第31話 船堀①
「そういえば海野くんって彼女いるの?」
「いや、いないよ。なんだよ急に」
唐突な知恵の質問に海野が答える。モテるのは知っているが、彼女がいるという話は聞いたことがない。性格と趣味に難があるので付き合ってもすぐ別れるなんて噂もある。彼女がいないというのが本当なら、ユメちゃんにとっては朗報だ。知っているかもしれないが、今度会ったら教えてあげよう。
「別に、ただの雑談だよ。最近わたしのまわりで恋愛の気配がするんだけど、いまいち誰なのか掴めてないんだよね」
二宮と白川のことを感じ取っていたのだろうか。知恵には恋愛ごとを感じ取るカンがあるのかもしれない。でもこの言い方だと二人が付き合っていることまでは知らないみたいだ。
「ふーん」
淡泊な反応だ。様子を見てなんとなくだが、海野は周囲の恋愛事情を全部知っているのではないかと思った。海野の性格からしてクラスメイトの下世話な話には興味を持ちそうということもあるが、顔の広い海野のことだから色んな情報が入っているんじゃないだろうか。
そんな雑談をしているうち、俺たちは目的の船堀駅に到着した。タワーホール船堀は駅の目の前だ。
「すっかり雨も上がったし、天気がいいから遠くまで見渡せそうだね」
「さっそく展望台に上ってみようぜ」
3人で入口を探しながら建物の周りを歩く。タワーの下部分は色々な施設の入っている建物のようだ。1階は飲食店や本屋などの店舗もある。
「映画館もあるのか」
「ああ、そういえばあったな」
海野が思い出したように答える。
「普段映画見るときはここにはこないのか?」
「俺は映画自体あんまり見ないからなあ」
「私は子供の時によく来たよ!最近は友達と見るから妙典の映画館まで行っちゃうけど」
東西線で千葉方面の電車に乗ると、西船橋の少し手前にある駅が妙典だ。小さめのショッピングモールに映画館が併設されているが、俺は行ったことがない。海野と同じく映画を見ることが少ないということもあるが、都心に出れば映画館はもっとたくさんあるからだ。
「お、あそこから展望台に行けるみたいだぜ」
海野が指をさす方を見ると、展望台の入口らしき案内表示を見つけた。
「上から見たら何かわかるかもしれないってことだけど、何がわかるんだろう」
素朴な疑問を口にしてみる。俺にしては珍しいかもしれない。
「なんだろうな。船堀タワーはそれほど高いタワーじゃないけど、このあたりは高い建物が少ないから結構遠くまで見えると思うぜ。葛飾や墨田区、江東区の方のドラゴンは見えるんじゃないか?」
そういと海野はカバンから何か黒いものを取り出した。
「どうだ、双眼鏡を持って来たんだ。これで遠くまで見えるだろ?」
「海野くんやるじゃん!」
なるほど、それは思いつかなかった。確かに高いところから見渡すなら必要だ。
「葛飾のドラゴンは茶色い鱗に赤い爪が珍しいドラゴンだ。普通のドラゴンは親龍以外は十年前後の寿命だが、葛飾のドラゴンは普通のドラゴンでも三十年は生きるらしい。親龍にいたってはいつから生きているか正確にはわからないくらいだ。墨田のドラゴンは一目みたらわかる。長く尖った一本のツノが生えているかっこいいドラゴンだ。墨田龍は葛飾と逆で、十数年前に今の親龍に変わったばかりで新しいドラゴンなんだよな」
海野がドラゴンオタクだということを久しぶりに思い出す。海野はドラゴンの知識は豊富なのだろうけど『江戸川区になぜドラゴンがいないのか』なんていう専門家でもわからないことを調査しているせいでいまいち知識を披露するタイミングがなかった。
案内に従って進むと展望台へ行くためのエレベータがある。上る人は少ないのだろうか、場所もわかりにくく、あたりに人も少ない。エレベータで展望台に上ると、想像していたよりも見晴らしの良い景色が広がっていた。
「それほど高くない割には景色が綺麗だな」
「みんなも初めて来たの?」
「うん、初めてだよ。意外と来るタイミング無いよね」
そんなものかと思いながら窓に近づく。足元から天井まである大きな窓からは景色が一望できる。
「あれ、スカイツリーかな」
知恵の目線の先を見ると、遠くに細長いタワーがある。おそらく東京スカイツリーで合っているだろう。スカイツリーは浅草の近く、押上駅にある。江戸川区からは近いので天気がよければ電車や地上からでも見える。だからわざわざ展望台に上って見つけるほどのものではない気がするが、今のところ他にめぼしいものは見えない。
「葛西臨海公園とか、その隣のテーマパークも見えてもいいよな」
「反対側じゃないか?こっちは北西だろう」
タワーの反対側に周ると海が広がっていた。何キロも離れているが、高いところから見ると近く見える。葛西臨海公園の観覧車も見えた。
「あの海に江戸川水龍がいたんだよね」
「小さいドラゴンも海や川沿いにたくさんいたみたいだよな」
江戸川区にはドラゴンがいないので、海を見てもドラゴンの姿は見えない。その先の浦安や反対側の江東区にはドラゴンがいるはずだ。目を凝らしてみるが、見当たらない。
「ドラゴンはどこにでもいるっていっても、そんなにうじゃうじゃいるわけじゃないからな。龍を祀っている
海野が双眼鏡を除きながらぼやく。
「でも少ない気がするよね。すぐそこの荒川を渡ったら江東区なんでしょ?全然ドラゴンが見当たらないよ」
知恵が荒川の向こう側をきょろきょろと見渡す。厳密には船堀からだと荒川を渡ってすぐに江東区ではない。少し歩くと東大島駅があり、そのあたりから江東区のはずだ。葛西の近くは荒川が区界になっているので勘違いしやすい。
とはいっても肉眼で地上が見えるくらい近くだ。ドラゴンが1体や2体見えてもよさそうな気がするが、見当たらない。
「あ、いたいた。結構先までいかないといないんだな。江東区の白竜だ。白い鱗が綺麗で尻尾が長くてかっこいいんだよな」
「江戸川区を出たらすぐにドラゴンがいるのかと思ってたけど、江戸川区の近くにもいないってこと?」
そういえば二宮も気になることを言っていた。新小岩駅は葛飾区だけどドラゴンはいない、だとか。それが本当だとしたら、厳密には江戸川区にドラゴンがいないんじゃなくて、江戸川区周辺にはドラゴンがいないってことだろうか。
「よし、もっと探して、どこにいるか調べてみようぜ」
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