第30話 新川と古川
学校を出てしばらく歩くと整備された小川にたどり着いた。川の両側は歩道になっていて、等間隔に木が植えられている。
「ここって春には桜が綺麗なんだよね」
「あ、この木って全部桜なのか」
桜の木は川の先まで続いていて、端が見えないほど長く続く桜並木であることがわかる。きっと春には桜を見に来る人も多いだろう。
「新川っていう名前なんだ」
「そうそう、ちょっと先に行くと古川もあるよね」
看板に書かれていた川の名前を読む。人口の川だが、江戸時代からあるらしい。重機も無い時代に、運河にするために人が作った川だそうだ。元は近くを流れている古川があって、その川の流れを無理やり変えたのが新川。
「徳川家康が命じて作ったなんて話もあるんだよな」
海野が雑学を付け加える。
「それにしても、なんだか急に雲行きが怪しくなってきたね」
知恵が空を見上げてつぶやく。さっきまでは雲一つない快晴だったが、俺たちの頭上には今にも大粒の雨を落としそうな黒い雲が浮かんでいる。今日の天気予報は「晴れ」だ。雨が降るなんて話はなかったはず。
「雨は降らないで~、せめて船堀につくまで!」
空に念じた海野の祈りもむなしく、ぽたぽたと雨が降り始めたと思った数秒後には、バケツをひっくり返したという表現では物足りないほどの大雨となった。ちょうど目の前に雨宿りのできそうな建物があったので、俺たちは急いで屋根の下に入った。
「あー、びっくりした。急に大雨になるんだもん」
知恵が濡れたカバンを手ではらう。
「ここは何の建物なんだろう。お店もあるようだけど」
「たしか区の施設じゃなかったかな」
「江戸川区の?」
「うん、集会所とかある、よくある施設だよ」
前に行った郷土資料室も会議室やホールのある区の施設だったが、それの小さい版だろうか。
「それにしては、お土産屋みたいなお店もあるし、飲み物も売っているみたいだし、珍しいね」
雨でよく見えなかったが、この建物は瓦屋根で古風な見た目だったと思う。
「ところで、これからどうしようか。雨が止むまで待つ?」
今日みたいな晴れの日に降る大雨はいわゆるゲリラ豪雨の可能性が高い。きっと待っていたらすぐに止むだろう。
「そうだな、すぐ止むと思うけど。どうする?リーダー」
海野が俺に向かって意見を求める。ん?リーダー?リーダーは知恵だろう。俺に向かってそれを聞くのは間違っている。
「おいおい、俺がいつリーダーになったんだ。リーダーなんて決めてないけど、決めるとしても平川さんでしょ?」
知恵と海野が顔を見合わせる。そしてきょとんとした顔をしたあと少し笑った。なんだなんだ二人して。何が言いたいんだ。
「そりゃ、言い出しっぺはわたしだけどさ」
「竜一、わかってないな」
「なんだっていうんだよ。そもそも、俺が先導したりリーダーっぽいことをしたことなんてないじゃないか」
俺の言っていることは間違っていない・・・はず。でも二人とも変人だからなあ。
「わたしがふたりを付き合わせてるとは思ってるよ。でもさ、竜一くんがいるから3人で成り立ってるし、続いてるんだよ」
「そうそう、それに俺は知恵に付き合ってるつもりはないぜ。竜一についてきてるんだ」
意外なことを言う。海野は途中から参加したから、俺と知恵どっちが言い出したかなんて関係なかったかもしれないが、「なぜ江戸川区にドラゴンがいないのか」を調べるって言いだしたのは知恵で、俺は知恵と一緒にいたいから一緒に調べていただけなんだ。そのはずだ。
「竜一だって嫌々来ているわけじゃないだろ?」
「え~、そうだったら嫌だな。私が強制しているみたいじゃん。でも、違うよね。だってさ」
だって、なんだろう。
「楽しそうだったもんね」
「うん、楽しそうだった」
は?
俺が、いったいいつ楽しそうにしていたのだろう。楽しそうなんて、初めて言われたかもしれない。いつだって、つまらなそうにしていて盛り下がると言われ続けてきた俺だというのに。でもそう見えたということは、俺は実は楽しんでいたんだろうか。
「その竜一くんのノートも調査の頼りだよね」
そのノート、というのは俺がこれまで調べたことをまとめているノートだ。葛西臨海公園に行った時から記録として書いていた。俺たちは江戸川区とドラゴンについて調べた後は必ずこのノートを見ながら3人で調査内容を話し合っていた。
「って、そんな話をしてるうちにもう晴れてるぞ」
海野に言われて外を見ると、雲が遠くに流されて青空が見えていた。
「よし、新川沿いに歩いていけばもうすぐで船堀だ。行こう」
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