北側は少し見つけにくい。なんとか北西、西、南西、南東はドラゴンを見つけることができた。


「江戸川区って縦長なんだな」


「ちょっと十字型というか、真ん中がふくらんだ縦長だよね」


 地図で見るとそれほど縦長には見えないが、実際は縦に長い形をしている。特に北端と南端はすぼんでいるので、隣の江東区や浦安市が近くに見える。逆に平井は西側に、篠崎は東側に飛び出したような位置にあるため、そのさらに向こう側は遠くて見えにくい。


「でもこれってさ、丸くなってるんじゃないかな」


「見えた範囲だけだと半円形だけど、東側や北側もおんなじだとすると確かに円形になりそうだな」


 ドラゴンがいた位置をマークしていき、そこを線でつなぐと北西から南東までの半円形に見える。目で見ておよその位置を地図に書き込むのでガタガタとした形だが、確かに丸い。


「これってやっぱり、江戸川区っていうよりはこの丸の中にドラゴンがいないってことだよね」


「でも、なんで?」


 江戸川区にドラゴンがいないのと、この丸を書いた地域の中にドラゴンがいないのでは少し話が違う。「江戸川区」という区切りに意味がないかもしれないからだ。円は江戸川区の北端と南端に接するように描かれていて、江戸川区がぴったり入るような大きさだ。江戸川区は縦長なので、東西にスペースが余ったようにドラゴンのいないエリアが残っている。江戸川区は円の中に収まっているので、江戸川区にドラゴンがいないと言っても差し支えないだろう。それよりも「だから何」という話だ。ドラゴンがいない地域が江戸川区だろうが丸形だろうが、なんでそこにドラゴンがいないかはわからない。


「丸を書いてみるとさ、その中心が気になるよな」


 刑事ドラマの気分だろうか。推理小説の探偵の真似事だろうか。事件の起きたところに点を打って、それを線でつないだら丸くなろうものなら中心を調べたいと思うのは当然のことだ。円は江戸川区がぴったり入る形なので、円の中心と江戸川区の中心でもある。しかしこれは・・・。


「一之江のあたりだね」


 円の中心は都営新宿線の一之江駅の近くだ。駅よりは少し東寄りだろうか。


「新中川の方が近いかな」


 一之江の東には新中川という細い川が流れている。山から流れてきた川は海に近くなるといくつかに分かれて海に流れていく。江戸川区は海が近いので、埼玉から流れてきた川がいくつかに分かれていることが多い。中川は葛飾区や江戸川区にかけて流れている川だが、太い本流の「中川」と支流の「新中川」に分かれている。新中川は小岩と新小岩の間を流れていき、一之江の東側を通って旧江戸川に合流する非常に短い区間にだけつけられた川の名前だ。


 この「一之江の東側の地域」には心当たりというか、何度も行ったことのある場所がある。この件に関係があるかはわからないが、なんだか嫌な予感が胸をよぎる。


「あれ、咲ちゃん?」


 知恵の声で意識を戻し振り返ると、そこには竜宮咲が立っていた。その表情は微笑んでいるようにも、睨んでいるようにも見える。

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