第29話 珍しい朝

 先週まで毎日続いた雨が嘘のように、今日は雲ひとつない青空から太陽の光が降りそそいでいる。明日からも晴れるようで、朝家を出る前に見た天気予報の週間天気は太陽のマークがさんさんと輝いていた。それにあわせて気温もぐんぐんと上がり、夏の始まりを感じさせる。

 まだ真夏ほどの暑さはないが、朝から歩いての登校は汗ばむので好きではない。でも雨の中を歩くよりは幾分マシだ。


 結局あの後、二宮と英彦からはそれぞれ礼を言われた。お互いに相談していたことが知られたみたいだ。付き合っているのだからふたりの間で話が伝わるのは当然だ。

 俺は偶然見かけてしまったので知っていたが、二宮と英彦が付き合っていることは他の人にはまだ隠しているらしい。理由までは聞かなかったが、この前話をした時の様子からして、隠したいと言っているのは二宮じゃないかと思っている。まあ俺には関係のないことだ。余計な口出しはするつもりはない。


「ぼーっと歩いてるね、竜一先輩」


 急に声をかけられて一瞬体がびくっとする。振り向くと女子生徒が立っていた。体が小さいので背負っているリュックが大きく見える。先日と違い、今日は髪の毛を後ろでひとつにまとめている。


「佐々木・・・じゃなくて、ユ、ユメちゃん、か」


 ユメちゃんには苗字で呼ばないでと言われているので名前で呼ぶのだが、後輩の女の子を下の名前で呼ぶことにはまだ慣れない。これからも慣れそうにない。


「びっくりしすぎでしょ、何?考えごと?」


 ケラケラと笑いながらユメちゃんが俺の隣を歩き始める。一緒に登校しようという意思表示だ。考えてみたら女子と登校するなんていつぶりだろう。小学校のときの登校班で隣の家に住んでいた1つ年上のお姉ちゃんと学校に行ったとき以来かもしれない。


「ひとりで歩いている時なんて誰だってぼーっとしてるもんでしょ。急に話しかけるからびっくりしたんだよ」


 ユメちゃんは女子の中では比較的話しやすい存在になってきている。一度キレたから気にしなくなったんだと思う。でも名前を呼ぶのは慣れない。


「それに、この時間に会うなんて珍しいじゃないか」


 俺は学校に行く時間は毎日決まっていて、必ずこの時間に駅から学校まで歩いている。しかし朝ユメちゃんに会ったのは初めてだ。


「なんか今日は早く目が覚めたんだー。いつもは遅刻ギリギリなんだけど、早く来てみるのもいいもんだね。でも竜一先輩じゃなくて海野先輩に会いたかったな」


「そりゃ悪かったな。海野は電車通学じゃないからこっちの道からだと会わないけどな」


「知ってるよー。でも会いたいじゃん」


 相変わらずユメちゃんは感情がストレートだ。最初はその直情的なところが苦手だと思ったが、話してみると意外とそれも悪くない、と思う。英彦の時にも思ったが、自分にないものを持っている人は魅力的だ。


「だれかと思ったら、竜一くんじゃない」


 またしても後ろから声をかけられて振り向くと、知恵が速足で後ろから歩いてきた。


「一緒にいるのは、あれ?確かこの前、海野君と一緒にいた、1年生の子だよね。なんで竜一くんと?」


「あ、ああ、偶然そこで会ってさ、それだけだよ。本当にそれだけ」


 俺は一体何を言い訳みたいなことを言っているのだろうか。知恵からしてみればユメちゃんは1回挨拶した程度の後輩だ。俺もその時初対面だったのだから、仲良くふたりで歩いていたら不思議だろう。あの後何かあって、例えば俺が猛アタックして付き合いだして仲良く登校しているとでも思われたら困る。


「・・・」


 ユメちゃんはというと、何も言わずに俺の顔色を見ている。前に会ったときはつっかかっていたが、知恵への誤解も解けているわけだし、かといって特に仲良くしたいわけでもないのだろう。ぶりっ子モードでもないユメちゃんの態度はこんな感じで通常運転な気がする。


「ふーん、そっか。ごめんね、私今急いでるから先にいくね。昨日忘れた数学の宿題、朝に提出するって山本先生と約束しちゃったんだ」


 そう言うと知恵は俺たちを通り過ぎて行こうとしたが、2メートルほど前まで行って思い出したように振り返った。


「あ、竜一くん。今日は例の日だからね、忘れないでね」


 今日はいよいよ船堀タワーへ行く約束の日だ。江戸川区郷土資料室でドラゴン研究者を名乗るおじいさんにアドバイスをもらい、俺たちは元の調査に立ち返って船堀タワーへ行くことを決めていた。なかなか3人の予定が合わないまま今日まで過ぎていたが、やっと行けそうな日が今日だった。


「ああ、うん、大丈夫。放課後にね」


 それを聞くと手を振り、再度学校へ向かって足早に歩き出した。

 知恵も電車通学ではないので普段はこっちの道から学校に行っていなかったと思うが、おそらくコンビニに寄ったのだろう。左手にはコンビニのレジ袋をぶら下げている。きっとコンビニで何を買うか迷った結果、宿題の提出に遅刻しそうになったんじゃないか。


「・・・」


 ユメちゃんの方を見ると、まだ無言で俺の顔を見ていた。


「・・・何?」


「あのさ」


 なんだろう。ユメちゃんにしては遠慮がちだ。


「竜一先輩って、平川先輩が好きだったんだね」


「は?」


 は?


 この間も同じようなことがあった気がするが、ひょっとして俺ってまわりから見てわかりやすいのか?いったい誰にまでバレているだろう。ほとんど一緒にいないユメちゃんにまで感づかれるなんて。


「あ、大丈夫だよ。ユメってそういうのいつも気が付いちゃうの。他の人はわからないと思うよ」


 そうだといいが、二宮にも言われた前科があるので安心できない。


「・・・」


 俺が答えないでいると、ユメちゃんは視線を俺の顔から進行方向へ戻した。


「ところでさっき言ってた船堀タワーって海野先輩も行くの?」


 ユメちゃんは海野のことが好きだと言っていた。もしそうだと言ったらついてくる気だろうか。


「そうだよ」


 嘘をつくわけにもいかないので、正直に答える。


「ふーん、この質問にはすぐ答えるんだ」


 ユメちゃんがまたにやにやとする。少しむかつくが、今回は許してやろう。


「ごめんごめん、冗談だって。海野先輩に会ったらユメのこと良く言っておいてね」


 俺の顔色を見てか、ユメちゃんがごまかす。特に船堀までついてくる気もないようだ。


 校門をくぐってしばらく歩くと靴箱の並ぶ正面玄関だ。学年ごとに場所が違うので、ユメちゃんとはここで別れる。


「じゃあ、がんばってね、竜一先輩。何か協力できることあったら言ってね」


 余計なひとことを言って、ユメちゃんが1年生の教室の方へと歩いて行った。ここで「そちらこそ」と返せないのはなぜだろう、と自分に問いかける。



* * *


「あ~、やっと授業おわった!」


 両手を天井に向けて伸ばしながら海野があくびをする。あくびをしてもイケメンが崩れないのが少しむかつく。


「成績優秀な海野くんでも授業は大変なの?」


「今日は体育もあったし、苦手な古文の授業もあって疲れたよ」


 海野は体育は好きじゃないなんて言うが、はっきり言って運動神経はいい。真面目にやれば活躍しそうなものだが、こいつはいつも体育ではやる気を出さない。古文も苦手なんて言っているが、俺より低い点は見たことがない。


「ほら、今日は船堀まで行くんだろ?どうやって行くんだ」


 海野を称える話の流れにはしたくないので話題を変える。


「そうだね、バスで行くか、歩いていくかかな」


「歩くには遠くない?」


「うーん、30分くらいかな」


 結構遠いな。俺の中では徒歩15分以上は徒歩圏内には含めない。でも知恵と一緒に歩くならアリか?


「天気がいいし、歩いて行ってみようよ。私、歩くの好きだよ」


 そう言われたら、賛成するしかないじゃないか。

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